第23話 死の隣人①

 いつからだろう。彼女が元気を失くしたのは。


 クレハ・メイデス。彼女は特別な固有魔法を持っており、村の守護者として大切に育てられてきた。

 天真爛漫な彼女の笑顔は村を元気づけてきた。

 そして今、村の元気は失われつつある。

 

 最初はほんの小さな変化。顔色が優れないように見えたので指摘すると、彼女は気のせいだと言った。

 1週間後彼女は倒れた。村医者によれば原因不明の病だと言う。

 様々な薬を試しても治る気配は一切ない。

 徐々に衰弱していく彼女は今やベッドの上での生活を余儀なくされている。


 それでも彼女は貼り付けた笑顔を振り撒く。

 無理しなくてもいい、そう伝えても彼女はやめない。

 「そうしないと村がダメになる」その一点張りで。


 俺は毎日見舞いに行った。

 毎日彼女の空元気を見に行った。

 日々弱々しくなる彼女の変化が目に焼き付けられた。


 もう限界だった。見ていられなかった。

 このままじゃ彼女はいつか死ぬ。

 全ての元凶は原因不明の病、それを治せれば元通りになる。

 けれど彼女にはもう村を出る体力すらない。

 人でもいい、モノでもいい、彼女を治せる何かを俺が探さないと。


 そう思い立って街に出て、あるものを見つけた。


「治癒魔法陣! これなら!」


 治癒魔法は高等魔法のため使用できる者も数少ない。

 それゆえ治癒魔導師は多忙で訪問治療にも予約が必要、村へ連れていくには時間と金がかかりすぎる。

 しかし治癒魔法陣、決して安い価格ではないけれどこれなら手に入れられる。

 これならきっと彼女を治せる。そう信じて村に帰った。


 けれど彼女は治らなかった。

 治癒魔法ですら治らないならどうすればいい。

 分からない……。分からないから俺は縋るしかなかった。


「頼む店主、何かないのか! あいつを治す何かは!」

「……頭を上げてくれお客さん。うちの魔道具店だ。うちの商品でできないことを頼まれたって、俺にできることは何もないんだ」

「そんな……」


 頼みの綱はもうない。彼女に残された時間ももう少ない。

 死別という絶望の未来が見え始めたそのとき、背後から声が聞こえた。


「あの、何かお困りですか?」


 控えめな声は俺に問いかけていた。

 見るとそこには二人組の女性、一人は興味なさそうに呆けており、もう一人は心配そうにこちらの様子を窺っていた。


「……困ってるって言ったら、あんたは助けてくれるのか?」

「それはもちろん。お客様のご依頼であればできる限りのことを尽くします」


 わざわざ「お客様のご依頼」と強調したのは、報酬が必要なのだろう。

 しかし見ず知らずの男に手を差しのべるなんて、この女は何者だ?


「じゃあ原因不明の病気も治せるって言うんだな?」

「あっそれは無理です」

「っ! 何なんだあんたは! 冷やかしか!?」


 思わず激昂し強く当たってしまう。

 仮にも心配して声をかけてくれただろうに、自分の心の狭さが情けない。

 しかし女性は怒鳴り声に臆すことなく、むしろ諭してきた。


「落ち着いてください。原因不明じゃ治せるわけありませんよ。まずは診断、症状を特定し適した薬を処方する。それが治療というものでしょう?」


 不審な女だがその言葉は安易に治せると言われるよりも信用に値する。

 しかも即時返答、口ぶりからして精通した知識があるように聞こえる。


「あんたは一体……」


 謎の女性、その正体をどう問いただしたものかと迷っていると、彼女は自ら名乗った。


「申し遅れましたね。私はエイル・ミズリア――――魔法陣技師です」


 





 男の名はロイク・ビリー。近隣の村から来たとのこと。

 その目的は幼馴染の少女の病の治療。

 そのための手段を街まで探しに来たらしい。

 しかしやっとの思いで見つけた治癒魔法陣も効果がなく、途方に暮れていたところで私と出会ったようだ。


 正直私は医療の専門知識に長けているわけではない。

 しかし症状次第ではその女の子を治す魔法陣を作れるかもしれない。

 そんなわけでロイクに村まで案内してもらうことになった。


「見えてきたな。あれが俺たちの村――――スリウス村だ」


 言われて見てみると、そこには広範囲を覆う大きな外壁が立っていた。

 それだけなら大して驚きもしなかったが、門の辺りを見て私の認識は変わった。


「あの……なんか村の入り口で魔物が待ち伏せてません?」

「ホントだ。あれはシェルゴブリン? 結構厄介な中級魔物」


 セラがシェルゴブリンと呼んだそれは硬そうな外骨格に覆われたゴブリンだった。

 村に入る前に厳しい戦闘を迎えることになるかと身構える。

 しかし私達の予想を否定するように男は口を開いた。

 

「ああ。あいつらは気にしなくていい。村の門番だから俺と一緒にいれば襲ってくることもない」

「へ? 魔物が門番?」


 言われた通り身構えないようにして魔物に近づく。

 鼓動を高鳴らせながら横を通り過ぎるも、魔物は微動だにせず私達を見逃した。


「使役してるんだ。村の守護者様の固有魔法で」

「魔物の使役ですか。すごい魔法ですね」


 使役、要は魔物を従える固有魔法らしい。

 すると男は私の反応に深く頷き、感傷に浸るように言葉を漏らす。


「ああ……凄いんだよあいつは」

「……もしかしてその守護者という方が?」

「そう。あんた達に治療して欲しい女の子、クレハだよ」


 そして村に到着した私達は当初の予定通りロイクの言う守護者、クレハの症状を見るために案内を受けた。

 連れられたのは村の奥に佇む一際大きい建物。

 ロイクが家の戸をノックすると少女と呼ぶには大人びた女性が出てきた。


「あらロイク。いつもお見舞いありがとう」

「こんにちはクレハの母さん。早速だけどこの人達をクレハに会わせてもいいか? 容態を見てもらいたいんだ」

「容態って……そちらの方々は治癒師なの?」


 警戒した様子を見せる母親。治癒師という存在に良いイメージがないようだった。

 確かに治癒師と言えば高等技術を持つ代わりに要求する金銭は高額になる。

 出張訪問となればいくらになるのかと不安に思ったのだろうか。

 しかし治癒師ではないとは言え、私も商売で来ている以上似たような存在なのかもしれない。

 そう思いながらも自己紹介をする。


「初めまして。魔法陣技師のエイル・ミズリアです。こっちは付き添いのセラ」

「ども」

「魔法陣……技師?」

「魔法陣を描けて新しい魔法を作れるらしい。今回は治療用の魔法陣を描いてもらうんだ」


 本日二回目となる初対面のこの反応。馴染みがあるはずのない言葉で自己紹介しているのだから仕方ないけれど。

 しかし今回は既に説明を受けているロイクが代弁してくれた。


「症状を見てみないことには魔法を作れませんので。信用できないかもしれませんが娘さんに会わせてもらえませんか?」

「信用できないなんてとんでもない! どうか……どうか娘をよろしくお願いします……!」


 その女性の必死に頭を下げる姿を見て心苦しく感じた。

 娘の大事を祈る母親。諦めかけていた中での一縷の希望。

 そんな期待が寄せられているようでプレッシャーを感じる。

 私達は家に上がらせてもらい、部屋の一室に通された。

 その部屋の中で待っていたのは……。


「ロイク遅いわ! 毎日見舞いに来い言うたやろ!」

「し、仕方ないだろ。俺にもやることがあったんだし」

「やることって何や! 女遊びか? そこの女もお持ち帰りしたんか!?」

「違うわ! それよりクレハ。お前また顔色悪くなってるような……ちゃんと飯食ってるか? 夜更かししてないか? 腹出して寝てないか?」

「うっさいわ。母親みたいなこと言いよって」


 部屋に入るや否や繰り広げられる痴話喧嘩。

 ロイクは声を荒げているものの、心なしかどこか嬉しそうにも見えた。

 それよりもあの少女、なんだか聞いていた話と違い過ぎて脱力する。

 

「えっと……随分元気な娘さんですね?」

「そうなのよ……いつもは静かなんだけどロイクが来るとはしゃいじゃって」

「ちょっとお母さん! 変なこと言わんでよ!」


 顔を赤くしながら叫ぶ少女を見て、私とセラは思わず目を合わせる。


「あらあらそれはそれは」

「ごちそーさまです?」

「ですね」

「あんたらも大概やなぁ! てか誰や?」


 いい加減話を進めたいと思っていたところで少女からタイミング良く質問をいただく。

 私は本日3回目となる自己紹介を済ませた。


「ふうん魔法陣技師なぁ。てっきり治癒師かと思たわ」

「まったく、折角来てくれたのに失礼なことばっか言いやがって」

「それについてはごめんなぁ。ロイクの遊び相手とか言って、この男にそんな魅力ないわな」

「お前な……」


 罵倒を交えつつ謝る少女に男がげんなりしていると、今度はその口から予想外の言葉が出てきた。


「そか。事情は分かったわ」

「ということでお話を……」

「じゃとっとと帰ってくれ?」

「……はい?」

「帰れってお前、何言って……?」


 突然の言葉にクレハ以外は動揺を隠せなかった。

 次いで少女が胸の内を話す。


「だってうち治療して欲しいところないもん。魔法作るんも無料タダやないんやろ? なら無駄金や」

「無駄なわけあるか! 碌に歩けないくらい弱ってるくせに!」

「うっさいわロイク。うちが大丈夫って言ってんねんし大丈夫や」


 そうした若い男女の押し問答の裏で、席を外していた少女の母親が戻ってきた。


「ミズリアさん、こちら粗茶ですが」

「あっお気遣いありがとうござ……」


 母親の用意した湯呑を受け取ろうとした瞬間、ロイクと話していたクレハが目の色を変えて湯呑を奪い取ってきた。

 無理に手を出したため湯気立つお湯が少女の腕にかかったが、彼女は意に返さず母親に声を張り上げた。


「茶なんか出さんでええっていつも言ってるやろ!」

「でもお客様には……」

「うちの客なんやからうちがええ言うたらええんや! あんたも水が欲しけりゃ持参しぃ……ゲホッゲホッ!」

「おいクレハ。やっぱり体調良くないんだから無理せず……」


 涙目で息を荒くしながらもその目にはまだ反発心が宿っている。

 そしてクレハは言葉で反対するのを諦め、最後の手段に打って出る。


「もうええわ……1号2号、入って来ぃや」


 彼女の命令と同時に窓から何かが入ってきた。

 人より大きく貫禄のある2体。

 それは村の入り口でも見たシェルゴブリンだった。

 

「お前こんなところで魔法を……」

「丁重に追い出しぃ」


 2体の魔物はクレハ以外の全員を優しく、けれど力強く部屋の外へと押し出してくる。

 人間の地力では魔物の怪力に勝てるはずもない。

 精々できるのは声をあげることくらい。


「っ、クレハ! また来るからな!」

「……いらんわアホ」


 その言葉を最後に彼女の声は聞こえなくなり、扉は堅く閉ざされた。

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