第25話 死の隣人③

 今日もセラと二人、スリウス村へと足を運んだ。


「さあリベンジです。もう一度クレハさんと話してみましょう」


 ロイクと合流し、目的の少女に会うことを提案した。

 しかしロイクから良い反応は帰ってこなかった。


「それなんだが……すまん。クレハは今日誰とも話したくないって。誰も部屋に入れないよう使役魔物に警備までさせてるんだ」

「あらま」

「自力で警備まで用意するとは随分レベルの高い引きこもりですね……」


 警備の使役魔物というと、昨日見たシェルゴブリンのことだろう。

 セラが言うには中級魔物、戦うには骨が折れる相手とのことなので強引に押し入るのは危険だろう。

 しかし私は大して困っていなかった。


「でも大丈夫です。こんなこともあろうかと部屋を追い出される前に仕込んでおいたので」

「仕込みって? 魔法陣でも仕掛けたの?」

「流石セラ。正解です」

「? 何の話だ?」


 会話についてこれていないロイクが戸惑いを見せる。

 そんな彼にも分かるように、私は今回準備した魔法の説明を始めた。


「通話魔法陣『エアトーク』。この魔法陣は2枚1対で音の情報を送受信し、受け取った音情報を再現させるんです」

「……?」

「エイル相変わらず分かり辛い。もっと端的に」


 私としては分かりやすく端的な説明だったつもりだがセラに怒られてしまった。

 やはり理論の話を混ぜると言葉が難しすぎるのだろうか。

 誰にでも分かる簡単な説明、難しいものだ。


「えーと……つまり遠方の相手と会話できます。あまり遠すぎたり分厚い壁に閉じ込められてると上手く動作しませんが」

「ほー。それすごいな。都会にはそんな魔法あるのか」

「ないよ」

「ないらしいですね。だからこれは私が作った魔法です」


 呆気にとられたような表情のロイク。

 私とセラからすれば大した話ではないのだが、彼にしたら魔法を作れるという事実が余程衝撃的だったらしい。


「魔法の開発って改めて考えると……本当に凄い人なんだな。あんた」

「恐縮ですー。それじゃ早速魔法起動しますね」


 褒め言葉をまともに受け取るのはなんだか照れ臭かったので、私はさっさと魔法を起動させることにした。

 魔法陣への魔力の注入、紙片に描かれたインクが発光する。


 光の粒が沸き上がり、その光はとある方向へ一直線に飛来した。

 この魔法陣2枚1対、こちらが送信機で現在クレハの部屋に受信機となる魔法陣を仕掛けた。

 飛来した光の粒は今頃少女の部屋の魔法陣に届いている頃だろう。


「そろそろ魔法が完成します。あまり一斉に喋ると音が上手くあちらに伝わらなくなるので、二人とも少しの間静かにしてもらって良いですか?」

「おけ」

「了解した」


 待っている間に二人に注意を促す。

 そして眼前の魔法陣から半透明の球体が浮かび上がった。その球体の形が安定すること、それは魔法の完成を意味する。


「あーテステス。ごほん……クレハさん。昨日お部屋に伺ったエイルです。聞こえていますか?」

『っ!? なんや? どこにおる!?』

「魔法で声だけそちらに送ってます」

『けったいな魔法やな……そこまでして話したいとかあんたもロイクに似てしつこいわ』


 突然の声に驚き、仕組みを聞いて呆れる少女の声が聞こえる。

 その声色となまりの強い口調は間違いなく昨日出会ったクレハのものだった。


「それで、少しお話よろしいですか?」

『……話さんとこの魔法止めんのやろ? ずっとうるさいままなんも鬱陶しいし、さっさと用件済ませて黙ってくれや』


 心底嫌そうに言うクレハ。

 あまり長話をしても機嫌を損ねて会話にならなくなるかもしれない。

 なら私が話すべきなのは端的で、彼女が興味を示すような話が良い。


「では聞きますが……クレハさん。ひょっとしてご自分の病気に心当たりがあるのでは? それもあなたの魔法が関係してますね?」

『…………』

「クレハさん?」


 私の言葉で黙り込んでしまったクレハ。

 もしかすると魔法の不調で声が届かなくなったのか? と不安にもなったが、その心配は杞憂に終わった。


『……そこにロイクおるん?』

「ん、ああ。いるぞ」

『おるなやアホ』

「はあ?」


 幼馴染の存在を確認し悪態をつく。

 その悪態の意味は少女の次の言葉で理解することになる。


『せやなぁ……エイルさん。あんただけ部屋に来てくれんか? 二人きりで話したいんよ』

「だそうですが、良いですか? ロイクさん」

「……俺が決めることじゃないさ。クレハがそうしたいなら、そうしてやってくれ」


 ロイクは聞き分けよく、少しだけ寂しそうに言った。

 自分には聞かせたくない内緒話でもするのだろうと思うと、その心中は察せられる。

 けれど彼女の病気を治すという目的がある以上、今優先すべきはクレハから話を聞くことだ。


「では、今からそちらに向かいます」


 言われた通り二人を置いて私は目的地に向かった。


 クレハの家の前につくと彼女の部屋の窓前に1体、母親に部屋の前まで通してもらうともう1体の魔物の姿があった。

 使役魔物の護衛というのは本当の話だったらしい。

 けれど私が部屋の前に立つとその魔物はドアを開き、私を招き入れた。

 導かれるままに入り、そこで座って待っていた少女に対面する。


「さっきの会話の魔法は?」

「すみません。ベッドの下に仕込ませてもらいました」

「それ止めてや。誰にも聞かれたくないんよ」

「分かりました」


 言われた通りベッドの下に手を差し込み、1枚の紙を取り出す。

 淡く発光する球体が浮かび上がっている魔法陣。それを半分に引き裂くと球体は跡形もなく霧散した。

 それを見て納得したように少女は頷き、口を開いた。


「……んで、何から聞きたい?」

「では早速ですが、クレハさんはご自分の病気の原因分かってますよね?」

「せやな」

「ならひょっとして、治す方法も知っているのでは?」

「……せや。でもそれだけはできん」


 苦虫を潰したような表情をするクレハ。その理由もなんとなく想像がつく。

 私はロイクと合流する前に調査をしていた。

 その調査から、彼女が自分の病気の原因を知っているのではないかという仮説を立てるまでに至った。

 私がここに来たのはその答え合わせのため。


「理由、聞いてもいいですか?」

「……ええよ。いい加減誰かに話そ思てたんや。村の外の人間に、な」


 意味深に言葉を強調する。

 誰にも聞かれたくないのか小声で、それでも私にだけは伝わるようにはっきりとした口調でクレハは語り始める。


「全部話すわ。うちの体のことも、魔法のことも全部」

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