第18話 魔法陣事業の進展①
「いつも思ってましたが……朝からよくそんなに食べられますね、セラ」
朝食の時間、セラの食事量を見て思わず口に出た。
いつもながらの安価パンだが彼女はいつも私の2倍近く食べている。
「私まだ寝てないから、これ夜ご飯みたいなもの」
「なるほど……」
理由としては納得できるものだったが夕食だとしても私はセラほど食べられる自信はない。
それは私の食が細いというわけではなく、このパンでは食欲がそそられないから。
毎日食べていれば自然と食べる気も失せる……そう思ってしまうのは私の口がワガママなのだろうか?
だとすれば食生活を改善したいという一心から魔法を開発してしまうのも私だけなのかもしれない。
「さて、今日はそんなセラにオススメの商品がありまして」
「なに突然、商品って魔法陣?」
「その通り! 新しい魔法を開発してみたんですよ。てことでそのパン一個貰いますね」
セラのパンを皿ごと奪い取り魔法陣の上に乗せて魔法を起動する。
するとパンの周囲に球状の膜が展開した。
「セット完了、あとは30秒ほど待てば……」
時間経過後、魔法陣が展開していた膜は剥がれ落ち、残されたのは香ばしく薫るパンだった。
私はそれを手に取りセラの目の前に戻してやった。
「完成です。どうぞ召し上がれ」
「ん、て熱っ……」
猫舌なのか、ふーふーと可愛らしく息で冷ましてからかぶり付く。
小気味の良い咀嚼音、後に喉を鳴らしてセラは口を開いた。
「美味しい……」
「ホントですか?」
「外はサクサクで中も柔らかい。焼き立てみたい……今のは釜戸を作る魔法?」
「それに近いもの、ですかね。短時間で食材の表面に焼き目を付けつつ中まで温める、名付けてレンジ・トースター魔法陣です」
前世の家電を思い浮かべて作成した魔法陣だったが、やはりこの世界には馴染みがないらしくセラは興味深そうな顔をしていた。
「でもあんな短時間で中まで火を通せるの? なんで焦げない?」
「色んな属性の複合魔法ですよ。原理を説明すると遠赤外線だとかマイクロ波だとか小難しい話になりますけど、聞きたいですか?」
「じゃいいやー」
質問してきたもののあっさりと諦めるセラ。
気にはなるが面倒なことは考えたくないというセラらしい思考がよく読み取れた。
「とまあ多少マシにはなりましたが、できればこのパンとも早くおさらばしたいところです」
「ん? 私は今のでも十分美味しいから別にいいけど」
「ダーメーでーす! ちゃんとバランスよく栄養取らないと。それに私が食事をもっと楽しみたいんです!」
未だ食にこだわりの無さそうなセラだったが、私にはずっと抑圧されてきた食欲を我慢することがもうできそうにない。
私の無知なる舌と、ついでにセラの貧乏舌を一緒に肥えさせてやろうと心に決める。
「この貧乏生活も今日で終わりにします。さ、魔法陣を売りに行きましょう!」
◇
「魔力反応見るに全部本物のようだ……よし、買い取ろう」
セラの案内で魔道具専門店に魔法陣を持ち込み、買い取り依頼に出すこと数分、全て買い取って貰えることに決まった。
「結構あっさりしてますね」
「それだけ魔法陣の需要は高い。大抵のものは即決で売れる」
ずっと身近にあったため忘れかけていたが、世間的には魔法陣は希少なものらしい。
それを自分で創作できるというのだから価値観がおかしくなりそうだ。
「偽物渡してもバレなさそうですね……」
「おいおい不穏な会話は止してくれ。こっちも商売だからな、買い取る前のテストはさせてもらってるよ」
私達の冗談に軽い静止を入れてくる男性店主。
その話の中に一つ、気になるワードがあった。
「テストって何をしてるんです?」
「魔力反応テスト。起動しない程度に微量の魔力を流して魔法陣の発光を見るんだ。偽物だったら当然魔力反応がないし、属性の判別までなら可能だ」
聞いて納得する。私以外の人間は魔法陣を読めないらしいのでそれを売り物とするには商品として信用に欠けるのではないかと思っていたが、最低限の保証はできるようになっているらしい。
そんな私の理解を他所に、今度は店主が私に聞いてきた。
「にしたってこんな大量の魔法陣、一体どこで手に入れたんだ?」
「あ、私が作りました」
反射的に答えると店主は面食らったような顔をした。
「作った? はっはっは面白い冗談を言うお嬢さんだ。まあ入手先なんて簡単に教えてくれるわけないか」
「うーん冗談じゃないんですけどねぇ」
冗談だと思われたことに特に不快感はないが、どう訂正しようかと迷っているとセラが小声で話してきた。
「無駄だよエイル。魔法陣は人間がどうこうできる物じゃないっていうのが常識になってるから」
「そういうものですか?」
「うん。例えばさ、私が本気出せば時速500キロで走れるって言ったら信じる?」
「音速超えですか……それは信じませんね」
「そういうことだよ。人間にできないことはできないっていう固定観念が邪魔する。だから魔法陣を書けるだなんてあり得ないって思うのも同じ。魔法に詳しい人なんかは得にね」
確かに、需要があるのならそれを量産しようと研究されていてもおかしくはない。
その研究の結果、微精霊によって暗号化されているという研究成果まで得られているのだとしたら、私の言葉を若造の戯言と思われても仕方ない。
魔道具専門店の店主ともなれば魔法関係の事情にも詳しいはずか。
その店主が今度は頼み事でもあるかのように腰を低くして聞いてきた。
「なああんた、ちょっと聞いてもいいか?」
「何ですか? 値下げはしませんよ」
「値段には納得いってるさ。ただこの数だとすぐ売り切れちまう。在庫……もしくは入手する伝はあったりするか?」
売るのであれば在庫を保有したい、店主としては至極当然の願いだった。
今回私が売りに出したのはセラが元々持っていた治癒魔法などの写しと、私が開発したものの計8種類3枚ずつ。
もちろん開発の手間さえなければコピーの量産なんて大して工数はかからない。
「できますよ」
「本当か! なら追加発注したい。数はそうだな……できれば全種類10枚ずつ」
合計80枚となるとすぐ納品というわけにもいかない。
ここまで話が進んだのなら商談と何ら変わらないのだから、正式に納期を設定する必要があるだろう。
「なるほど……少し時間を貰えるなら構いませんよ」
「時間か……1か月でどうだ?」
「それだけあれば十分です」
「ありがとう。恩に着るよ」
商談成立に対し嬉しそうに謝辞を述べる店主、私としても嬉しい限りだ。
自分の作った商品の価値が認められ、顧客の喜ぶ姿まで頂戴しているのだから。
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