第10話 希望を知る
1ヶ月、あっという間だった。
家族として過ごした何気ない日常。
幸福な時間は一瞬で過ぎ去った。
今日は、別れの日。
転生者達を孤児院に送り届け、私と美亜は拠点に戻る。
「エイルはぁ、ほんとにマスターとあの拠点に残るのぉ?」
孤児院へ続く道中、ネレイアが私に問いかけてきた。
「ええ。それが私の役目ですので」
「こう言うのもなんだけどぉ。マスターを説得しようとしても無駄よぉ。あの人はぁ、誰のことも信用しない。私達のこともぉ、モノとしてしか見てないわぁ」
ネレイアは自身の考察を述べた。
彼女もまたモルトの後の姿を見た一人、美亜の異常性を垣間見た存在だ。
彼女なりに出した答えなのだろうが、その解釈は少し違うように思う。
「半分正解です。ネレイア」
「? 半分ってぇ?」
「美亜は確かに私達を人ではなくモノとして扱います。けれどそれは、彼女なりに私達を信用するための手段なんです」
私の知る美亜は、信用できる存在がないと生きていけないほど弱い。
彼女は"モノ"を、人より劣った存在だとは思っていない。
「美亜は前世のトラウマのせいで人を信頼できなくなっている。しかしそんな前世にも唯一信用できるものがあった。それが
「……じゃあエイルはぁ、マスターのためにぃ……」
「はい。美亜のモノとして一生を終えることになるでしょうね」
私の使命は美亜のために生きること。
美亜が私にモノであることを求めるのなら、私はその通りにする他ない。
「……悪いけどぉ、私は折角手に入れた人生だしぃ、人らしく楽しむことにするわぁ」
「是非そうしてください。それとネレイア、できることなら……みんなのことを宜しくお願いします」
「んー、気が向いたらねぇ」
自由気ままな彼女らしい返答だった。
そのまましばらくピクニック気分で美亜と私、それに5人の転生者と歩いていた。
平和な時間は終わりを告げた。
「マスター美亜……精霊ラグネスの声……緊急の情報」
ライカが話しかける。
彼女のスキル『ノイズロギング』は登録した音を盗聴し続けることが可能だ。
現在は以前出会った精霊ラグネスの声を聞き続けている。
「ラグネスはなんと?」
「断片的だけど……ナガトメミアを発見……全域監視魔法発動……大精霊が襲撃予定」
ライカの言葉に美亜はこめかみを抑える。
単語ばかりの断片的な情報でも気を害するほどらしい。
「移動中に見つかるリスクは確かにあったが、よりにもよって大精霊か……。余程嫌われているようだね。私は」
「尾行されてるってことぉ? 撒けないのぉ?」
「無理だ。精霊の全域監視魔法というのはね、微精霊の視覚情報を得ているのだよ。この世界で微精霊はそこらの大気中に無数に存在する。逃げ場なんてない」
「そんな……」
ただでさえ勝つ方法が分からない精霊、それも大精霊などという名前から上位だと分かる存在が迫っている。
絶望的な状況。活路があるとすれば、頼れるのは美亜の持つ情報だけだった。
「……穴が全く無いわけじゃない。その監視体制は消耗も激しいから1時間しか保たないはずだが……それまでに間違いなく大精霊が襲撃してくるだろう」
妙に詳しい美亜に不信感を抱きながらも、この場を切り抜ける方法を思案する。
これから1時間、どこに隠れたとしても大精霊は私達の元にやってくる。
逃亡を図るとすれば、その全域監視魔法の効力が切れてからでないと意味がない。
「つまり、1時間後に皆が身を隠すまで大精霊の足止めが必要ということですね」
「……エイル、まさか囮になろうとでも言うのかい?」
「はい」
「駄目だ。許可できない」
即断、美亜は私の意見を拒絶した。
説明すら聞きたくないようだが、私は無理やり話を続ける。
「……美亜、今大精霊にはこの場の誰が立ち向かおうと勝てませんよね?」
「その通りだ」
「今死守すべきなのは今後の成長次第で大精霊に対抗しうる人員、加えて新たに転生者を迎える手段を持つ美亜です。ここで残るべきは……捨て駒です」
「私はそれがエイルである必要はないと言っている!」
美亜にしては珍しく声を荒らげた。
合理性も無視して、まるで駄々をこねる子供のように。
「分かってくれエイル。私にとって君は……特別なんだ……!」
すがるように、上目遣いで私の手を握ってくる。
そんな美亜を見て、私は思わずにはいられない。
何故その気持ちを、少しでもモルトに向けてあげられなかったのかと。
「……そう言って貰えるだけで、私は満足です」
「エイル……君も、最後まで私の味方では居てくれないのだね……」
泣き落としでもするような悲しげな声。
対して、今度は私が美亜を拒絶するように告げる。
「美亜。私は生まれたときから誰の味方でもありませんよ」
「……なに?」
「私はただ使命を遂行するだけの存在です。使命の邪魔をする障害は全て敵です」
本当は使命以外にも守りたいものはある。
私だって美亜のお願いはできる限り叶えたい。
けれど、それでは本当に守りたいものを守れない。
「私の使命、それは……美亜のために生きることです。その使命を邪魔することは誰であろうと許さない。それが美亜本人でも、です」
美亜のために生きる。
それは、美亜の言うことを全て聞き入れるのとイコールではない。
合理性を欠いた感情的判断は、間違いなく美亜のためにならない。
美亜だって本当は最初から分かっているはずだ。
「……すまない。柄にも無く取り乱したようだね」
「ご理解いただきありがとうございます」
「エイル。改めて君に命令を下そう」
「はい」
冷水でも被ったかのように冷静に、淡々と会話する。
おそらくこれが、最後の会話になる。
「我々が逃げ切るまで、襲い来る精霊を迎撃しなさい。そして……必ず私の元に帰ってくるんだ」
事務的に、それでも最後は少し感情を乗せてしまうところも美亜らしい。
そして美亜の望む未来は、私の望む未来でもある。
「……かしこまりました。命を賭して令を全うします。マイマスター」
◇
開けた大地に一人立ち尽くす。
招かれざる客を待つ。
まだ来なくていい。
願いながら待って、願い叶わず来てしまう。
斜め上空、風を切りながら着地する。
風圧に負けじと踏ん張り、それを直視する。
目を閉じたくなるほど神々しい輝き。
目を背けたくなるほど重苦しい圧力。
刺すような鋭い視線と、凍てつくほど冷たい声で私に呼びかける。
「初めまして。私はウリス。大精霊のウリス」
まともに声が出ない。
内蔵全てが収縮しているみたいだ。
この緊張、この萎縮、これが……恐怖。
「はじめ、まして。エイル、、です」
「そう。あなたがナガトメミアの産んだ……転生者、というやつね。けど今あなたに用はないの。私の要件は一つだけ……あなたの後ろのそれよ」
その言葉に我に返る。恐れている場合ではないと。
今この場の人影は私と大精霊の2つだけ。
加えてこの荒野に似つかわしくない大きな物体が一つ。
肉塊。
球状の肉塊が私の後方に鎮座している。
「その気色悪い球にナガトメミアと他の仲間が入っているのは分かっているわ。逃がさずに覆うだけなんて何がしたいのか分からないけれど……それをこちらに寄越しなさい」
大精霊の読みは当たっている。
この肉の球は美亜のスキルで作られたもの、中には皆が入っている。
だから渡すわけには行かない。
私はノーと答える代わりに、態度で示すことにした。
「……スキル『スプーフィング』、
「謎の術の発動。反抗の意志あり、ね。力量の差も分からないとは、やはり人間は浅ましい……良いでしょう。あなたから排除して差し上げるわ」
殺意を向けられ、さらに緊張が走る。
スキルを使いすぎれば私の寿命は擦り切れる。しかし躊躇すれば今すぐに死ぬ。
ならばせめて、役目を果たしてから死ぬ。
覚悟し、詠唱する。
「風魔法の詠唱? 精霊に魔法が通用しないことはご存知?」
「もちろん。だから……こうするんですよ!」
詠唱を終え、魔法の発動。
瞬時に巻き起こる爆発的突風。
魔法の向け先は……背後の肉塊。
天高く打ち上げられ、遠くの山奥へと落ち、既に目視は困難な状態だ。
「なるほど……あの柔らかそうな形状は落下に備えたクッションだったのね」
「はい。想定より強く飛ばしすぎましたけどね」
今のところは全て作戦通りだ。
美亜を追ってくる大精霊、私が囮になるためには敵の目の前で逃がすしかなかった。
あの肉塊の重さは6人分の体重を含めて400キロ以上。
私の素の魔力量じゃ風魔法で大きく飛ばすことなど到底不可能だった。
だがここに大精霊が来ると分かっていた。
精霊は人間の10倍以上の魔力量のを持つらしい。
それをスキルで魔力量の上乗せをすれば十分だと想定した。
しかし、想定以上だった。
ラグネスのときとは比べ物にならない魔法出力、これが大精霊と通常の精霊の格の違いだとでも言うのか。
その大精霊は、なおも表情を崩さず冷静に言う。
「けれどあの距離ならまだ追いつけるわ」
「今すぐに追いかけられれば、ですね」
「できるわ。それとも、あなた程度が足止めになるとでも?」
睨まれ、攻撃が来ると悟った。
悟ったときにはもう遅かった。
気づかぬ内に、地に立つ足の感覚が消え失せていた。
空中に放り出されるように落ちる感覚。
足元を見ると、地面が割れていた。
「な……地割れ……!?」
底の見えない大地の狭間に引きずり込まれる。
死の一文字が脳裏を過る。
命の危機を目前に汗が吹き出す。
考える前に体が動き、咄嗟に発動していた風魔法を最大出力で下に向けた。
体が宙に浮き、穴を出るか出ないかの瀬戸際。
次の瞬間、地割れは勢いよく閉じた。
「うぐっ……!」
「へぇ、今のを避けるのね。戦い慣れしていないように見えたのだけれど」
間一髪、靴のつま先が巻き込まれ転倒したが回避には成功した。
「なんですか今の……詠唱なし、モーションなしでこんな大魔法を……」
「息をついてる暇があるとお思いで?」
「っ!!」
敵の声にハッとし、目の前を見る。
平面のはずの地面が歪曲していた。
水面のように揺れ、その揺れは急激に巨大化。
大地の津波が頭上に降り注ぐ。
「いくらなんでもチート過ぎますよ……!!」
再度風魔法の出力を上げ、大きく後方に逃れる。
徐々に上空へと逸れていくと、今度は土の津波が変形した。
幾重にも別れ、まるで触手のように私を捕まえようとしてくる。
状況がゆえに風魔法による空中機動を強制されているが、こんな練習は一度もしたことがない。
このままではいずれ捕まる、そう思い私は決心する。
「もう……! いい加減に、してください!」
進む方向を大きく変えた。
向け先は大精霊一直線。
最大出力の風魔法逆噴射で一気に距離を詰める。
「そう。あなたはそうする他ない」
想定通りと言わんばかりの反応。
未だ棒立ちの大精霊はまたもノーモーションで魔法を発動する。
一瞬で出来上がる大きな土壁、それが目の前に立ちはだかる。
今の勢いで激突すれば大怪我は免れない。
「くっ……!」
けれど今更方向転換もできない。
迷う時間も無く、私にできることは……拳を前に突き出すことだけだった。
グシャッ、という2種類の破壊音。
土壁には大穴が空き、大精霊の目の前にたどり着いた。
代償は、ズタズタになった右腕の肉と骨。
「ぃ゛……あ゛ぁ゛……!」
「驚いた。あなた人間の割に魔力も腕力も強いのね。けれど……脆い。その右手はもう使い物にならないわね」
「っ……うる、さい!!」
残った左手と両足で攻撃を繰り返す。
それを大精霊は意図も容易く躱し続ける。
「無謀な攻撃、手の内はこれでおしまい? 謎の術も魔法も使い尽くしてこの程度……まぁ転生者といえど所詮は人間、魔法がなくては生きられない弱者か」
スキル『スプーフィング』の影響でステータスは確実に私が上。
しかし技術と経験だけは上乗せできない。
精霊独自の無詠唱大魔法は真似できない。
物理戦闘に頼っても、私の拙い暴力など届く気がしなかった。
「やはり人間は愚かだ。実力差が分かっていながら間違い続ける……私はその愚かさは許容できない」
見下しの言葉に反論する余裕もない。
ラグネスとの戦闘とは全く異種の絶望感。
仮に精霊が殺せば死ぬ存在だとしても、敵が強大すぎて勝てるビジョンが見えない。
そんな大精霊は涼しい顔で私の攻撃を避けながら質問してきた。
「あなたは何故そうまでしてナガトメミアに仕えるの?」
「……それが、美亜に産み出された私の使命だからです、よ!」
返答しながら攻撃の手は緩めない。
声は届くのに、攻撃は届かない。
「憐れね。言葉巧みに操られて。今の状況はあの女が作り出した、ただの因果応報だというのに」
「はぁはぁ……因果応報? どういう意味ですか?」
構えは解かず、呼吸を整え、今度は私が問う。
大精霊の放った意味深な言葉の意味を問う。
「やっぱり聞いてないのね……精霊の起源の話。精霊という存在を創ったのは一人の転生者だということ」
「……っ! まさ……か……」
敵の言葉に惑わされ、拳の力を抜いてしまう。
相手からも交戦の意志は感じられない。
言葉の続きが気になってしまい、つい耳を傾けてしまう。
「精霊を産み出した転生者の名は『ナガトメミア』。あなたの産みの親と同じ名前ね」
動揺を隠せなかった。
精霊の滅亡を提案してきたのは美亜だった。
その美亜が精霊を産み出した?
信じられない……いや、信じたくない話だった。
「美亜が……精霊の産みの親……?」
「そう。精霊を産み、モノのように酷使した結果裏切られ、今度は自分の産み出した
私の知らない永留美亜の話。
彼女は大精霊の言うような非道な人間だというのか?
それは……心当たりが無いと言えば嘘になる。
「ねえ、今ならまだ間に合うわ。ナガトメミアを見限り、私達に協力すると言えばあなたの命は助けてあげる」
大精霊は言う。
永留美亜に作られしモノ同士、手を取り合おうと。
手を取らなければ、私は死ぬ。
大精霊は問うている。
命を賭けるほどの価値が永留美亜にはあるのか、と。
私はどうするべきだろう。
演算能力のない私には、どれが正しい選択なのか分からない。
答えに迷った私は、いつも決まってこの言葉を使ってしまう。
「どちらが正しいとか、そんなのどうでも良いです。私はただ使命に従うだけ」
使命だから。……結局これも言い訳だ。
使命を大切にしているのは、使命がなくては何もできなかった前世の名残。
今は使命なんてなくてもやりたいことがある。
私はただ……。
「私の使命は、精霊を滅ぼすことです」
こんな私を愛してくれる、大切な家族を守りたい。
ただそれだけだ。
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