第24話 死の隣人②

「折角村まで来てくれたのにすまない」


 幼馴染みの代わりに謝罪するロイク。

 彼もワガママな連れの世話を焼くタイプの苦労人のようだ。


「いいんですよ。それよりクレハさんはいつもあんな感じなのですか?」

「……昔は誰にでも優しかったんだ。でも最近なんでか、仲良かった奴にも荒っぽくなるんだよ」

「思春期?」

「なのかね? きっかけは覚えてるんだ。少し前にあいつの固有魔法を知った偉そうなやつが勧誘に来てな。そのとき派手にブチ切れてから誰に対しても素っ気なくて、体調崩してからも見舞いすら追い返して」

「そんなことが……」


 ロイクの思い出話からクレハの人柄を知る。

 それで彼女の全てが知れるとは思わないけれど、会って間もない私からしたら彼女の人物像を想像するための貴重なピースだ。

 もう少しだけ聞いてみたいと思っていたが、不意の大きな音に遮られた。

 カンカンカンカーンと村中に響く大きな鐘の音。


「えっえ? 何ですこの音?」

「うるさ……」

「警鐘だな。これは村に外敵が迫ってるときの合図、魔物でも攻めてきてるんだろ」


 動揺する私達の横で淡々と話すロイク。

 まるでこの音も聞き慣れたかのような反応だった。


「それピンチじゃないですか? なんでそんなに冷静なんですか!」

「うーん……じゃあ見に行ってみるか?」


 歯切れの悪いロイクの提案に私達は頷いた。


 村の鐘の位置は全部で4つ。見張りの高台に設置されている。

 危険が迫ったときに鐘を鳴らし村中に伝える、なんともアナログな防犯システムだ。


 私達は鐘の音が響いた方向へ向かい、村の外を見てみると確かに魔物が見えていた。

 ゴブリンとシェルゴブリン、それが付近の森から溢れはみ出るほどに群れている。

 それらがこの村を狙っている様子はないが、人間の存在に気づけば襲ってくるのが魔物の在り方。警戒するに越したことはないだろう。


「森に隠れて数えにくいですが相当な量ですね……気づかれる前に倒しに行きますか?」

「どうする? 森ごと焼き払う?」


 会敵したからには倒さねばと判断した私達は攻撃方法を相談し合う。

 しかしその会話をロイクは止めに入った。


「待て待て、別にあんたらに何とかして欲しくて連れて来たわけじゃない。客人なんだから見てるだけでいいよ」

「へ? じゃあ村の人たちが戦うんですか?」

「それも違う。戦うのはあいつらだ」


 ロイクの指差す方を見ると、そこには洞穴があった。

 洞穴が魔物と戦う? とすぐには理解できなかったが、それを注視していると暗闇の中で蠢く存在がいた。

 洞穴の外に出てきたそれらもまた、魔物だった。 

 大きな盾や槍を持った重装備のシェルゴブリン、それが次々と出てくる。


「魔物が村の戦力? てことはもしかしてクレハさんの……」

「そう、使役魔物だ。危機的状況に備えて普段からあの洞穴に待機させている。50体の重装兵、見張り台の鐘が鳴ったときに出撃するよう指示を出しているんだ」


 説明の間に全て出揃った重装兵は隊列を組んで森に潜む軍勢へと向かっていく。

 そこからはまさしく蹂躙の一言に尽きた。

 まさか同じ魔物に襲われると思っていなかったのか、不意を突かれた外敵の群れは反撃の間もなくなぎ倒されていく。


 それだけじゃない、重装兵の隊は美しさを覚えるほどの連携を見せた。

 大盾を持ったタンク、盾の隙間から伸びる長槍、討ち漏らしを狩る斥候。

 人間でもこれほど息の合った連携は難しいはず、それもクレハの使役魔法が可能にさせているように思う。


「凄まじいですね……あの部隊の強さも、あれだけの数を使役するクレハさんも」

「100人規模の人間の騎士団よりずっと強いよ。あれ」

「勧誘されるわけですね……一人で軍隊を組めるほどの能力があるわけですから」


 それから蹂躙される魔物たちを眺め、殲滅を終えた重装兵が洞穴に帰って行ったのはおよそ20分後のことだった。







「おっロイク。久々じゃないか」

「ん? なんだ、アルトとカーマインか」


 村の中に戻ったところで不意に声をかけられた。

 声の主は知らない人間、ロイクの友人らしい。

 二人組の男性、ロイクの首筋に腕を絡ませている。

 久々、というのはロイクがここ数日クレハの治療手段を探して村の外を奔走していたからなのだろう。


「その子達はガールフレンドか? クレハちゃんが怒るぞ」

「クレハちゃん泣かせたら俺たちも怒るぞー」

「うるさいな……そんなんじゃないしもう怒られてきたところだよ」


 茶化す村人と迷惑そう話すロイク。

 この場にいないクレハも含めて彼らの関係は良好のようだ。

 話を聞いている限りそれは彼らだけでなく、村全体の距離が近いことも想像に容易い。


「慕われてるんですね。ロイクさんもクレハさんも」

「まあ、俺はともかくクレハは村の守護者だしな」


 するとロイクに便乗するように村人達も返答をくれた。


「そうそう。あの子のおかげで農被害はなくなったし、村の外に行くときなんか護衛をつけてくれるんだ」

「クレハちゃんは魔法で村を守ってくれる、だから俺たち大人もあの子を守ってやらんとなぁ。例えあの子が俺たちのことを嫌ってるとしても……っと、邪魔して悪かったな。俺達は仕事に戻るよ」

「貴重なお話ありがとうございます」

 

 村人の反応からしてもクレハは守護者の名に相応しい存在のようだ。

 それは強力な固有魔法を持っているというだけでなく、彼女の人柄の良さも感じさせられる。

 散々クレハを褒め称えた男達がその場を離れていくのを見送った。


「優しい人達ですね」

「みんな優しいよ。だからクレハも優しさで返すべきなんだが……申し訳ない」

「いいって言ってるじゃないですか。それにクレハさんも村が嫌いでそうしてるわけじゃないはずですよ。じゃなきゃ自分が病気なのに村を守る魔法の維持なんてできません」

「……そうだよな。ありがとうエイルさん」


 仲睦まじく、隣人との距離が近い。まるで村全体が家族のような温かさで溢れている。

 しかしこの村には来たばかりの私でも分かる欠点があった。


「それはそうとちょっと失礼かもしれませんが……ここ、臭いませんか?」

「それ私も気になってた。臭い」

「やっぱりか? 2ヶ月くらい前からどうも臭うんだよな。臭いの大元も分かってないし」


 異臭。微細ではあるが生ゴミのような不快な香り。

 軽く村を散策しているが特別臭いの強い場所もなく、ロイクは原因不明だと語る。

 原因不明となればこの村のもう一つの問題にも繋がりがあるのではないかと疑ってしまう。


「クレハさんのご病気っていつ頃からでしたっけ?」

「……1ヶ月前、だな」

「なるほど……病気と臭い、無関係じゃないのかもしれませんね」


 時期的にも被る二つの原因不明の問題。

 片方を究明すればもう片方も解決の糸口が見つかるかもしれない。

 私は辺りを見回し関係しそうなものを探した。


「臭いの原因だと水場が怪しく思えますけど……あっ、あの井戸って今も使ってるんですか?」

「村全体の共有井戸だな。沸かして飲料水にも使っているよ」


 古風な井戸だが寂れているということもなく綺麗な井戸。

 村のライフラインとして整備されているのだろう。

 接近し井戸内を覗いてみる。


「うーん。大して臭いませんね。他に原因になりそうなものも……」

「何もなさそ」


 探そうにも長く暮らす住人すら悪臭の根源を見つけられていないのだからどうしようもない。

 分からないことに思考を割くよりも、今考えるべきは元々依頼されていた少女の病気を治す方法だ。

 といっても病気に関する情報も碌にないし、会おうにも本人が拒絶しているので完全に手詰まり。


「仕方ない……今日は一旦帰りますね。また明日伺います」

「そうだな。クレハもヘソ曲げちゃったし。手間かけさせて申し訳ない」

「構いませんよ。成功報酬に色をつけて貰えれば」

「ちゃっかりしてるなぁ。けど本当に成功させてくれるならいくらでも払うさ」


 気の良い返事、ロイクが協力的なことだけが唯一の救いだ。

 それだけクレハを大切に思っているということか。

 私達は翌日の約束だけしてその日は宿に帰った。







「咳き込み。歩けないほどの体力低下。けど強がれる程度には元気」


 その晩、就寝前に一人でクレハの症状について整理していた。

 医者というわけではないが、前世にインターネットで得た医療知識と照合すれば病名に当たりがつくかもしれない。

 まともに診断できず大した情報もなかったので、少しでもヒントがないかと症状以外に今日得られた情報も整理してみることにした。


「魔物使役の魔法。あるときを境に誰にでも素っ気なく。病気は1ヶ月前から。母親と幼馴染みの男。痴話喧嘩」


 見たものを、聞いたことを、頭の中で列挙する。

 一見無関係そうな情報も見て、関係性を予測する。


「仲の良い村人。2ヶ月前から続く異臭、井戸水……水を飲みたければ持参しろ、ですか。いやそんな……まさかですよね」


 一瞬思いついた仮説を否定し、けれど頭の片隅には留めておいてその日は考えるのを止めた。

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