第16話 魔法陣技師の生活③

 新たな世界で二人暮らしが始まって1週間が経とうとしていた。

 1日の流れとしては、まず朝起きて二人で朝食。夜型のセラが就寝した後に魔法陣を描き始め、昼食を取りつつ作業をしているうちにセラが起床。夕食を取って時間が来たら就寝。

 この生活スタイルにも慣れて来たものの、不満がないというわけではなかった。


「流石に限界です……食生活の改善を希望します……!」


 ここに来てから毎日3食、口にしたのは同じパンのみ。

 決しておいしいとは言えないものを食べるのは最早空腹を満たすための作業。

 もっと別なモノを食したいという食欲の叫びが聞こえるようだった。


「肉を、野菜を、魚をください……」

「がまんがまん。食べれるだけマシ」

「栄養失調になりますよぉ……」


 摂取せっしゅしている栄養素は炭水化物のみ、いくら空腹を満たせてもこの食生活では早死にしてしまう。


「セラは好きな食べ物とかないんですか?」

「んー……甘い物?」

「おお。良いじゃないですか女の子らしくて」


 思いのほか可愛らしい返答に頬が緩む。

 対してセラは無表情のまま答えを変えることもなかった。


「でも今はがまんしなきゃ」

「えースイーツ食べに行きましょうよ。私もお出かけしたいです」

「ダメ、そんなお金ない。穀潰ごくつぶしは黙って魔法陣でも描いてて」

「あっ酷い。そんなこと言わないでくださいよー将来大金持ちになったら倍にして返しますから!」

「ヒモ男みたいなこと言ってる……けど稼ぐあてがあるだけにタチが悪い」


 口悪くののしられるが、それが軽口だと分かる程度にはセラのことも知ったつもりだ。

 しかし買い物にすらいけないとなるといよいよ外出する理由が何もない。

(せっかく人間になったのに内職してるだけのヒキニートですし、なんの感慨かんがいも湧かないですね……)

 襲い来る虚無感を払拭しようと、私は話題を無理やり変える。


「なんにしても今は目の前のタスクを終わらせて稼がないとですね」

「うむ。それで進捗しんちょくはどう?」


 進捗となるとおそらく仕事の話、つまり魔法陣製作の進み具合を聞いているのだろう。


「完成した魔法陣は5つほどですね」

「わお。思ったより多いね」


 セラに教えを請いながら作成した魔法陣。

 単純な一般魔法から少し捻りを加えた複合魔法と種類は様々だ。

 そして作れば作るほどに、私の中で一つの気持ちが大きく膨れ上がった。


「なのでそろそろ魔法の試し打ちがしてみたいです!」


 良い機会だと思い、私の願いを言ってみた。

 それほど難しい願いのつもりはなかったが、それでもセラは難色を示した。


「んーエイルが作ったのほとんど攻撃魔法でしょ? 室内とか街中で使うのはダメ」

「ですよね……けどテストすらしてない魔法陣をお店に売りつけるわけにも行きませんし、どこかいい場所ないですかね?」


 今まで数々の魔法陣を想像だけで作ってきたが一度も試したことはない。

 なんなら魔法を作ってるくせに一度も魔法を使ったことがないので、そういう意味でも魔法を試してみたいと常々思っている。

 そんな私にセラは提案してくれた。


「じゃあ行ってみる? 魔物討伐」

「! 行きます!」

 

 こうして今日の予定が決まった。

 初めての魔法実践、初めての魔物対面、そしてこの体で初めての外出。

 日光が眩しく感じる。これが脱引きこもりの気分か……なんだか働きたく無くなってきた。 







 セラに連れられるまま歩くこと数分、その間街の様子を観察していた。

 初めて見る街は随分と栄えているようだった。


「活気が凄いですね。いつもこんなに?」

「それはここが王都だから。このウリス国のなかで一番人が集まる」

「ほうほう……」


 自分の住む土地の名を初めて知る。

 国の中心の街、多くの人が集う。新規事業を進めるには良い環境のように思える。

 会話しながら歩き、到着したのは街内でも一際目立つ大きな建物だった。


「ここはギルド。魔物討伐みたいなクエストを受注するために冒険者が集まるところ」


 至極端的な説明だったが理解するには十分だ。

 私からすればファンタジーゲームなどでよく聞く設定。しかし現地人からすれば魔物の存在は生活の脅威、その討伐は人々の命を守る大切な仕事と言えるのだろう。


「私は冒険者のライセンス持ってるけど、エイルはないよね?」

「ライセンス?」


 響きでどんなものか想像は出来たが、認識にずれがあるといけないので念のために聞き返してみた。


「冒険者稼業をするためのカード。階級が書かれるから実力に見合った依頼を紹介してもらえる」

「へぇ。セラの階級はいくつ何ですか?」

「最低のFランク。仕事なんてしたくなかったし、依頼受けるのも初めて」

「じゃあなんで登録したんですか……」


 確かに冒険者なんてセラに似合わないとは思っていたが、話を聞いてなおさら登録理由が分からなくなる。

 しかしその答えは意外にも現実的なものだった。


「街を行き来するときの身分証明書になるから」

「あ、なるほど。運転免許証みたいなものですね」

「ウンテン?」

「あー……お気になさらず。独り言です」


 この世界では通じるはずがないと分かっているのだが、どうにも反射的に元の世界の固有名称を口にしてしまう。

 申し訳なさを感じながらも、セラについていきギルドの受付まで足を運んだ。


「冒険者登録をご希望ですか?」


 小綺麗な身なりの女性が明るく話しかけてくる。

 返答に迷っていると代わりにセラが答えてくれた。


「私は持ってるから、この子だけお願い」

「よ、よろしくお願いします」

「かしこまりました。ではまず魔力測定をしましょう」


 そう言いながら女性は金属の装飾が取り付けられた水晶を机上に置いた。

 何をしようとしているのか理解できず、セラにこっそり耳打ちをする。


「……魔力測定って?」

「保有魔力量を調べる。多い人ほど強力な魔法を何回も連続で使える」

「あ、そういう」

「よろしければこちらの水晶に触れていただけますか?」


 疑問が解決したところで受付の女性は私に促した。

 水晶に触れるだけで何が分かるのだろう? と半信半疑で手を置いてみると、すぐに異変に気付いた。

 手のひらで何かが流動し始める。体液を抜かれるような感覚、これが魔力の放出か。


 しかしふと、元の世界で見たとある物語を思い出す。

(転生者ってチートステータスなことが多いって聞いたことあるような……? あれ、ひょっとしてこれまずい?)

 もしも魔力が多いのなら、それは長所として喜ぶべきなのだろう。

 しかし自分が転生者であることがバレてしまうかもしれない、そんな不安に駆られながら魔力測定の結果を告げられる。


「魔力量は……平均よりちょっと高めですね」

「あ、そですか……」


 転生者だとバレることはなかった。平均より高めというのなら良いことなのだろう。

 私も嬉しいはずなのだが何となく残念な気持ちも拭えなかった。


「では最後に、ライセンスカードに表示する名前をこちらに記入いただけますか?」

「分かりました」


 言われるがまま、なんとはなしに書き始めた。

 しかし書き終える頃に一つの疑問が浮かんだ。


「……ん?」

「どしたの?」

「いえ……なんでもありません。これお願いします」


 それは些細な疑問ながら、自分の中で納得し難い事象だった。

(異世界の文字や言葉が分かるのも転生スキルのおかげ……? でも精霊文字を読んだときは知らない文字が何故か読めるって思えたのに、この文字は違う。まるで最初から知っていたような……)

 感覚的な違和感。上手く説明できないから口にはしないが非常に不可解だ。

 正体不明の転生スキルとやらに不信感を抱きながらも、手続きが進むのを眺めていた。


「手続きをしてまいりますのでしばらくお待ちください」


 受付嬢は私達の前から離れ、数枚の紙を持って別室に入っていった。

 その行動がなんとなく印象に残り、また別の疑問が浮かんだ。

 

「セラ。あの紙ってそのまま管理されるんですかね?」

「? そうだと思うけど、なんで?」


 小首をかしげながら私の質問の意図を問うてくるセラ。

 私は私でこの世界の常識レベルをまだ理解しきれていないので言葉選びに迷いながら返答した。


「いや、機械とか使ってデータ管理しないのかなって」

「機械って魔道具のこと? データって?」

「んー……分からないなら大丈夫です」

「??」


 セラの反応を見るに、この世界にネットワークやパソコンと言った情報機器はないようだ。情報技術もあまり発展していないと思って良いのだろう。


 この世界の文明レベルは未だに測れていない。

 機械以上に便利な魔法があるから必要ない、という風潮なのかもしれないがそれにしたってデータの管理方法はアナログだし……。

(魔法はあるけどデジタルはない、か)

 今後の魔法陣作成のヒントになるかもしれないと思い、頭の片隅に置いておくことにした。

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