第21話 魔法陣事業の進展④

「大丈夫ってセラ……どうするつもりなんですか?」


 魔物の軍勢の襲撃まで最早一刻を争う現在、何故か余裕げなセラに私は問う。

 すると今度はセラが私に聞いてきた。


「魔法陣のストックってどのくらいある?」

「え? えっと次の納品用に全種10枚ずつはありますけど」

「おっけ。それだけあればよゆー」


 なおも自信満々に言うセラ。今魔法陣の保有数を訪ねてくるのは当然武器として使おうと考えているのは分かるが、一体この窮地をどう切り抜けようというのか。

 私には想像もつかずただ不安なまま彼女についていくことしかできなかった。

 そして農園を離れるべく歩いていると、次第に群れなす魔物が見えてきた。


「本当に農園の方へ一直線……」

「コボルトにゴブリン、小物ばっかなら楽でいいんだけど……むぅ、オークはめんどいな……」

「あの1体だけ大きい奴ですね。強いんですか?」

「他のに比べると力も強いけど、それ以上にタフ。とにかくしぶとい」


 100を優に超える魔物、聞きしに勝る迫力の光景だった。

 それに私は魔法陣テストのときに見た魔物しか知らず、オークのような大型魔物に直面して余計不安を煽られた。

 そんな中セラはというと、何やら手元で準備を進めているらしく浮遊する紙が次々と折り重ねられていた。


「セラ? それは?」

「んーただの挨拶。これで準備かんりょーっと。えい、紙手裏剣」


 覇気のない掛け声と共に彼女の手元から発射されたのは私も前世の幼少期に見たことのある形状、折り紙の手裏剣だった。

 もちろん攻撃というからにはただの折り紙なはずもなく、素早く飛来したそれらは数体の魔物を刺し穿った。

 血を流す魔物たち、しかし一瞬怯みはするものの意識を奪うまでには至らず、むしろ怒りで興奮したのか進行に勢いが増した。


「うーんやっぱり威力不足。威力上げるには数が多すぎるし」

「セラ……」

「大丈夫だって。だからエイル、あれ出して。麻痺させる奴」

「エレキネットですか? いいですけど……」


 言われるままに鞄を探り目的の魔法陣を探す。

 エレキネットは電撃で一定時間魔物を麻痺させる捕縛用魔法陣。

 起動テストでは地雷型の罠として使ったが、地面に埋めずとも前方に射出することも可能だ。


「麻痺って最初に聞いたときは大したことないと思ってたけど案外便利だね。下手な攻撃魔法で倒し損ねるよりも、動きを止めた後で確実に仕留める方がずっと楽」

「でもそのためにはあの大群全員に魔法を当てる必要がありますけどね……」


 自分の開発した魔法が褒められるのは嬉しいけれど、危機的状況では悪い方にばかり目が行ってしまう。

 それでもセラは意に返さず、渡した魔法陣に魔力を込めていく。


「当てるだけならよゆーだって。忘れたの? 私の固有魔法は紙の生成と操作――――魔法陣も紙だからね」


 そう言った瞬間、セラの手から魔力を込められた紙が次々と飛び立っていった

 宙を舞う10枚の魔法陣紙は魔物の大群を囲うようにして空中で静止する。


「魔力を込めてから起動まで約3秒。それまでに魔物の傍まで移動させて……一斉射出」


 セラの目論見通り、魔物に狙いを定められた魔法は次々と射出されていった。

 エレキネットもそれなりに広範囲の魔法、100体を超える魔物の群れだろうと密集しているのなら全方位から打ち込めば全ての魔物を麻痺させられる。


 発動した魔法によって目に見える魔物は全て動きを止めていた。

 けれど本当に凄いのはエレキネットではなくセラの魔法と発想。

 魔法陣起動までの数秒のラグを利用して紙片操作魔法により魔物への近距離射出を叶えるなんて。

 


「本当にあれだけの数を同時に……でも早く倒さないと麻痺の効果が……」

「動けなければ楽勝。折角だから見せてあげる。固有魔法の奥の手――――『ふぇるろーあるめあいーて』」


 セラは謎の言葉を棒読みする。

 つまり一般魔法の詠唱、けれど前に聞いた水魔法の詠唱とも違う。

 発動した魔法はセラの掌の上に現れた。


「これは……炎魔法ですか?」

「もちろんこれで終わりじゃないよ。ここに固有魔法を加えて……」


 燃え上がる炎は粒子状に分散したかと思えば、今度はセラの逆の手で生み出されようとしていた紙魔法に集まり、二つの魔法が融合する。


「複合魔法『色織紙・クレナイ』」


 彼女の手の上には煌々と熱を発す赤い紙が次々と生成され舞い踊っている。


「わっ綺麗……でも紙なのに燃えないんですか?」

「それがこの複合魔法の特徴。紅色の紙は自らは燃えず、を燃やす火属性の紙。これであいつら一掃する……いけ、紙吹雪」


 その命令で煌めく赤紙は細かく分裂し、広範囲に拡散する。 

 それはまるで無数の蛍が飛び交うような幻想的光景。

 紙と呼ぶには煌々しく、吹雪と呼ぶには熱すぎる。 

 そんな暴風のごとく勢いの紙吹雪が魔物の軍勢を襲う。


「この魔法ちょっと遅いからね。避けられたら面倒だけど、動かないでくれて助かる」


 無数の紙吹雪はあっという間に魔物がいる全ての空間を覆った。

 凄まじい熱波に皮膚を、肉を、そして意識を焼かれ苦しむ魔物達。

 さらにセラはダメ押しする。


「――――爆ぜろ『クレナイ』」


 最後の号令、小さな紙達はその輝きをいっそう強め、光を散らせていく。

 一つ一つはなんてことのない小爆発、しかし一帯を占領する無数の火花は相乗し、連結し、巨大な焔となりて空間を押し潰す。

 数秒後、爆風の勢いが収まるとそこには焼け野原が広がり、地に伏す魔物達が地面を埋め尽くしていた。

 その大爆発でもなお、立っている魔物が1体存在した。


「やっぱりオークだけ残ったか」

「あれだけの火力の中で生き残るなんて、本当にタフですね」


 一際大きな魔物は倒れる気配を見せないが、それでも一刻前と比べると疲弊しているように見える。

 この分ならセラの魔法が効いていないということもないはず、つまり攻撃し続ければ勝てる相手と言うことだ。

 そう思っていたのだが、次のセラの言葉に驚かされた。


「ん-……エイル。あとは任せた」

「えっ私!? いやあの、さっきの魔法続ければ勝てそうですよね?」

「やだ疲れた」

「えー……」


 彼女の戦いのお陰で窮地を脱したとはいえ今もまだ戦闘中、そんなときに彼女らしいマイペースな一面が表れてしまい困惑する。

 しかし彼女も考えなしにワガママを言っている訳でもないらしい。


「それに、ああいうのを倒すためでしょ? エイルが強力な魔法を作ったの」


 その言葉でようやく彼女の真意が理解できた。

 セラは私にチャンスをくれようとしている。

 この自体を招いてしまった私に名誉挽回のチャンスを、私の作っている魔法陣が役立つ存在だと証明するチャンスを。


 ……いやセラの場合本当に疲れたから丸投げしたいという目的が一番かもしれないけど、そういう意図も少なからずあるのだろう。

 ならば私は彼女の期待に応えなければならない。


「……ですね。じゃあとっておきを披露しますか!」


 使う魔法を頭の中で選定しながら鞄の中を探る。


 そして私は取り出した一枚の魔法陣を掲げて魔力を込めた。


「それは何の魔法?」

「見てれば分かりますよ」


 微発光の後、発動した魔法から放たれたモノはオークへ一直線に射出された。

 魔法で放たれたそれは目で追える程度の速度ながらも、疲弊で反応が鈍くなっているオークに的中させるには十分だった。

 数瞬後、ザクっと鈍い音を立てて突き刺さる。しかしよく見れば小さな金属片が胸辺りに浅く突き刺さったのみ。

 敵の余裕な表情を見てセラは戸惑いながら聞いてきた。


「え、終わり? ほとんどダメージないみたいだけど、あの刺さったヤツ何?」

「あれは魔法を完成させるための触媒です。さあ、変化が始まりますよ」


 着弾から数秒、異変が訪れた。

 最初は目に見えない変化、オークはそれを感じ取ったらしく突き刺さった金属片に目を向けた。

 次いで目に見える変化、遠目の私達ですら分かるくらいの歪みが空間に生じた。


「魔法名は『マグネホール』。あの金属片が発する電磁力で強力な地場の渦を発生させるーーーー疑似ブラックホールです」


 危険を察知したのかオークは金属片を抜こうと手を向けるが、気づいてからではもう遅い。

 吸い寄せる渦の力は急激に上がり、オークの肉体が硬直する。

 そして最後の変化、オークの体は渦巻くように捻じ曲げられ、渦の中心へと吸い込まれていく。


「勿論本物のブラックホールには及びませんが、あの程度の魔物には勿体無いくらいのパワーですね」

「めっちゃグロい」


 話し終える頃には渦も収まり、魔法終了の兆しを見せていた。

 疑似ブラックホールも完全に収まり、跡を見ればそこには随分細かくなった肉片が地に落ちていた。 


「討伐完了、ですね」

「うわミンチになってる……」

「ハンバーグでも作りますか?」

「絶対食べない」


 そんな会話をしながら魔物の生き残りがいないか目視確認する。

 だが私と違ってその間セラは魔物以外の何かを気にする節を見せていた。


「そろそろここ離れたい」

「離れる? どうしてですか?」

「もうすぐ街の討伐隊が来る。あんまり目立ちたくない」


 セラが気にしていたのは私達が出てきた街の方角。

 確かにギルドの緊急指令により魔物討伐依頼が出ていたはず。ならばその討伐部隊はそろそろ準備をしてこちらに向かってきていても良い頃合いだ。


「でも私達が魔物の群れを一掃したって伝えれば報奨金とか出るかもしれませんよ?」


 セラは嫌そうだが、この場で誰かに証言してもらわないと私達が魔物を全て倒したと言っても信じられないだろう。

 明確なメリットを提示しつつセラの説得を試みようとすると、逆にセラは諭すように言ってきた。


「エイル、そもそもこの魔物の大群の原因は?」

「えーと……農園の魔導結晶ですね」

「それを作ったのは?」

「私ですね」

「それがバレたら報奨金どころか賠償請求されるかも。そうするとエイルの取るべき行動は?」

「そうですね。今すぐ逃げましょう」


 私の思考は手の平を返すように逆転した。

 確かに私が原因ではあるけれど賠償金は避けたいところだ。

 二人の意見が一致したところで私達はさっさとその場を立ち去った。







「やっと帰ってこれました……」

「おつー……」


 私達は疲労困憊でいつもの宿に帰宅した。

 すぐにでもベッドにダイブしたいところだが、それはやり残しがないか確認をしてからだ。


「農園の魔導結晶も機能しないようにしてきましたし、これで一件落着ですかね」

「また魔物除け作り直さないとだけど」

「農園のお爺さんも光の魔導結晶を買いなおすって言ってましたし後日伺いますよ。……もちろん今度は無償で引き受けますけど」


 そんなこんなで魔物除け反転事件はこれにて終了……したかに思えた。 


「あとは明日魔道具専門店に約束の魔法陣を納品するだけー……あれ?」


 鞄の中を開けて納品用の魔法陣を確認したところで異変を感じた。

 完成時よりも紙束の厚みが1割以上足りないような……。


「そういえば今日使った麻痺の魔法陣、納品用って言ってなかった?」

「あっ!? でも明日納品ってことは……」


 今日の戦闘でセラに渡したエレキネット計10枚、緊急だったとはいえあのときに使ってしまった。

 しかし初めての取引で納期を延ばすなんてことはできればしたくない。

 残された選択肢は明日までに不足分を作り直すこと……。


「んー、魔法陣製作で私に手伝えることないだろうし、がんば」

「そんなぁ……」


 ここに来て最後のツケが回ってきてしまった。

 その後私は疲れた体に鞭打って徹夜で10枚の魔法陣を描き上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年9月20日 21:00
2024年9月21日 21:00
2024年9月22日 21:00

人工知能、転生 ~魔法陣技師のHellow World~ 独身ラルゴ @ralugo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画