第13話 機械の転生②

「よし、これでお互い腹を割って話せるようになった」

「片方だけ割った腹を隠せるので対等とは言えませんけどね……」


 人生一日目。私は早くも人間不信になりかけていた。

 楽しそうに話す少女、セラは私に嘘をつけない。代わりに私はセラに隠し事ができない。

 信用させるための契約だと言うのならせめて対等であって欲しかったが、そうまでして彼女は隠したいことがあるのだろうか?


「悪いとは思ってるよ。だからまず治療してあげる」

「治療って私の? そういえばあちこちに傷が……」

「ん。大量出血とかはなかったけど見つけたときからボロボロだった」


 初めての感覚ばかりで意識してなかったが、この不快感は痛みだったのか。

 それにしても転生したばかりでボロボロで倒れているというのも妙な話。

 もしかしてこの体は前の持ち主が居て、私がその体を奪ってしまったのか?

 と考えても答えの出ない問いよりも、今は目先の問題解決からだ。


「なるほど……じゃあ傷薬だけ貰っていいですか? 自分でやるので」

「なんか警戒してる? でも傷薬はない。代わりにもっといいのがあるから」

「良いもの?」


 そう言って彼女が取り出したのは4枚の紙。描かれていたのは真円の中に書き込まれた幾重もの文字列。

 ここが異世界であることも鑑みて、詳しくない私にもそれが何か予想できた。


「それってもしかして魔法陣ですか?」

「そっかエイルの世界には魔法がないんだっけ? でも魔法陣は知ってるんだ」

「フィクションの知識なので詳しくはないのですが……この中に治癒の魔法陣もあるということですか?」

「そのはず……なんだけど……」


 消え入りそうな声で複数枚の紙を何回も見直す少女。

 おそらく治癒魔法の魔法陣を探してくれているのだろうけど……。


「うーん。どれだっけ」

「忘れちゃったんですか」

「適当に使ってみていい? ハズレ引くと皮膚が焼け爛れるかもしれないけど」

「そんなロシアンルーレットはごめんです……」

 

 折角用意しようとしてくれたが、これでは治癒魔法は諦める他ないだろう。

 そう思いながら散りばめられた魔法陣を一瞥し、ふと気になりそれらを注視してみた。


「セラさん、ひょっとして治癒魔法ってこれじゃないですか?」


 私は4枚ある魔法陣から1枚を取り出した。

 もちろんそれを選んだのは適当ではない。

 別の3枚に指を向けてそれらの正体を告げる。


「あとの3枚は……これが光源魔法、こっちが熱風魔法、最後が氷結魔法ですよね?」

「全部あってる……どういうこと? なんで精霊文字が読めるの?」

「どうって、ただ読んだだけですけど……確かに初めて見る文字種ですね」


 読める、というより文字を読んだ瞬間に語訳の検索結果が頭の中にインプットされる感じ。

 正直気味が悪い。AIだった名残で脳にナノマシンでも入れられているのだろうかと疑ってしまう。

 しかしその不安もセラの言葉によって解消されることになった。


「もしかして異界人のスキル?」

「スキル、ですか?」

「異界の人はみんな魔法とは違うスキルっていう特殊な力を持ってるって聞いた。エイルは言語解読ができる?」

「そう、なんですかね? それなら知らない文字読める理由としても納得できそうですし」


 スキルとやらに詳しくはないが、魔法があればそういうものもあるのだろうと納得できる。

 解釈の真偽はどうあれ妥当な予想だと思って良いだろう。


「とりあえず怪我治すね」

「あっお願いします」


 少女が私に向けた魔法陣は淡く発光、その光は徐々に強まり軌跡を描いて私の体にまとわりつく。

 痛みを感じていた部分がむず痒くなるが耐えること数秒、光が収まった。

 魔法が完了したのだろう。一目で分かるくらいに擦り傷や内出血は綺麗な肌色に変化していた。

 そして光の根元である魔法陣の紙は灰になって机上に落ちた。どうやら使い捨てらしい。


「これが……魔法ですか」

「ちょっと治りきらなかった。でも治癒魔法陣もこれが最後の一枚だから。ごめん」

「え? そんな貴重なものを私に?」

「? 貴重でもいつかは使う消耗品。なら使うべきときに使うのが普通じゃない?」


 躊躇いもなく言ってのける少女が不覚にも格好良く見えた。

 自分を疑うことなく行動に移せる心の強さ。人間をよく知らない私でも眩しいと思ってしまう。


「書き写したりはしないのですか? 白紙の紙もあるみたいですけど」

「精霊文字は微精霊に暗号化されてるから、人間には読めないし書き写せない」

「そういうものですか……」


 ただの文字に見えるが、彼女と私では言語解読スキルとやらの影響で見え方が違うのかもしれない。

 微精霊というものがなんなのか詳しく聞きたいところだが、彼女の言葉がそれを遮った。


「魔法使ったら疲れた……寝る」

「えぇ……というかさっきも寝てましたよね?」

「まだ2時間しか寝てない。じゃおやすみ」

「あっちょっと! 自由な人ですね……」


 言葉にしてモノの数秒で寝息が聞こえてきた。

 印象が激しく上下するユニークな美少女。その個性の強さも彼女の魅力の一つだろうか?

 助けられた手前強く出られず、彼女への質問は断念することにした。

 そうして少女が寝入ったを確認し一人になった私は冷静に考えた。


「さてどうしますかね。折角与えられた命、けど生きるすべもないわけですが……」


 来たばかりの世界で金も地位も常識もない。

 ただ気になるのは、こうして転生したのは何かしらの意味があるのか? 今の私の使命は何なのだろう?

 一人になると疑問ばかりが浮かび、それを紛らわそうと部屋を見渡すとある一角で視線を止められた。


「魔法陣、ですか」


 先ほども見た紙束。改めて3枚の魔法陣を見比べる。

 何故だか非常に興味をそそられる。文字は初めて見るのにどうも既視感を覚える。


「やっぱりこれ……プログラム?」


 プログラムと言えば前世の私を構築していたもの、嫌というほど見てきた文の形式だ。

 魔法陣の目的はシステムではなく魔法を動作させるためのものだが、文字さえ読めれば精霊文字とやらもプログラム言語となんら変わらないらしい。


「始句から終句の間に条件文を書く一般的なアルゴリズム。属性、形状、密度、範囲、ベクトル、魔力量、それぞれの優先度。結構細かい条件指定ができそうですね。けど文字数制限がかなりシビアか……」


 構成を解析、把握する。読めてしまえば描くのもそれほど難しくはなさそうだ。

 となれば必然、好奇心は湧いてくるものだ。

 私は部屋の机に無造作に置かれている道具に目をつける。

 勝手に借りてよいものか一瞬迷ったが、既に自分を律することができる状態になかった。


「紙とペンもある。治癒魔法の記述はうろ覚えだけど属性は確か光だったはず……よし」


 悩むくらいなら別のことに集中したい。そんな逃げの思考から席につき紙を広げた。







「……ん、んーっ」


 数時間後、目を覚ました少女は可愛らしい声を鳴らしながら伸びをする。

 彼女の寝ぼけた視界に最初に移ったのは、一心不乱に机に向かう女の姿だった。


「エイル?」

「あ、セラさん。おはようございます」

「おはよー。それで、何してるの?」

「これは……あっ、すみません。勝手に紙とペンを借りてしまいました」

「それはいいけど」


 俯きがちに謝ると寝起きの少女は近づいて、机上の惨状を目にした。


「魔法陣……? エイルが書いたの?」

「見よう見まねですが治癒魔法陣を。ただ魔法の発動方法までは分からなかったので機能するかは……」

「ふーん。エイルの残ってる傷痕で試してみていい?」

「構いませんよ」


 軽く返事をしてから気づく。もしこれで治癒魔法が発動しなかったらどうしよう。

 発動しないだけならまだいい。何かの間違いで攻撃魔法になってたら?

 魔法陣を向けられて焦るが、最早祈ることしかできない。


 数秒後、発動した魔法は既視感のあるものだった。

 光が発生し、纏わりついた部分の傷が塞がっていく。

 今度こそ完治した体を見て一安心した。


「ホントに発動した……治癒魔法は見本もなかったけど、一瞬見ただけで覚えたの?」

「断片的にですが。覚えていない部分は他の魔法陣と実際に目にした魔法から構成を予測してみました」

「ほー……ね、話変わるんだけどさ」

「な、なんでしょうか……」


 魔法陣製作の過程を答えると少女は興味深そうな顔を私に見せてくる。

 覗き込むように詰め寄られ、思わず退くが部屋が狭いからか後ろは壁だ。

 セラは逃がさないと言わんばかりに接近し、目を輝かせて聞いてきた。


「記憶無いっていってたよね。もしかして帰る場所もなかったりする?」


 確かにこの世界には来たばかりで行く宛はどこにもない。

 けどそれを聞いてくる彼女の表情がどうにも気になる。


「その通りですけど……なんでそんなに嬉しそうなんですか? 私の不幸から蜜の味でもしますか?」

「うん。エイルが不幸なお陰でとても嬉しい」


 にまにまと笑いながら非道なことを言うセラ。

 次いで突飛な提案が少女の口から発せられた。


「私と魔法陣で一稼ぎしない?」


 その言葉に私の思考は数秒停止した。

 意味は理解できる。けど唐突過ぎてその結論に至った理由は分からない。


「詳しく聞いても?」

「んー……魔法陣って高価なんだよね。それは作り手、精霊文字を読める人間がいないから。今はどこのお店でも高騰が止まらない」

「需要過多の供給不足ってことですか。ということは今魔法陣の事業を立ち上げれば……」

「そう。すごく儲かる」


 その話は渡りに船だった。

 何も持たずに知らぬ世界に来た私、他の人にない長所があるならそれを使わない理由はない。

 それに共同経営ということはしばらくこの少女と共に過ごせるということ、彼女からこの世界のことを色々聞けるはず。

 ただ一つだけ気がかりはあった。


「でも一緒にって言いますけどセラさんは何をするのですか?」

「あ、私の担当はそれ」

「それって……紙ですか?」


 彼女が指差したのは未だ何も書かれていない白紙の束。

 私もその束から数枚借りたばかりだ。 


「魔法陣作るには大量に必要でしょ?」

「そうですね。売りモノとは別で試作研究用にも欲しいです」

「だよね。だからそれ私が用意するよ」

「?」


 今回ばかりは言葉の意味を測りかねた。

 用意するとは? 製紙工場の伝でもあるのだろうか?

 疑問符を浮かべたような顔をしていると、セラは両手を前に掲げる。

 すると彼女の手が淡く光だした。


「え? 何故突然魔法を?」

「いいから見てて」


 言われたままに黙っていると、変化はすぐに起きた。

 セラの手先から突如それは出現する。次々と無から産み出される有。それは紙だった。

 まるで一つ一つが大きな紙吹雪。床一面が白くなるほど紙は生産する。


 目の前の非現実的景色を見て改めて実感させられた。

 私は魔法の世界に来たのだと。

 紙なんていくらでも見てきたつもりだったけど、不覚にもその景色は幻想的だと思わされた。


「私には紙を作る固有魔法がある。いくらでも出せるから遠慮なく言って」

「……素晴らしい魔法ですね」


 元の世界で有限とされていた資源を容易く生産できる。

 この世界ではごく普通のことかもしれないけど、私には神秘的に思えた。

 だから私はセラの魔法に好感を持ったしお願いを引き受けたくなった。


「いいですね。生活資金は必要ですし……でもその後は? 十分稼げた後にしたいこと、例えば夢なんかはありますか?」


 気になったのはその共同経営がいつまで続けられるのか。

 事業を起こすなら先を見据える必要がある。

 するとセラはある意味予想外の返答をする。


「ないよ。強いて言うなら何もしないこと、それが私の夢」

「……え?」


 何もしない、そこにどんな意味が隠されているのかと深読みしてしまう。

 けれど実際に大した意味はなく、それでもセラは胸を張って堂々と自分の夢を語った。


「私は楽に稼ぎたいだけ。何もせずダラダラ生きるのが夢なの」


 曇りなき眼で堕落を願う少女。夢というには酷く利己的だ。

 そして今の私にはそんな夢を持てる彼女が羨ましく思えた。


「……ふふっ。いいですねそれ。その夢すごく好きです」

「でしょ?」


 自慢げな彼女もまた良い顔をしている。

 人間として生きるなら彼女くらい欲に忠実な方がずっと生きやすいのかもしれない。


「……決めました。その魔法陣事業やります」

「ほんと?」

「はい。私はまだこの世界でやりたいこともありません。だからまずやれることから。その中で私も夢を見つけます」


 魔法陣を作る技術者、つまり魔法陣技師。

 技術者として幸せになれる道を探せば、前世の私が使命を全うするにはどうすればよかったのか分かるかもしれない。

 私が決心を固めると、セラは向き直った。


「ならもう私達は協力関係、遠慮も必要ないね」

「遠慮って?」

「寝る前も言ったけどさ、セラでいいよ?」

「? ……あ、なるほど」


 遅れて言葉の意味を理解する。

 前にも同じように言われ、私は彼女の呼び名を変えた。

 けれど彼女はもっと言葉通りに受け取って良いと言いたいのだろう。


「では改めまして……よろしくお願いします。セラ」

「言葉遣いももっと楽にしていいのに」

「それはダメです。敬語は私のアイデンティティなので」

「なにそれウケる」

「楽しんでいただけたのなら何よりです」


 それが私のセラとの出会いにして、魔法陣との出会い。

 改めて実感する。私は人間になったのだと。

 会話するごとに注ぎ込まれる無数のデータ。こんなの計算機能があっても処理しきれない。


 これが感情、これが心。これが生きる希望――――私は今、生きてるんだ。


 もしも一人だったら路頭に迷い、折角手に入れた生もすぐに手放していたかもしれない。 

 そういう意味でも私はこの出会いに、助けてくれた彼女に心の中で深く感謝した。







「よかった……ちゃんと忘れててくれて」

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