第15話 魔法陣技師の生活②
6時間後、目を覚ました少女は作業する私の傍に寄ってきた。
「おはよぉ……ん、結構書いたね」
彼女の指差す先には乱雑に魔法陣紙が重ねられていた。
8枚、セラが寝ている間に完成させた枚数だ。
魔法陣は文字だけでなく複雑に織り込まれた陣、1枚描くのにも時間がかかってしまう。
「おはようございます。けど大したことありませんよ、全部複製しただけなので」
私が描いたのはセラが持っていた治癒魔法など4種の魔法陣を描き写しただけ。
もし新たな魔法を考えながら描いていたら、今の時間で1枚すら完成させられたか怪しいものだ。
「新しい魔法は作らなかったんだ?」
「作らなかったというか……新しい魔法陣を描こうとしても思いつかなかったんです」
聞いてきたセラも私の答えに納得したような顔をした。
そう、私は新しい魔法陣を描かなかったのではなく描けなかった。
精霊言語の理解がまだ完璧ではないというのもあるが、それ以上に私は魔法自体の知識が足りていない。
「冷静に考えたら私、魔法で何ができて何ができないのか分かりません。この世界のルールも一般常識も、何も知らないんです」
元の世界でも魔法はフィクションとして存在していた。
しかしフィクションさながら、物語ごとに魔法の設定は違うものだ。
私の中の魔法の知識は曖昧で不確実、それなのに精密に構築しなくてはならない魔法陣を描こうとするなんて無謀が過ぎる。
技術者になるのなら、技を磨くための知識が必要だ。
「だからセラ、私に魔法の知識をください」
「ん、いいよ」
私の頼みをセラは快諾してくれる。
もし一人だったら頼みごとをする相手はいなかったし、そもそも魔法陣を描こうなんて発想にも至らなかった。
今思えば、転生してすぐにセラに助けられたのはかなりの幸運だったのかもしれない。
◇
「じゃ、そろそろ魔法の講義始める」
「よろしくお願いしまーす」
私のお願いから始まり、セラの合図で開かれる講義。
私は魔法陣の描き方は少しだけ理解したが、その根本は全く知らない。
魔法の発動方法、原理、そもそも魔法とはなんなのか。
魔法の媒介である魔法陣を作るからには知って損することはない。
「まずは基本、そもそも魔法は微精霊に魔力と指示を渡すことで発動する現象。指示の出し方はいくつかあるけどそれはまた後で」
「セラせんせー。微精霊ってなんですかー」
「良い質問だエイルくん。微精霊は実際に魔法を発現させてくれる存在。基本的にどこの空気中にも無数に存在する」
茶番を交えながらもタメになる教えをくれる。
空気中の微精霊が魔法の元というのなら、元の世界では発動できないのだろう。
「次に種類、魔法の発動法は一般魔法、固有魔法、そして魔法陣の3つ」
「一般と固有……? 何が違うんですか?」
セラの立てられた3本指に注目しながら質問すると、セラは頷いて回答する。
「まず一般魔法から、最大の特徴は詠唱が必要なところ。詠唱は精霊言語だから、人間からすると意味の分からない文字列を覚えて読み上げるだけ。治癒魔法みたいな詠唱が複雑な魔法を使える人は少ない」
段々と講義らしくなり話が長々としてきたものの、セラの説明が上手いからかすんなりと理解できた。
けれど理解できたからこそ、少しばかり不安にも思えた。人間の体は機械と違って情報を記憶するのも一筋縄ではいかないと知っているから。
「暗記ですか……覚えられるか自信ないですね……」
「でも覚えると便利。例えばこんな感じに……『どぅあるたういーてれい』」
セラが手をコップの前に差し出し意味不明の言葉を棒読みで唱える。
すると手の先から現れた透明の液体が注がれ、コップはあっという間に液体で満たされた。
「おおー。水魔法ですね」
「うん。水と火の魔法は普段使いしやすいから生活必需魔法なんて呼ばれてる」
セラは説明しながら魔法によって注がれた水でのどを潤す。
確かに生活の中で火や水は必須と言っても過言ではないだろう。
他属性の魔法より重要度が高いというのは納得できる。
頷きながら聞いていると、今度はセラが逆に聞いてきた。
「それでエイル、さっきの詠唱は理解できた?」
「へ? 理解ってなんのことですか?」
「その感じだと分からなかったか」
「??」
言葉の意図を測れず、私は頭に疑問符を浮かべるばかりだった。
それを見兼ねたのかセラは説明してくれる。
「ほら、エイルは昨日魔法陣に描かれた精霊言語が読めるって言ってたでしょ? それが転生スキル?のおかげなら詠唱に使われる精霊言語も理解できるかなって」
「それは確かに。でも残念ながらさっぱりです……」
言われてみればセラの思いつきは至極まっとうなものだった。
私は精霊文字を初見で読めた。だから翻訳のスキルを持っているものとして解釈したが、聞くだけじゃ翻訳はできないということなのだろうか?
「てことはエイルのスキルは読む専用の翻訳?」
「みたいですね。まあそれは置いといて他はどんなものなんですか?」
分からないことを悩み続けるより早く既知の事実を教えてもらった方が有益だと思い、急かすように次の説明を促した。
「ん、次は固有魔法。これは精霊の加護を持ってる人だけが使える特殊な魔法。固有魔法は一般魔法と違って詠唱なしで発動できる」
「あ、もしかしてセラの紙魔法も?」
「そう。私も固有魔法持ってる」
セラは紙を生成する固有魔法があると言っていた。
そのおかげで気兼ねなく魔法陣を描けているが、特殊な魔法ということは一般魔法では同じことが出来ないのかもしれない。
「でも詠唱なしって、どうやって微精霊に指示を?」
「それが精霊の加護。自分の代わりに指示を出してくれる微精霊が常に側にいてくれるから、使役精霊とも呼ばれてる」
魔法を発動してくれる微精霊と、それらに指示する微精霊。
微精霊達の中でもそれぞれの役割分担があるようだ。
「最後はエイルもご存知の魔法陣」
「待ってました! と言っても今までの説明で大体分かりましたけどね」
一般魔法は声、固有魔法は精霊の加護で微精霊に指示を伝えて魔法発動に至る。
となれば魔法陣の役割を想像するのも用意だ。
「掻い摘んで説明すると、魔法陣は詠唱の代わりに精霊文字で書かれた陣を介して微精霊に指示を伝える魔法発動法。媒介になった紙は魔法の負荷で形を保てなくなるから使いきりでコスパが悪い」
確かに、魔法陣は描く側からすると作製に時間がかかるばかりでメリットが少ないように感じる。
それでも需要があるのは一般魔法の詠唱もそれだけ面倒ということか。
「精霊文字って普通の人には読めないんですよね? じゃあ今ある魔法陣って誰が描いたものなんですか?」
「人間には描けないから精霊が描いたものだって言われてる」
平然と答えるセラ、けれど私は不可解に思った。
「え? 精霊って目に見えないほど小さいんですよね?」
「それは微精霊。その微精霊達を産み出す精霊がいる。噂だと見た目は人とほぼ変わらないんだって」
「なるほど……」
魔法発動の要である微精霊とそれを産みだす精霊、それらのコミュニケーション手段が精霊言語ということか。
するとセラはここまで話した前提を翻すように言う。
「けどエイルは人間の中でも精霊文字解読のスキルを持ってて魔法陣が描ける。言い換えれば自由に魔法を作れるほぼ唯一の人間なんだよ」
「自由に魔法を……」
セラの言葉に自分の重要性を考えさせられた。
どんな魔法発動法も現状決められた魔法しか使えない。そんな中私は魔法を創作できる、人間の中ならほぼ唯一と言っても過言ではないのだろう。
だからこそプレッシャーを感じる。
「いきなり自由にって言っても難しいだろうからさ、ゆっくりやりたいこと考えてみたら?」
「そうですね……今度は私が眠くなってきましたのでまた明日にでも……ふぁ」
「だらしないぞ若者よ」
「うーんお前が言うなという言葉がぴったりすぎますね」
今はそこそこ夜遅い時間、昼間に爆睡してる誰よりだらしない生活スタイルのセラは眠くないのだろうけど私は限界が近かった。これが三大欲求の睡眠欲というものか。
「んじゃ、私はまだ起きてるから。また明日」
「はいまた明日、おやすみなさい」
そうして私の異世界生活二日目は終わりを告げた。
全く知らない世界にいきなり放り込まれたとは言え、路頭に迷うことなく稼ぐ手立てもある。
充実した生活と言えるだろう……少なくとも私が前世の最後に見てきた人間の生活よりは。
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