第17話 魔法陣技師の生活④

 ライセンスカードの発行後、私達はすぐに魔物討伐へと向かった。


「魔物は本来地下にある『迷宮』に潜んでる」


 道中、セラは話し出した。

 今向かっている目的地の説明だろう。

 私があまりにも世界の常識を知らないために、教えてくれと言わずとも説明をくれるようになってしまった。


「じゃあ今からその迷宮に行くんですか?」

「ううん。迷宮は魔物がうじゃうじゃいる。こんな軽装備で行く場所じゃない」


 確かに、今日の一番の目的は魔物を倒すことではなく、試作魔法陣のテスト。

 魔物の数は少ない方が良いが、それならいったい何処へ行くのだろう?

 その疑問の答え、セラの次の言葉を私は待った。


「迷宮は常に魔物を産み続けるから地上に溢れる。溢れ出た魔物は迷宮入り口付近の森に潜む。ほら、ちょうどあそこ……」


 セラの指差す先、そこには深い森の一歩手前。

 単身でうろつく獣のような二足歩行の生物を発見した。


「あれが魔物ですか」

「うん。あれはコボルト」


 人と獣を合わせたような姿はまさに『魔』のモノ、魔法と同じファンタジーの存在だと実感させられる。


「強いんですか?」

「この辺りで出る魔物の中で一番弱いよ」

「なら魔法陣のテストにちょうど良さそうですね」


 一番弱いと言っても私が想像するよりは強いのかもしれない。

 けれど最弱ですら倒せない魔法は売り物にならないとも言えてしまう。

 緊張しながらテスト用の魔法陣を取り出す。


「とりあえず単純な属性魔法陣でも使ってみますか」

「ん、早速どーぞ」


 セラに促され魔法の発動を試みようとする。

 これが初めての魔法を発動、上手くできるかと心配になりながらも別の懸念点を思い出す。


「えっと……魔法ってどうやって使うんです?」

「普通に魔力を注ぐだけだよ。さっき冒険者登録のときに魔力テストした感じで」

「あっあれですか。やってみます!」


 水晶に魔力を吸われた感覚を呼び起こしながら魔法陣に力を込める。

 意識するのは血液の流動、それを自ら操作するつもりで……。


「むむむ……あっ光った! 光りましたよセラ!」

「うんうんこっち向けないで? 魔法飛んでくるから」


 冷静なツッコミで浮かれ調子が落ち着かせ、すぐに魔法陣を魔物へと差し向ける。

 数秒後、魔法は起動し対象へと飛来した。

 魔物を襲ったのは顔面ほどの大きさの火の塊だった。


「炎魔法か。なんか普通だね」

「あ、まだ終わりじゃないですよ。普通の魔法にしても面白くないと思って、異なる属性を4連射するようにしておきました」

「え」


 炎に捕らわれジタバタとする魔物に次なる魔法が降り注ぐ。

 二つ目の属性は雷魔法による電撃、凄まじい速度で着弾し、暴れていた魔物の体は一瞬硬直した。

 三つ目の属性は風魔法による真空斬撃、目に見えぬ刃が魔物の身体中を切り刻み、片腕と片足を斬り落とした。

 四つ目の属性は氷魔法の氷柱、飛来した3本の内着弾したのは2本、肩と脳天を貫いた。

 そうして魔法陣は発光をやめ、ぼろぼろの紙屑に崩れ去った。


「……これ結構えげつないね。詠唱する一般魔法だと別属性魔法の連射なんてできないし」

「ホントですか? テスト用でしたが商品化も検討しますか……っとと。あれ?」


 満足感に浸っていると急な頭のふらつきに体を揺らす。

 それに対しセラは体を押し当て、支えながら声をかけてくれた。


「ん、大丈夫?」

「なんか頭がフラフラします」

「魔力の過剰消費、初めてだし仕方ない。今日はもう魔法使わないほうがいい」


 私の体に起こっている現象を判断し淡々と説明するセラ。

 確かに一度の魔法とはいえ四属性となれば魔力消費量も単純に四倍、初めて魔法を使う私は急激な魔力消耗で大量不良を起こしているのか。

 しかし理解したからと言って、納得したわけではない。


「そんなぁ……もっと試したい魔法陣あったんですけど……チラッ」

「……はぁ。代わりに起動すればいいんでしょ」

「ほんとですか! ありがとうございます!」

「うむ、もっと崇め奉れ」


 尊大な物言いで冗談を言うセラ、お願いも聞いてくれるし何だかんだで根は優しい子なのだろう。

 そうして次なる魔法陣の実験台を探すと、早くもその影を見つけられた。


「あのイノシシみたいなのも魔物ですか?」

「グリーンボア。あの見た目で結構なスピードで突進してくるから気を付けたほうがいい」

「なるほど……じゃあこの魔法陣がちょうど良さそうですね」


 次の標的に合う試作魔法陣を取り出し、セラに手渡した。


「これは?」

「捕縛用魔法陣、『エレキネット』です」

「捕縛か……どう使うの?」

「まず地面に埋めてから魔法を起動させて……」


 説明しながら埋め込み作業を行い、準備が完了したところで私は標的を指差して言った。

 

「あとは魔物をここにおびき寄せるだけです!」

「ふーん。どうやって?」

「それはもちろん! 考えてません!」


 指摘されてようやく気づいた失念にも勢いで返答する。

 どうしたものかと思案しようとしたが、セラは呆れながら言う。


「だと思った。ちょっと待ってて」


 セラは私の返答を予想していたかのよう行動を起こし、何やら取り出した白紙の紙を折り曲げ始めた。

 やがて完成に近づいた折り紙の形状は私にも見覚えがあるものだった。


「紙飛行機?」


「できたっと……えい、飛んでけ」


 掛け声と共に投げられた紙飛行機は最初こそ普通に飛んでいたが、徐々に不思議な軌道を描いていく。

 紙飛行機と言えば徐々に高度を下げて落ちていくものだが、今飛んでいるそれは落ちる気配を見せなかった。

 それが何故か、セラの持つ魔法と照らし合わせれば想像するの容易だった。


「あ、もしかして固有魔法で……」


「そ。私の魔法は紙、生成だけじゃなくて操作もできる。目に見える範囲ならどこまでも」


 言いながらセラは手を上下させ、その動きに合わせて紙飛行機も踊るように舞った。

 やがて魔物の目の前に到達した紙飛行機は挑発するように飛び回り、最後には魔物を誘導する形で私たちの方へ飛んできた。


「へぇ、結構細かい操作までできるんですね」

「どやぁ」

「はいはい凄い凄い。さてと、そろそろ誘導地点ですね。魔法陣の半径1メートル付近の地面が踏まれたら作動しますよ」


 本来の目的を思いだして罠の設置地点を注視する。

 視界に入ってきた魔物は紙飛行機を追い、一度の掘り返された跡のある大地を踏みしめる。

 瞬間、魔法陣は強く発光し魔物を魔法で包み込む。

 発動したのは雷魔法。纏わりつく電撃に魔物は耐えられず、横転して足を痙攣させていた。


「殺さずに麻痺させる感じなんだね。罠にかける手間は面倒かも」

「一応普通の魔法同様、手に持って射出することもできますよ」

「ならいっか。逃げるときの足止めにも便利そう」


 セラからのお墨付きを貰い心の中でガッツポーズ。

 この分ならお店に売りに行く日も近そうだ。


「このグリーンボアはどうする?」

「あ、ちょうど動けない魔物に使いたい魔法陣もあるのでいいですか?」

「いいけど。何するの」

「使ってみれば分かりますよ」


 不可解そうな顔のセラに魔法陣を手渡し、発動を促す。

 納得いっていないようだったが、その表情はすぐに崩れ去ることとなった。

 セラが次の魔法陣を発動させると、動けない猪の魔物に風魔法が射出された。

 そして着弾した魔法は魔物の体に入り込み、切り刻んで血飛沫を上げた。


「『アサンダーウィンド』。風魔法で切り刻んで毛皮、肉、骨など一瞬で部位ごとの解体を完了させます」

「生きたまま解体って……エイル鬼畜」

「あはは……でもその方が新鮮な状態で解体できるかなと思いまして」


 魔法による解体は思いの外時間がかかり、血が体に飛び散らないように離れたところから見守る。

 ようやく魔法が完了し、バラバラになった魔物を見てセラは言った。


「でも素材が血塗ちまみれ」

「あー血抜きの工程忘れてました……。この魔法陣は改良が必要ですね」


 凄惨な血塗れ現場を見て思う。やはり実際にテストしてみないと分からないこともあるようだ。

 その素材達はセラに水魔法で洗浄してもらった。


「あとテストしたいのは……これ結構強力なんですけど大丈夫ですか?」

「どんな魔法?」

「光を収束させて放つ熱線、その名も『フォトンレイ』です」


 次の魔法の説明をすると、セラは不思議そうに聞いてきた。


「熱線って光魔法の熱で攻撃するの? 炎魔法で良くない?」

「レーザービームは技術者の浪漫なんです! 絶対強いですから試してみてくださいよー」

「んーそこまで言うなら」


 いまいち強さが理解できないのか乗り気じゃないセラだったが、なんとかテストには付き合ってくれる。

 テストの対象を探していると、ちょうどコボルト3体が群れている場面を発見する。


「あれにしましょう。1体じゃ物足りないと思ってたんです」

「んじゃ撃つよ」

「お願いします!」


 セラが手の向け先で照準を合わせて魔法を起動する。

 すると魔法陣は今まで以上の強い光を放ち、数秒のチャージ時間を要した後に魔物の方向へと一条の光が伸びる。

 魔物の一体くらいは倒してくれると嬉しい、そんな思いで魔法を見守っていたが、私の認識は甘かった。


 発動した魔法は瞬く間にコボルトの胴体へと着弾、そして次の瞬間には直線上にいたもう一体の体を貫き、さらには奥の森にまで光が届いた。

 魔法が終了し、テストの結果を頭の中でまとめる。

 飛距離およそ100メートル以上、着弾した魔物2体は胴体に風穴が作られ瀕死の状態。さらに先にある木々数本も太い幹を焼き焦がされ倒壊している。

 その凄まじい威力に、生き延びたコボルトは一目散に逃走した。


「……これはダメだね」

「はい……完全に出力調整ミスです」


 この魔法は失敗作ということで私達の意見は一致した。

 失敗と言ってもそれは不足ではなく過剰、想定を遥かに越えるパワーを有したこの魔法は商品化できないという意味だ。

 威力だけならギリギリ想定内と言えたが、せめて射程を短くしないと周りの被害が大きくなりすぎる。


「この感じだと残り1つも調整が必要かもですね……」

「そんなに強い魔法なの?」


 作成した5つの魔法陣のうち最後の1つの内容を思い出しながら説明する。


「地形変形させる魔法なんですが、今の見ると出力が抑えられているか自信ないですね……」

「うん。魔力消費量エグそうだし私もあんまり使いたくない」

「そうですよね……次からは魔力効率も考えて作ります……」


 最初こそ良い結果を得られたものの、後半は修正すべき点がいくつも見つかった。

 結局頭の中で構築した理論だけでは全ての短所弱点を網羅するなんて到底不可能なのだろう。

 そういう面でも製品テストの大切さを改めて実感させられる一日だった。

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