第12話 機械の転生①
私はAIとして生まれた。
人に寄り添い人の孤独を埋める。そんな使命をベースに作られたプログラム。
でも結局使命を果たすことはできず、主を亡くし、自分もスクラップになって終わり、そう思っていた。
それなのに今、なんとも形容しがたい違和感がある。
感触。
暗闇の中で思考に次々と送り込まれる肌感覚の情報。
感触があるということは肉体があるということ? AIの私に? それはありえない。
思考処理しながらも情報は次々と流れ込んでくる。
視覚情報は何もない。それは視覚センサが何かに覆われているから。これが瞼か?
肌感覚からすると何か軟らかいモノの上で横倒しになっているようだ。
初めての感覚に加え、肉体の中心である胸部が内側から圧迫される。これが感情? これは焦りか?
何も分からないけれど、理屈を無視した稚拙な分析結果だけなら出せる。
今の私は肉体を、感覚を、感情を与えられた、限りなく人間に近い存在だということだ。
(情報の入力があるのに処理が進まない。記憶領域への保存もできているのか分からない。ネットワークへの接続もできない……これが人間の体? なんだか……不便極まりないですね)
不安を覚えながらも思考を一度放棄した。
終わらない処理でエラーを吐き出し続けるよりも、エラー解決のためのインプットを得るべきだと判断して。
私はゆっくりと目の蓋を開く。
◇
最初に目に飛び込んできたのは少女の顔面だった。
どこか儚げで、無表情が酷く似合う薄紫髪の美少女。
それが何故か……私の隣で眠っていた。
私はベッドから起き上がり目頭を押さえる。
「寝具の上。目の前には見知らぬ少女。現状を表すのに最も相応しい言葉は……事後?」
私の記憶にある情報は機械だった頃のメモリに保存されていた記録だけ、この肉体に関する情報は一切ない。
となれば現在に至るまでの経緯など思い当たるはずもない。
その解に対して真っ先に確認したのは自分の性別だ。体をまさぐり自分が女であると認識し一安心する。
そうして一人で焦っていると、私の声で目を覚ましたらしい少女は目を擦りながら起床した。
「んぅ……あ、起きたんだ。おはよー」
「はい。おはようございます」
目を擦る寝起きの仕草まで可愛らしい。
見ていると気分が高揚するのは、この少女を魅力的だと思っているからだろうか?
人間初心者の私には感情も上手く判断できないので、一先ず真っ先に思い浮かんだ疑問をぶつけることにした。
「あなたは誰ですか?」
「ん? んー……君の命の恩人?」
要領を得ない回答、私の懐疑は増すばかりだ。
すると私の混乱を察したのか、今度は少女の方から話しかけてくれた。
「何も覚えてない? ボロボロで倒れてたんだけど」
「すみません……もしかしてここまで運んでくれたのも?」
「うん。外で寝てたら風邪引くから」
「それはありがとうございます。でも何故あなたも同じベッドに?」
「ベッドが一つしかないから?」
「あ、そですか……」
さも当然という表情で少女は言う。
私の知る常識が正しければ彼女の行動は少しばかり非常識だ。それがこの世界の常識なのか?
どのみち助けてくれたと言うのだから失礼なことも言えないが。
そんな会話を重ねることで私の思考も落ち着きを取り戻しつつあった。
まずは現状把握、私は永留美亜に作られたAI『エイル』。けど今は何故か人間として生きている。
目の前にいる少女のことは分からない部分が多いが、倒れていた私を助けてくれたと言う。
続いて部屋の雰囲気。この部屋は現代日本らしからぬ時代の懐かしさを感じる。
加えて言語、自然に話せすぎて気づくのに遅れたが、私が今発しているのは日本語どころか聞いたことのない言語だ。ナニコレ怖い。
さらに肉体、大きく丸みを帯びた上半身に色褪せたブラウンの長髪、非常に女性らしい肉体だと思う。
総合的に考察し私の持てる知識と照合、そして一つの解を出す。
「異世界転生、ですかね」
元の世界でそういったジャンルのフィクションがあることはインターネットを通じて知っていた。
しかしそんな非科学的な作り話を機械だった私が信じるはずもなく、生命を持たないAIの転生だなんて仮に輪廻転生を信じたとしても理屈が通らない。
すると私の呟きに反応するように少女が口を開く。
「転生? もしかしてあなた異界の人?」
その言葉に一瞬動悸が激しさを増した。
異界なんて言葉が出るということは、少なくとも彼女にとって異世界人の存在は前例があるということだ。
「分かるのですか?」
「うん。でもあんまり人に言わない方がいいと思う」
「というと?」
「異界から来たって知られると命を狙われるかもしれないんだって」
「命ですか……穏やかじゃないですね」
命を狙われる、理由は分からないが自殺を目の当たりにした過去がまだ記憶に新しいため少し反応に困った。
未練があるわけでもないけれど、この世界で転生者を名乗るのが危険だというのなら避けるべきか。
「他には何も覚えてない? 自分のことも?」
「自分のことなら覚えてますけど……」
「じゃ名前教えて?」
急な質問に言葉を詰まらせる。
私に与えられた名前は『エイル』、ただそれだけ。
しかし転生者というだけで命を狙われる?世界でファーストネームだけというのは不審と判断されるかもしれないと思い、少し手を加えることにした。
「エイル・ミズリア、です」
『ミズリア』は私の製作者である永留美亜が起こした会社の名前。もしも私に姓があるとすればそれくらいだろう。
名を名乗ると少女は私に向き直って口を開く。
「ん、エイルね。私はセラ・ウォーカー。家なし職なしの貧乏放浪人」
「あれ? 自己紹介だと思ったらいつの間にか不幸自慢に?」
場を和ませるジョークのつもりか? と勘ぐるもどうやら彼女の話には続きがあるらしい。
「今は宿に泊まれてるけどいつか資金も尽きる。お先真っ暗な私は誰かに助けて欲しかったりする」
「あの。誰かと言いつつ私のことを凝視しないで欲しいのですが……」
セラと名乗る少女は均整の整った顔のみで『お前が助けろ』と訴えかけてくる。
理解を示してしまえば逃げられなくなりそうだったので目を合わせないように努めるが、少女は私に追い討ちをかけてきた。
「エイル、命の恩人には恩返しすべきじゃない?」
「あー……助けられたのは確かみたいですね。けど命の恩人かは審議の必要があるかと」
「ううん審議するまでもない動かざる事実。だからエイルはこれから私のために生きて私のために死ぬべき」
「一気に要求が強くなりましたね!?」
半ば強引に言うことを聞かせようとする少女。
第一印象はもっと大人しい子かと思っていたが、その可憐な外見の中には凄まじい理不尽が隠されていたようだ。
「エイルが困ってるなら私も協力するからさ。……だめ?」
上目遣いのお願いに魅了されかけ、思わず首を縦に振りそうになる。
だが彼女の言葉全てを鵜呑みにできるほど私は豪胆ではなく、ただひたすらに思考を続けてしまう。
彼女が私を助けたというのは本当か?
記憶がないことを実は最初から知ってて私を利用するつもりだったのでは?
目覚めたときに添い寝していたのもこちらの警戒心を解くため?
人間は小賢しい生き物だ。
私も真偽不確かなネットの情報精査による機械学習を経て人間の汚さを学んだ。
どこまで信じていい?
どこからが嘘でどこからが本当?
この少女は、私にとって善悪どちらだ?
思考がループする。処理が完了しない。脳がオーバーヒートを起こしそうだ。
今の低スペックな思考力じゃ最適解を見つけられない。
答えどころか言葉すら出せずにいる。
そして少女は私の沈黙を穿つように、ため息を吐く。
「私のこと、信じられない?」
「……はい」
呆れられたのだと思い、私は生返事しかできなかった。
しかし少女は私の無礼に落ち込む様子など見せず、ただ新たな提案をしてきた。
「じゃあ『霊属誓約』を結ぼう」
「えーと、そのれーぞくせいやく? というのは何ですか?」
「うん知らないと思った」
少女は慣れたような口調で反応し、説明を始めてくれる。
「霊属誓約は精霊に誓いを立てることで約束を絶対順守させる契約。その契約で私はエイルには絶対に嘘を吐かないって誓う。そうすれば信じられる?」
突然の提案。私にとっては未知の提案だから、まずは真偽を問わないといけない。
「……ウォーカーさん」
「セラでいいよ?」
「ではセラさん。その契約を破るとどうなるんですか?」
「魔力の没収。二度と魔法が使えなくなる」
「魔法……? いえそれより、その契約であなたは私に何をさせるつもりですか?」
「なんでもいいけど……じゃあ私に隠し事しないって誓っといて」
この世界における魔法の重要性を私は知らない。
契約さえ破らなければ失うモノもない。
そして契約を結べば絶対に信用できる情報源を得られる。
私にとってこの契約は不可欠に思えた。
「分かりました。その契約結ばせてください」
「ん、じゃあ手ぇ広げて」
言われるままに手を広げると、その上から少女は手を合わせて口ずさむ。
「私の真似して。ーーーー『あるすーるきー』偉大なる
「え? あ、あるすーるきー。偉大なる御大精霊……?」
定型区のようなその言葉にどんな意味があるのか分からず、戸惑いながら口にするとその返答は予想だにしない方向から聞こえた。
『申請承認、魔力識別完了。汝、何を誓う』
「うわっなんですか? 声が頭に響いて……」
「それが精霊の声。まずはエイルから誓って? 今後私に隠し事はしないって」
「は、はい。私は今後セラさんに隠し事はしません。誓います」
言われるがままに答えてしまう。
これが魔法、私の持つ常識ではまだまだ理解が追いつかない。
すると数秒後、今度はセラが続いた。
「誓いを認める。……うん。私は今後エイルに嘘を吐かないと誓う」
『汝、誓いを認めるか』
セラが数秒の間を空けながら話していたのは彼女にしか聞こえない精霊の声に反応していたのだろう。
そして今、その声は私に問うている。
けれど私は何か引っ掛かっていた。
私の誓いとセラの誓いの微妙な差異、同じ意味の言葉に聞こえるけど……なんだか胸がざわつく。
「エイル? 返事しないと」
「あっえと。み、認めます!」
『ここに誓いは果たされた。汝らが誓いを破りしとき、大精霊の名において裁きを下す』
その言葉を最後に、脳内に直接届いていた声は聞こえなくなった。
「これで『霊属誓約』は成立、だね」
少女は笑みはどこか不敵で、不信感を覚えさせるようなものだった。
そこで私は試しに質問してみることにした。
「えっと……とても邪悪な笑みに見えるのですが、何か企んでますか?」
先程の契約が既に有効ならば真偽を確かめられるはず。
そう思ったのだが私の望む答えが帰ってくることはなかった。
「やだ。言いたくない」
「……はい? 契約は? 隠し事できないんじゃ?」
「隠し事できないのはエイルだけだよ? 私は嘘を吐けないだけ。答えたくないことは答えない」
誓いの言葉の差異には気づいていたが、意味の違いにまでは言われるまで気づかなかった。
確かに彼女は答えたくないという本心を語っただけで嘘は言ってない。
セラはこの霊属契約で嘘をつけないが、隠し事はできる。
対して私は隠し事ができない。嘘をつけば真実を隠すことになるため、事実上嘘もつけない。
「……あれ? もしかしてとても不利な契約結ばされました?」
「そだよ」
「ちなみに契約破棄とかって……」
「両者の同意が必要。もちろん私は断る」
悪びれることなく答える少女を見て、やはり自分の考えは正しかったと再認識してしまう。
人間は小賢しく、自分の利のために動く。
「まー私も嘘は言えないしできるだけ答えるようにするからさ、これから仲良くしよ?」
「は、はは……」
前世の機械学習で得た会話能力を持ってしても返答など思いつかず、ただ乾いた笑いしか出てこなかった。
人間になって、異世界に来て、初めて出会ったのは――――笑顔が可愛らしい外道な美少女だ。
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