第20話 魔法陣事業の進展③

「お待たせしました。こちらご依頼の商品です」


 期日1日前、私は魔法陣を刻印した魔導結晶の納品に来ていた。


「本当に魔法陣を描けるなんて、知らないとはいえ大変失礼なことを言ってしまったような……そうだ! 報酬はいくらお支払いすれば?」


 謝罪と報酬価格確認の言葉を貰い、私は笑顔のまましばらく固まった。有体に言えば困っていたのだ。

(どうしましょう。相場が分かりません……)

 魔道具専門店に売り込んだ魔法陣は1枚につき金貨3枚と値段提示してくれたので問題なかった。

 しかし今回に関しては前例を一切知らない。


 高くし過ぎれば安くし過ぎてもそれがこの先の基準になる。

 どちらにせよ今後の魔法陣事業に関わってくるということ。

 とはいえこの1か月で全く考えていなかったわけではない。写しただけとはいえオーダーメイドだし、彫刻の手間もあったこと考えると……やはり普通の魔法陣の3倍くらいが妥当じゃないだろうか。

 

「では金貨9枚……」


 そう口にした瞬間、老人の顔が一層険しくなった。

 流石に吹っ掛けすぎたか? もしかして払えない? でも言ってしまったからにはホイホイ値下げはできない。

 ここからできるのは救済措置の提示だけだ。


「が本来の価格なのですが、下取りさせていただければお値下げ致します」

「下取り……ですか?」

「あー……今まで使っていた魔導結晶をご提供いただきたい、ということです。そうすれば金貨5枚までお値下げしますよ」


 車などの機械がない世界では下取りという言葉が通用しないのも当然かと反省しつつ、減額後の価格を提示すると色よい反応を返してもらえた。


「本当ですか! こちらはそれで構いませんが……その魔導結晶は何をするおつもりで?」

「研究試料ですよ。実は魔法陣を描けるようになったのも最近のことでして、日々研究中なんです。使用済みの魔導結晶も何か使い道はないかと思いまして」

「なるほど。そういうことであれば是非お受け取りください」


 双方合意の上での取引完了、セラも報酬の額に納得しているような面持ちだ。

 私は気分良く報酬を受け取り、彼らと別れた。







「いただきます」


 報酬を受け取った後、私達はその足で前と同じレストランへ足を運んでいた。

 


「またそんな贅沢……」

「まあまあ、報酬貰った日くらい良いじゃないですか」

「むー……でも明日は報酬貰ってもダメ」

「うっ……はーい……」


 明日は魔道具専門店への納品報酬があるが、先に釘を刺されてしまった。

 レストランでの食事は1食銀貨1枚。(銀貨10枚が金貨1枚相当)

 私達の生活水準も少しずつ上がってきてはいるが、セラからすれば外食が贅沢という認識は変わらないらしい。

 しかしこの調子で安定した収入が得られるようになれば持ち家を手に入れる日もそう遠くないだろう。

 事業の成功に喜びながら美味しい食事を味わう、そうしていたつもりだった。


「エイル? 浮かない顔してるけどなんか悩み?」

「……分かりますか?」

「毎日顔合わせてればね」


 今の私は端から見ても分かるくらいに暗い顔をしているらしい。

 もちろんその原因は自分で分かっている。悩みというよりも心配事が一つだけあった。


「今回の魔導結晶の魔法陣、起動テストする時間がなかったんですよね」


 二つの案件が重なった影響で起動テスト、つまり魔導結晶の起動で魔物忌避の結界が正しく展開されるのか、確認する時間を取ることができなかった。

 元々テスト内容からしても時間がかかりそうだったので諦める予定ではあったが、できることなら完全な状態で納品したかったところだ。


「そっか。でも魔法陣自体は描き写しただけなんでしょ? 大丈夫じゃない?」

「そうだと思うのですが……」


 相槌を打ちながら食事をしていると、不意に鳴った大きな警報音に私の手は止められた。


『緊急警報。魔物の群れが街に接近しています。冒険者の方は至急ギルドまでお越しください』


 街全体に響き渡る放送、当然私達の耳にも届いている。


「大丈夫……なんだよね?」

「……そうだと思うのですが」


『繰り返します。南西5キロ先に100体規模の魔物の群れを発見、街に接近しています。冒険者の方は至急ギルドまでお越しください』


「南西って農園の方だね」

「……そうだと思います」


 現実逃避したい気持ちでいっぱいだが、明らかにそうも言ってられない状況だ。


「あれぇ……全く同じ魔法陣描いたのになんで機能してないんでしょう……」

「一応確認だけど、ちゃんと魔物を遠ざける結界の魔法陣だったんだよね?」

「いえ? 魔法陣自体にそんな記述はありませんでしたよ?」

「え」


 セラが固まったのを見て、私は下取りした魔導結晶を取り出してから刻印されている魔法陣の説明を始めた。


「この魔法陣に描いてあったのは属性指定なし範囲指定半径2キロの魔法で、内容は触媒の魔力を引き出してドーム状の透過性結界を展開するとだけ。魔物を遠ざけるなんて曖昧な条件、どう記述すればいいのか私には分かりません」


 普段は説明を聞き流すセラだったが、今回ばかりは真面目に聞いた内容を考察していた。

 そして何かひらめいたのか、私に手を差し出してきた。


「触媒の魔力を……あそっか。ちょっとその魔導結晶見せて」

「は、はい」


 言われるままに手に持っていた昔の魔導結晶を手渡すと、セラは何かに納得したかのように頷いた。


「やっぱりこれ、今は濁ってるけど元は光の魔導結晶。長年使い古して黒澄んでるだけ」

「魔導結晶にも属性があるんですか。でもそれだと何か問題あるんですか?」

「うん。今回使った魔導結晶は同じに見えて違う色、純粋な黒色は闇属性。魔法陣の内容は魔導結晶の魔力を引き出す。つまり、今まで光の魔力で魔物を遠ざけてたのが今回は闇の魔力になって魔法の効果が反転した」


 魔導結晶の知識に疎い私でもセラの説明は分かりやすいものだった。

 そのおかげで自分が何を作り、何を客に渡したのか理解してしまった。


「なるほど! 魔物コナーズが属性反転して魔物ホイホイに……え? それヤバくないです?」

「うん。超やべー」


 緊急警報の原因が自分の商品にあったと確認できたところで、私達は農園に駆け足で向かった。







「大っ変申し訳ありませんでした!!!」


 農園に到着し、魔導結晶刻印の依頼主に粗方の説明をした上で改めて謝罪をした。


「いやいや! こちらが渡した魔導結晶が間違いだったということでは責められようもありませんって! ただ……」

「はい……問題は魔物の群れ、ですよね」


 依頼主の老人も自分に責任があると感じているようで、私はさらに罪悪感に駆られた。

 だからこそ、この事態をなんとか収束させないとと焦りの感情が押し寄せてくる。


「あああどどどどうしましょうどうしましょうこんなことなら殲滅魔法でも作っておけば……何か、何か良い方法は……」


 こういうときこそ冷静に、頭では分かっているつもりだが危険がすぐそこまで迫ってきている状況で冷静になれるほど私は図太くなかった。

 そんな私の目の前にセラが立ちはだかる。


「はい、落ち着く!」

「ぐむっ」


 バシン、とセラの両手が私の顔を挟んだ。

 痛み以上に衝撃が強く、一瞬脳を揺さぶられたことで私の思考も真っ白になった。


「落ち着いた?」

「ふぁ、ふぁい」


 優しい声音に対して情けない返事を返すと、セラは私の顔から手を離してから言葉を紡いだ。


「魔物の群れが到達するまで時間はあるから、まだ間に合う」

「間に合うって言っても……100体近くの魔物を一体どうやって……」


 私の戦う手段なんて魔法陣しかなく、今の手持ちに大量殲滅の魔法なんてないし、新しい魔法陣を描こうにも時間が足りない。ないない尽くしの思考で私は嘆いていた。

 そんな弱気の私を前にして、それでもセラは自信たっぷりに言い放った。


「だーいじょうぶ。私に任せて?」

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