第19話 魔法陣事業の進展②

「嗚呼、美味しいって素晴らしい……」


 魔法陣を売りに出した帰り道、どうしても我慢できなかった私は駄々をこねて、街のレストランで昼食を取ることにした。

 メニューは猪肉のステーキと葉野菜のサラダにスープ。

 粗雑な味付けと強烈な旨味、反射的に美味しいと言えるくらいに私の舌はこの料理を気に入っている。

 何より初めて摂取したまともな料理ということに私は感動していた。


「人間らしい食事って良いですね。生きてるって感じがします」

「むぅ、贅沢いくない……」

「もー大丈夫ですって。次の稼ぎ口も決まってるんですから!」


 不満そうな顔でモソモソと食事するセラ、浪費に抵抗があるらしい。

 どうもセラは腹を満たせればなんでも良いと考えている節があるが、それにしたって人間は炭水化物だけでは生きられない生物だ。

 これを機に食生活を改善してあげられたらと思う。

 そんな和やかな食事の場に、背後から接近する気配を感じた。


「なあ姉ちゃん。ちょっといいか?」


 振り向くとそこには小柄な少年の姿があった。

 周りを見ても女性はおらず少年は明らかにこちらを見ている。


「私はあなたの姉ではありませんが、何か御用でしょうか?」

「そういう意味じゃねえって。そんなことよりさ、魔法陣作れるってホント?」


 唐突な質問に戸惑いながらも、なんとなく察する。

 私は今日魔法陣を売りに出しに行き、そこで魔法陣の作成が可能だとも言った。

 だとすればこの少年は……。


「もしかして魔道具のお店で話聞いてました?」

「おう!」


 こうも元気よく返事されると盗み聞きに対して怒る気も失せてくる。

 しかしわざわざ付いてきたということは、魔法陣関係で何か頼みでもあるのかもしれない。


「それで私になんの用です?」

「あのな。うちの農園で爺ちゃん達が困ってるらしくてさ。魔法陣で張ってる結界を作り直したいとかで……姉ちゃんなら直せないか?」


 魔法陣関係なら力になれる気がしたが、どうにも少年の話は要領を得ない。

 そもそも魔法の結界がどういうものなのか、それを魔法陣でどう描き表すのかを私が知らないからか?


「そう言われても実物を見てみないことにはなんとも……」

「とりあえず連れてってもらったら?」

「ですね」


 セラの助言に従い、ひとまず少年に案内を頼むことにした。







 招かれるままに付いていくと街を出て歩くこと数分、見えてきたのは畑や家畜小屋など一目で分かる農園だった。

 その横を通過し、少年の家らしき古小屋へと入室する。


「お邪魔しまーす……」

「ただいま爺ちゃん! 魔法陣作れる人連れて来た!」


 元気よく少年が帰りを告げると中にいた老人が呆れたような表情を作った。


「帰って早々何を馬鹿なことを……ああ、お客人の前でとんだ失礼を。それであなた達は?」


 馬鹿にするような発言。

 それは少年に向けられた言葉なのだろうけどなんだか言い返したい気分になった。


「初めまして。魔法陣を作れる人です」

「は、はあ……」


 まるで奇人を見るような目で呆ける老人、それを見てセラの言うことが本当だったと改めて認識する。

 人間が魔法陣を描けるわけがない、それがこの世界の常識ということか。


「いきなり信じろとは言いませんが事情だけでもお伺いできますか? お力になれるかもしれません」

「……そうですね。立ち話も何ですので中へどうぞ」


 そうして居間で座らされ待つこと数分、老人は戻ってきたと思ったら両手大の石を机上においた。


「こちらが我が家で代々引き継がれてきた魔導結晶です」


 見せられた石は薄黒く濁った色で、よく見ると魔法陣の紋様が掘られているようだった。

 しかし言葉だけ聞いても私には分からないからセラに耳打ちした。


「セラ、魔導結晶って?」

「魔力が貯められた石。魔道具の燃料として使われることが多い」

「ほー……」


 どうやら家電の電池やバッテリーのようなものらしい。

 魔導結晶の大体の用途を理解し、その上で分からない部分は老人に直接聞くことにした。


「それで、この魔導結晶はどんな役目を果たしているんですか?」

「この農園に魔物避け結界を張ってくれているんです。貯められた魔力と魔導結晶に刻まれた魔法陣で」

「なるほど……それがないと畑や家畜が魔物に襲われるということですね?」

「はい……それなのにこの魔導結晶、効力が薄れてきているんです」

「ふーん、ちょっと見ていい?」


 会話中、横から口を出したセラは置かれた魔導結晶を手に取り眺める。


「……中の魔力がスカスカだね。これ」

「やはりですか……」

「じゃあ新しく買い換えないといけないってことですね?」

「買い換えられたらよかったんですが……同じものなんて売ってないんです。そもそもこの魔導結晶も何百年と使い続けられたもの、どこで手にいれたのかも不明で……」


 ここまで話を聞いてようやく事態の全容が掴めてきた。

 農園を守る魔物忌避の魔法陣が刻まれた魔導結晶、その魔導結晶の魔力切れで買い換えが必要だが入手先も分からず手詰まりと。


「姉ちゃん、なんとかならないか……?」


 不安そうな顔で私の袖を引く少年。この子も祖父の役に立ちたい一心で私をここに連れてきたのだろう。

 私だってその想いに答えたい。


「無地の魔導結晶は手に入るんですか?」

「は、はい。同じ色の魔導結晶は既に手に入れてますが……」

「なら大丈夫ですね。ご依頼いただければ同じ魔法陣を施しますよ」

「本当ですか!」

「っし!」


 目を輝かせて立ち上がるご老人と、横でガッツポーズをする少年。

 けれど水を差すようで悪いが、私が受けるのは依頼としてだ。


「ただ、無償でというわけにはいきません。それに私も石に魔法陣を刻んだことはないのでお時間もいただきたいところです」

「それはもちろん構いませんが……その、本当に可能なんですか? 魔法陣を描くだなんて……」


 不安そうに目を伏せる老人、確かに信じられない事実の前で金を出し渋るのは当然のことか。


「ではこうしましょう。作成期間は1ヶ月、前金無しの成功報酬のみで構いません。いかがですか?」

「それならまあ……」


 なんとか納得してもらえて胸を撫で下ろす。

 正直この依頼はありがたい。お金が無い私たちにとって仕事は貴重だし、何より結界魔法陣と魔導結晶への魔法陣刻印、この二つは今後の魔法陣事業のためにも研究すべき案件だから。


「ではご了承いただけたということで、準備も必要ですし今日のところは帰りますね」


 少年と老人の見送りを経て、私達はその場をあとにした。

 帰り道、私は新たな仕事と研究対象に内心心を踊らせていた。セラに水を差されるまでは……。


「ねえエイル。期間1ヶ月って大丈夫?」

「え? 短いですかね?」

「じゃなくて、魔道具専門店の追加依頼と期間被ってるけど」

「…………あっ!」


 すっかりと失念していた保有タスク、しかも期間もろ被りなダブルブッキングだ。


「もしかして……忘れてた」

「……だ、大丈夫です! なんとかします! ……最悪徹夜というものもしてみます」 

「まあ、がんば」


 他人事のように肩に手を置いて励ますセラ。しかし魔法陣を描けるのは私だけなので他人事になるのも仕方のないこと。

 徹夜と聞くと技術者らしい響きにも感じるが、人間の睡眠欲を抑えながら作業に没頭するなんて過酷に違いないと思う。

 これから1ヶ月のスケジュールに不安を覚えながらも、私は2つの案件に着手するのだった。







「んー! やっと片方終わりました……」


 腕を上げ大きく伸びをすると体の関節がパキパキと小気味の良い音を鳴らす。

 連日長時間のデスクワークをこなすこと25日間、ようやく80枚の魔法陣複製作業が完了した。


「おつー」

「あ、セラ。ありがとうございます」


 私に労いの言葉をかけるセラの手には2つの湯呑。

 タイミングを見計らって温かいお茶を用意してくれたようだ。

 湯呑をすすり一息つくと、セラが聞いてきた。


「残りは魔導結晶? あと5日しかないけど大丈夫なの?」

「そこはお任せあれ、既に準備も万端なのです」


 お茶をグイっと飲み干し、以前得た収入で新調した鞄を漁る。

 中から私が取り出したのは魔導結晶と2枚の紙。魔導結晶については依頼主から提供してもらった無地のモノだ。


「その紙は何?」

「片方は結界魔法陣の写しです。まだ機能している魔導結晶をお借りするわけにはいかなかったので。それとこっちは……魔導結晶に魔法陣を刻印するための秘密兵器です!」

「秘密兵器?」

「実践してみましょうか」


 そう言って私は普段魔法陣を描く際に使用するペンを持ち、魔法陣を起動する。

 発動した魔法陣によりペンの先端は強い発光を見せた。


「まぶし……」

「あ、のぞき込んじゃダメですよ? 目が失明するかもしれないんで」

「え、こわ」


 反応良くセラが後退ったのを確認し、私は説明を始めた。


「ここ数日間作業しながら考えていたんです。魔法陣を紙に描くのと石に刻むのでは訳が違う。緻密に文字を彫刻するにはどうしたらいいかって」


 説明の間にペン先の発光は集約し、魔法が完成する。


「彫刻といえば金属加工、金属加工と言えばレーザー! というわけでこちら、接触部を溶かす光をペン先に付与する魔法『スポットレイ』です」

「レーザーって、前にやらかした魔法?」

「そう、『フォトンレイ』の応用です。今回は射程を極限まで抑えた精密加工向けの超短パルスレーザーですけどね」

「ふーん」


 理解を最初から諦めているような生返事。こちらも最初から期待していなかったけどもう少し興味を持ってくれると話し甲斐があるのに。

 とそんな会話でやる気を削がれないよう、気を取り直して机上の魔導結晶に向き合う。


「あとは失敗しないよう慎重に描くだけです!」


 腕の震えをグッと堪えつつ高温のペン先を魔導結晶へと押し当て、私は作業に取り掛かった。

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