第14話 魔法陣技師の生活①
マイペース少女セラとの共同生活が開始した翌朝。
私が目を覚ますと、昨日と同じように彼女は真隣で横たわっていた。
「はぁ……またですか」
「ん、おはよー」
美少女との添い寝、喜ぶべきシチュエーションかもしれないが流石に2回目となると呆れの感情が勝ってしまう。
しかし昨晩床についたときには一人だったはずなのだが。
「何故同じベッドで寝ているのか、お尋ねしても?」
「そこにベッドがあるから」
「そんな山じゃないんですから……」
確かにこの部屋の寝具は一つだけなのだが、昨晩はセラが昼に寝て眠くないから気にせず使えと言ってくれたはず。それなのにこの仕打ちは如何なものだろうか?
同性とはいえ同衾することに抵抗がないのは異世界特有の価値観なのか、彼女が特殊なのか。
「ほら、そろそろ起きますよ」
「んーまだ眠い。もちょっと」
「あっちょっと……」
私が起床のために肩を持ち上げてやろうとすると、セラは逃れるようにして私に抱き着き体重をかける。
さらに体制を崩され、私は彼女の下敷きになった。
いくら華奢な少女とはいえ、この体勢では起き上がることもままならない。
「セラー……重いんですけど」
「こんな枕適性高い体してる方が悪い」
そう言ってセラは私の胸に顔をうずめている。
女同士だとしてもここが日本だったならセクハラで訴えられるのではないだろうか。
「人の体を枕にするなんてどういう了見ですか?」
「そこに山があるから?」
「それは山違いです」
確かにそこには立派な山があった。女性の平均値を大きく超えた真ん丸なものが二つ。でっかい。
しかし実際にこの体になってみて思うがあまり良いものではない。体は重いし、寝返りは打ちにくいし、同居人には枕にされるし。
どうせ肉体を得るなら目の前の少女のようなスレンダー体型の方が良かったように思う。
「む、今失礼なこと考えた?」
「いーえ。セラは可愛いくて羨ましいなと思っただけです。あといい加減起きてください」
セラを無理やり起き上がらせ、私達はようやく起床した。
◇
「これは……美味しくない、ですね」
この肉体を得て初めての食事、反射的に出た言葉がそれだった。
「無味無臭、舌触りが悪い上にとても硬いパンですね……」
「お金ないからしょうがない」
朝食に用意されていたのは二人分のパン。しかし元の世界でもここまで粗悪なものは中々お目にかかれない代物だろう。
硬くぼそぼそとした食感、水がないと飲み込むのも一苦労だ。
食事はもっと楽しいものと思っていたが、食べれるだけマシと考えるべきだろうか?
稼げるようになるまではこれが主食だと思うと正直キツイが、ふと気になったことがあった。
「この世界の主食ってパンだけですか?」
「だけってことはない。農業が盛んな街では米っていう穀物が主食になりつつあるらしい」
「え、お米あるんですか」
「うん。食べたことないけど」
日本人の主食、白米。肉体を得た今だからこそ食への関心もかなり強い。これが三大欲求の食欲というものか。
まあ米がある国に行くにしてもどのみちお金は必要なわけで……なんとも世知辛い。
「早く稼げるようになってこんな硬いパン食べなくて済むようになりましょう! 目指せ普通の暮らし!」
「おー」
協力者の賛同を確認し、手早く腹ごしらえを済ませる。
食事も終わり一呼吸ついたところで私は次の話題を振った。
「さて色々考えたのですが、最初の目標は拠点の確保にしましょう」
最初の目標は拠点、つまり家だ。
私達二人が暮らせる居住スペースがあり、なおかつ事務所としても活用できる広さは欲しい。
生活をする上でも事業を進める上でも拠点は必須だ。
「いつまでもワンルームに二人で暮らし続けるわけにもいきません。借宿では割高でしょうし」
「提案自体はさんせー。でも私そんなお金ないけど、もしかしてエイルへそくりでもある?」
「一銭もありませんよ?」
「うん知ってたー」
緩い空気で笑いつつも、現状が絶望的過ぎて内心ちょっと泣いていた。
だが後ろ向きに考えていても何も始まらない。今は目の前のことを解決していこう
「では現状把握をしましょう。残る所持金でこの生活をあとどれだけ続けられるのか、いつまでに資金調達する必要があるのか」
まずは問題の洗い出し、言葉に出して解決すべき事項を把握する。
すべきことの全容が見えればそれは今後の行動指針になり得る。
セラも確認の必要性を感じ取ってくれたのか頷いて私の問いに対する答えを出した。
「この宿は1ヶ月分の料金払ってるからあと3週間くらい住める。残りのお金は食費にすると2週間分くらい」
「なるほど……逆にセラは今までどうしてたんですか? 無職なんでしたっけ? ならこの生活も長く続けてる訳じゃないんですよね?」
今まで大抵の質問には即答してきたセラだったが、今回は何故か言い渋っていた。
眉間にしわを寄せ、困ったように唸る声が聞こえる。
「うーん……言わなきゃだめ?」
「嫌ならいいですけど。私個人としてはセラのことをもっと知りたいです」
「……まーいっか」
悩むようにして顎に当てていた手を下ろし、セラは秘密を打ち明けるように口を開いた。
「私、家出したんだ」
「家出ですか? それまたなんで?」
家出と言うからには家族絡みの問題なのだろうし踏み込みすぎるのも良くないとは思った。
けれどセラの人柄から察するに言いたくないことははっきり断るだろうし、気を遣われる方が彼女は嫌がるはずだ。
するとセラはポツポツと過去を語り始めた。
「親に縛られてたんだ。言うこと聞かないと家を追い出すって言われて。私も親の言うことは絶対なんだって思ってた。でもそんなときにエイルと出会ったんだ」
「あ、倒れてる私にですね」
「うん。雨の中道端でエイル拾った」
「そんな捨て猫みたいに……」
何でそんなところに自分が倒れていたのか、というのはセラには分からないことだろうし今はセラの話に集中することにする。
「エイルを連れ帰ったら怒られるんだろうなって思って、最初は見なかったことにしようとした。でも思った。なんで親の言うこと全部聞かなきゃダメなんだろって」
「反抗期さんですね。言うこと聞かないと家を追い出されるんでしたっけ?」
「うん。でも縛られるのに疲れちゃって、いっそ追い出された方が楽なんじゃないかと思った」
吹っ切れたように言うセラを見て私は納得した。
昨日セラが言っていた「何もせずダラダラ生きるのが夢」というのもそういった過去があるからこそ出てきた言葉なのだろう。
「なるほど……それで家出ですか……」
「ん、お金はそんなになかったけどエイル助ければ謝礼金とか貰えるかなって」
「無一文ですみません……」
「いいよ。馬車馬のように働かせるから」
「そして辛辣です……」
最後の言葉が冗談か否かは分からないが、少なくとも私はセラの力になりたいと思える話だった。
そんなセラの過去話に一区切りついたところで私は今後の話を再開する。
「話は分かりました。ひとまず生活資金を用立てるところから始めましょうか」
「ん。やっぱり魔法陣描かないとだ」
「そうなりますね。けど一つ気になってることが、作った魔法陣ってどこに売るんですか?」
私は未だにこの部屋から一歩も出ていないので、この世界の常識も一切分からない。
セラもそれを分かってくれているのか馬鹿にする様子もなく軽く答えてくれる。
「魔道具の店とかに行けば喜んで買って貰える。店の売値よりはかなり落ちるけど」
「そこはこっちの世界と大して変わりませんね」
前の世界でも物品の買取やフリーマーケットなど個人が物を売る手段はであったが、統計的にも店頭価格の方が高くなりがちだった。
とは言っても今の私達には店を出すお金もないのだからそれしかないのも分かっている。
「じゃあ私も早いところ魔法陣製作に取りかかりますかね。紙の用意はできてますか?」
「うんできてる。てことで私もう寝るね、おやすみ」
「はいストップです」
流れるような所作でベッドに横たわろうとするセラに静止の声をかける。
セラは不機嫌そうにしながらも一応こちらに向き直ってくれた。
「……なに?」
「気になってたんですけど、何故夜に寝ないんです?」
昨日も見た光景だったので驚くことはない。
しかし同居人の一日の活動時間が真逆というのはどうしても気になってしまった。
それに対しセラは少し時間をかけて答えを捻出した。
「んー……ベッドが空いてないから?」
「結局朝起きたら同じベッドに入ってるじゃないですか!」
別に同じ寝具で寝ることに不満はない。お金がなくて一人用の部屋を借り、私がそこに転がり込んだのだから文句のつけようがない。
しかしセラのそれは答えになっていない明らかな誤魔化しだ。となれば何か隠し事でもあるのだろうかと考えてしまい、益々気になった。
するとセラは開き直るように顔つきを変えて口を開いた。
「エイル。一緒に仕事するからって生活スタイルまで合わせる必要はないと思う」
「その心は?」
「まず役割だけど、私が紙を作ってエイルがそれに魔法陣を描く。ここまではいい?」
「ですね」
「となれば共同作業も殆どないし生活スタイルを無理に合わせる必要もない。もちろん働く時間帯も」
「ほう。その通りです」
私は思わず感心した。咄嗟に考えた言い訳にしては理路整然としている。
考え方は現代日本で言うところのフレックス制度と同じだ。案外セラは私の知る現代人と同じ気質なのかもしれない。
しかし言い繕ってはいるものの本質を見てしまうと……。
「だからエイルは私が寝てる間に働いてて。私はエイルが寝てる間に紙作っとく」
「それただの夜勤なんですよね……」
前の世界の夜勤と言えば工場の生産効率アップや小売業の24時間営業などが理由であるため、私達の目的とは別物。
しかし行き過ぎたフレックスなど形態だけで言えば夜勤と何ら変わらない。
「それに私元々夜型だから、昼にしか寝れない」
「ええ……」
今度は別の意味で現代人らしい気質を垣間見せられた。
最も、どちらかと言えば現代人の中でもダメな部類なのが残念なところ。
「……まあ止める理由もありませんしいいですけど」
「やったぜ。じゃそろそろ寝ていい?」
「あっはい……」
私が返事をすると即座に寝具へとダイブ、数秒で寝息を立てるセラの姿はむしろ褒めたくなった。
いくら夜型と言っても昼に寝ることへの執着が強すぎる。
「今までどんな生活してきたんでしょう?」
冷静に考えると夜型の生活なんてどこで身に付けたのだろう。家出する以前からそんな生活をしていたのだろうか……?
とこのまま思考を続けると沼にはまりそうだったので私はごちゃごちゃ考えるのは止めにした。
「とりあえず魔法陣描きますか」
一人になって落ち着いたところで席に着き、紙を広げペンを手に取る。
こうしていると昨日のことを思い出す。複写がメインだったけど魔法陣を描き進めるほどに新たな知識が身に付くようで高揚感は凄まじかった。
さて、今日はどんな魔法陣を描こうか。
「……あれ? 何を書けばいいんでしょう?」
やる気だけは満ち溢れているのに、しばらく私の右手は動こうとしなかった。
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