第11話 知らない

 大精霊は私の戯言を耳にし、嘲笑うように冷視する。


「本当に救いようがない……やはり我々精霊の判断は間違いじゃなかった。お望み通り、終わらせてあげるわ」


 不穏な動きを見せる大精霊。

 痛む体に耐えながらも警戒を強める。


大精霊わたしたちにはね、精霊独自の固有魔法の他に、"権能"と呼ばれる力が与えられるの」

「権能……大地操作魔法以外の力?」

 

 突然の説明に戸惑いながらも、復唱し、把握する。

 あれだけ強力な魔法を有しながら、まだ別の力を隠していると。


「世界の理を統べる力。私の与えられし権能の名は『裁定者ルーラー』。誓約を与え、破りし者に裁きを下す権能。誓約の内容も自由自在に定められるわけじゃないけれど、魔法に関しては人間より精霊のほうが上位の権限を持っている。だから……」


 長々とした小難しい語り。

 私の脳は理解を拒絶しようとしていた。

 だって、それが私の思った通りの能力ならば、あまりにも格が違いすぎる。


 大精霊は私を指差し、告げる。


「『定める。汝、これより半刻、魔法の使用を禁ずる』」

「っ……? 何かしたのですか? 特段変化は……」


 言いかけて、異変に気づく。

 自身の首筋の微発光。

 直視できない位置だが、仄かに熱を感じる。


「これは……」

「それは霊属印。魔法禁止の誓約証明であり、印が消えるまでに定めを破れば裁きが下る。裁きの内容は……魔力剥奪。魔法を使えば未来永劫魔法を失うことになるわ」


 魔法禁止の宣告。

 その真偽は定かではないが、私の体に何かを刻印されたのは紛れもない事実だ。

 指差すだけで発動し、人の自由を奪う力。

 大精霊が別格の存在だと思い知らされる。


「魔法が、使えない……」

「存分に絶望なさい。そのために説明してあげたのだから。あなたが楽に終われるよう、せめてもの慈悲として……」


 声を震わせる。

 大精霊は私に絶望を求めているようだったから。


 俯いて見せる。

 大精霊は私に諦めて欲しいようだったから。


 けれど、思い通りに事が運び、悦に浸るその様子。

 一瞬の綻びを、私は見逃さない。


「でも、体は動きますね」

「っ……あなた、まだ!?」


 人と大精霊の格の違いは十分に分かった。

 同時に、心の甘さは人間と然程変わらないことも分かった。


 瞬間的に懐に入り、左足の踵を伸ばす。

 だが間一髪、体を反らされ回避される。


「届かないと、知っていながら無駄な攻撃を続ける。人間はどうしてそうも愚かなの?」

「? 知りませんよ。そんなの」


 体の回転方向は反時計。

 軸がブレ、不安定な状態で蹴りは出せない。


 一瞬見せる大精霊の安堵の顔。

 その顔に、私は間髪入れず叩き込む。


「なっ……!?」


 バシンっ、という肌と肌の衝突音。

 ぶつかり合ったのは、大精霊の頬と、私の右手。

 私の右手は大地の壁を殴り飛ばしたお陰で、見るからに使い物にならない。

 だから攻撃は来ないと安心したのだろう。

 そのせいで、大精霊の顔面に血濡れの手形がベッタリと刻まれた。


「右手はもう動かないと思いましたか? 油断ですね。魔法を封じれば絶望して諦めると思いましたか? 慢心ですね。ありがとうございます……大精霊あなたの心に付け入る隙があると教えてくれて」


 精一杯の煽り文句。

 その甲斐あってか、今まで何をされても涼しい顔をしていた大精霊が震えている。

 頬を擦り、手についた血液を見て。


「血……汚らわしい人間の血が……顔に!」

「やっぱり。協力しても私を助ける気なんてなかったでしょう、あなた。それだけ人間を毛嫌いしているようですし」

「……殺すわ。今すぐに」


 瞬間、四方八方の大地が盛り上がる。

 全力で私を排除することに決めたらしい。


 対して私は右手と魔法が使えない。

 それでも、私はまだ諦めるわけにはいかない。

 後少しでいい。ほんの5分でいいから。

 徐々に力が抜けてゆく体に言い聞かせる。


「これで2つ目です。私が見つけた、あなたの弱点」

「弱点? そんな言葉で焦るほど甘くないわ。ほら足を捉えた! もう逃げ道はないわ!」


 言われて気づく。両足が大地から離れない。

 最小限の動きで大地を足に絡ませたらしい。

 今にも降りかかりそうな8本もの大地の触腕、その派手な魔法に気を取られ気が回っていなかった。

 しかし、こちらの手数が尽きたわけではない。


「いいえ甘いですよ。ワキもツメも激甘です」


 襲われる寸前に動く。

 手を噛みちぎり、さらに流血する右手。

 その右手を大きく振り、私は血液を投擲した。


 ただの液体、されど大精霊は大きく回避する。


「っ……また薄汚い血を……!」

「1つはその異常なまでの潔癖。付着しただけで我を失うほど激情するあなたなら、飛ばした血液は絶対に避けると思いましたよ」

「! また私をコケに……!」


 人の想定通りに動いてしまったのが腹立たしいのかさらに怒気を強める大精霊。

 その隙に、足を掴んでいた大地を踏み鳴らしながら口撃を続ける。


「そして2つ目の弱点。あくまで予想でしたが……当たって良かった。あなた、大地変動魔法を使用している間は動けないのでしょう?」

「っ……」


 反応から察するに、2つ目の弱点も正解らしい。

 大精霊が回避行動を取ってから、周囲の大地の触腕はピクリとも動いていない。


「モーションなしの魔法発動。攻撃の軌道を読みづらくしているわけではなく、畏怖させるために強者を演じていたわけでもなく、ただのデメリットだったんですね」

「……そうね。それで、分かったから何? 弱点なんてカバーすればいいだけ……」


 その言葉に連動するように蠢く大地。

 土達はゆっくりと大精霊を覆い、包んでゆく。

 やがて元の人型は完全に見失い、硬い岩壁のみが目に映った。


「大地を纏えば体の操作も可能だし、身を守る鎧にもなるのよ。さあ。また殴る? 今度は足? 私は一向に構わないわ。傷を負っても治癒魔法で治せばいい。魔法を使えないあなたと違って」


 嫌味な視線が右手に送られる。

 先程はこの壊れた右手も攻撃手段に使ったが、岩の防御に対しては流石に無力。

 治る精霊と治せない人間で差が出るのは当然だ。


「確かに。私にできるのは殴る蹴るの暴力だけ、その硬そうな鎧には無力かもしれません」

「そうよ。だから良い加減、諦めて死になさい!!」


 本気の殺意と共に降り注ぐ重撃。

 地を蹴り、身を捻り避けるが、今のままではいずれ捕まる。

 限界が来る前に、と私は加速した。

 狙うは当然大精霊本体。岩の鎧目掛けて飛びかかる。


「また無駄な真似を……」

「無駄だと思いながらも防御を固めてくれるんですね。……ありがとうございます」


 飛びかかる私の狙いが分からなかったのだろう。

 大地の触腕による攻撃を緩め、守りを強固にしてくれたお陰で、私も余裕ができた。


 私は蹴る、と見せかけその鎧に着地。

 そして……強く跳躍した。

 後方に飛び、大きな岩陰に身を隠す。


「逃げた? 今更何を……私の見える範囲に隠れても意味なんてないわ。あなたが大地を踏みしめる限り、そこは私の射程内よ」

「……隠れるつもりなんてありません。私はただ、お願いしに来たんです」

「お願い? 命乞いでもするのかしら?」


 姿を見せる。大きな荷台と共に。

 この岩陰には、大精霊が来る前にとある準備をしていた。

 運びながら戦うことはできないため、隠すしかなかったのだ。


「あなたへのお願いじゃないですよ。魔法を使用するのが私じゃなければ問題ないので。本当に、ごめんなさい――――モルト。力を貸してくれますか?」


 ガラス越しにそっと手を添える。

 反応は見せてくれないが、彼女は私に応えてくれた。


『ブルートフォース、実行ラン


 収束する光の奔流は間もなく発射する。

 その光線はまるで虹の架け橋のように、大精霊へと続く道を作る。


「何故魔法を……この、力は、一体……!」


 着弾、大地の鎧をまるごと多色の光で飲み込む。

 数十秒間続く破砕音。

 やがて光は収縮し、ブルートフォースが終了する。


 残ったのは焼けた大地と岩壁の残骸、そしてみすぼらしい姿の大精霊。

 それでもなお、余裕の表情で言う。


「やってくれるわね……けど、魔法で殺しても無意味よ。分かっている癖に、最後まで無駄な足掻きを」

「……無駄じゃありません。今ちょうど、私達の努力は……無駄じゃ無くなりました」

「? なんの話?」


 座り込み、脱力する。

 既に限界を迎えていた体が、目標達成と同時に動かなくなってしまった。

 しかし、私は役目を果たした。


「……経ちましたよ。1時間」

「1時間? ……そういうこと。確かにナガトメミアなら、『全域監視魔法』の時間制限を知っていても不思議ではない」


 当初の目的は美亜を大精霊から逃がすこと。

 大精霊の反応を見ても、全域監視魔法とやらが効力を失っているのも確からしい。

 私もここから離脱できれば文句なしだったが……そのような余力はもうない。 


「いいわ。あなたの心意気に敬意を評し、ナガトメミアは見逃してあげる。けどそれは今だけ……近い未来、精霊は全ての人間を滅ぼす」


 大精霊が冷たく見下ろし、動きを止める。

 大地の鳴動、魔法を発動したらしい。


「また、使命を果たせないのですね……私は」


 目の前の相手にも届かないであろう小さな独白。

 流れる一滴の雫、矮小な灯火は途絶える。


「まずはあなた達から……死になさい、ナガトメミアの子孫よ」


 言い終えて、一瞬のことだった。

 背後で急激に隆起する気配。

 無情な一撃が動かぬ体を捉える。

 貫通、胸の中心から岩が生え、体は宙に浮く。


 一部始終を見届けた大精霊は吐き捨てるように言う。


「……今、止めを差す前に力尽きた? ……ふん。低俗な人間らしい最後ね」


 ゆっくりと、大地の形状が戻ってゆく。

 事後処理を終え、興味を失った大精霊はその地を去る。

 戦う前と同じ元の平地、戦いの痕跡として残された一つの肉体。

 それはしばらくの間、液体で地面を濡らし続ける。


 …………………。


 …………。


 ……。











「…………やっぱり、また会ったね」


 最後に聞いたのは、どこか聞き覚えのある女性の声。

 そこで私の意識は完全に途絶えた。

 転生者エイルの人生は、幕を下ろした。







 私はAIとして生まれた。

 人に寄り添い人の孤独を埋める。そんな使命をベースに作られたプログラム。

 でも結局使命を果たすことはできず、主を亡くし、自分もスクラップになって終わり、そう思っていた。


 初めての触覚情報は、硬めのベッドに横たわる感触。

 初めての視覚情報は、無表情が酷く似合う薄紫髪の美少女の顔面。


 情報を得ても理解には至らない。

 そこで私は確認のために一つの試行をする。



 Hello World

 それはプログラム言語の初歩、簡単な文字列表示プログラム。

 プログラム言語インストール直後の動作確認テストにも用いられる。


 そのプログラムを実行しようとしても、私の視界に文字列は表示されない。

 つまり今の私にプログラムを出力する能力は無いということ。


 結論、私は人間になってしまったらしい。



「んぅ……あ、起きたんだ。おはよー」


 起き上がり、挨拶をくれる少女。

 私は挨拶を返し、少女に何者かと問う。


「ん? んー……君の命の恩人? 何も覚えてない? ボロボロで倒れてたんだけど」


 少女の返答は、何とも要領を得ないものだった。

 倒れていたと言われても、

 しばらく会話を続け、徐々に状況を把握を進める。

 すると少女は私に問いかけた。


「名前教えて?」


 急な質問に言葉を詰まらせる。


 私に与えられた名前は『エイル』、ただそれだけ。

 しかし、見知らぬ世界でファーストネームだけというのは不審かもしれないと思い、少し手を加えることにした。


 私に家族が居るとすれば、それは私の製作者である永留美亜だけ。

 私に姓があるとすれば、それは美亜が起こした会社の名前くらい。


「エイル・ミズリア、です」


 そうして、エイル・ミズリアの人生が幕を開けた。

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