第26話 死の隣人④

 クレハとの対話が終了し、部屋を出るとセラとロイクはクレハの母と共にいた。


「セラ、ロイクさん。来てたんですね」

「おつ」

「エイルさん! それでどうなんだ、クレハは……?」


 続く質問の言葉が出ずに言い淀むロイク。

 クレハの容態を知りたいのか、クレハの心意を知りたいのか。

 彼が何を一番知りたいのかは分からないが、今後の話もしたかったのでちょうどいい。


「分かりましたよ。クレハさんのご病気の原因」

「本当か! それで原因ってのは」

「……すみません。それは本人の意思を尊重したいので言えません」

「そう、か……」


 見るからに落胆する彼を見て申し訳なくなるが、クレハとの約束を破りたくはない。

 彼女との会話を通して現状は全て把握できた。

 彼女が自身の病気について知っていて、それでも治す気がない理由も十二分に分かった。

 となれば私にできるのは、当事者達に選択肢を与えることだけだ。


「彼女の症状を改善する方法は見つけました。ただし、絶対必須の条件がありますが」

「っ……その条件ってのは?」


 症状改善という甘美な響きにロイクは一瞬喜びの表情を見せた。

 しかし条件をクリアしないと治らないことも理解してくれたようで、冷静に聞き返した。

 そんな彼に私は冷淡に条件を告げる。


「この村を出ることです。この村にいる以上、彼女は絶対に治りません」


 意地の悪いことを言うが、それこそ真実。

 クレハの病気はこの村にいるという現状を解消しなくては治らない。

 

「ここじゃ治療環境が整わないってことか……でも治ったら帰ってこれるんだよな?」

「……完治がいつになるのか分かりません。少なくとも5年、あるいは一生……正直なところ彼女の健康を願うのならこの村に戻ることはおすすめできません」

「そんな……」


 俯くロイク。その横で母親も悲しげな表情を浮かべる。

 共に生きてきた村の仲間にもっと生きてほしい。けれど病気を治せてもこの村で共に生きることは叶わないかもしれない。

 非情に思われるかもしれないが、私に嫌がらせの意図はなく、ただ事実を述べるのみ。

 けれど私だって、できることなら彼らに寄り添いたい。


「ですので、彼女と話し合って決めてください。村を離れて新たに健康な人生を歩むのか、短い一生になるとしてもこの村に居続けたいのか」


 私が与えた二つの選択肢。

 ロイクはその選択に迷うそぶりを見せるが、答えはすでに決まっているようだった。

 ただその選択肢を口にする勇気がないだけ。

 本当なら選びたくないけれど、最悪の未来を避けるために彼はそれを選ぶしかない。


「……そうだな。あいつと別れるのは寂しいけど、あいつの幸せの方が大事だ。だからあいつにはこの村を出るよう説得を……」


 ロイクは選択した。

 クレハが生きられる未来を、クレハと離別する未来を。

 けれどその選択を打ち消すように、言葉を遮る声が後ろから飛んできた。


「なら決まりやな。うちは村に残る」


 私の背後、つまりクレハの部屋。

 そこにはドアを開け、壁に寄りかかるクレハがいた。


「クレハさん……立ち上がっても大丈夫なんですか?」

「めっ……ちゃキツい。けどな、うち抜きの話し合いでうちの幸せ勝手に決められる方がもっとキツいわ」


 極短距離の移動ですら息を切らすほどに体力が低下している。

 それでも彼女は、無理をしてでも伝えたいことがあるらしい。

 

「お前は本当にそれで……」

「なんも言わんでええ。ロイク、うちの人生はうちのもんや。あんたに決める権利はない」

「クレハ……」

「……ごめんなお母さん、親不孝な娘で。でももう決めたんよ」


 言葉で突き放すクレハ。

 冷たい物言いに聞こえるかもしれないが、彼女との対話で彼女を知った今だから分かる。

 彼女は優しすぎる。

 だから彼女は自分の命の責任を他人に渡さない。

 だから彼女は一人で生きる選択肢を選べない。


「うちの幸せはこの村以外にないんよ。ってことで魔法陣技師様、改めて言うわ。帰ってくれるか?」

「……分かりました。私から言えることはもう何もありませんので……あなた達が最後まで幸福であることを、陰ながら願っています」


 弱々しくも決意に満ちた表情。そこに誰が水を差せようか。

 彼女の幸せが現状維持だと言うのなら、私の存在は邪魔でしかない。


「そうだエイルさん、帰る前に依頼報酬だけ渡すよ。こっちの勝手な都合で振り回して何もなしじゃ申し訳ない」

「ダメですよ。治療の依頼は達成できてないので報酬なんて受け取れません」

「しかしだな……」

「ただ、最後に一つだけ提案してもよろしいでしょうか」


 申し訳なさそうにするロイクらに私は一つの案を提示することにした。

 今回の依頼はクレハの命を救うこと。私は彼女を助けられなかったから依頼の報酬は受け取れない。

 だが私にできることはまだある。


「思い出、残したくありません?」


 ここからは魔法陣技師としての営業だ。







「それで、『思い出作り』の魔法陣はできたの?」

「はい。と言っても魔法自体は随分前に完成させたものなんですよ。披露する機会がなかっただけで」


 宿への帰宅後、私は早速魔法陣作成に取りかかった。

 元々必要だと思っていた魔法で、構想自体は既に出来上がっていたため作成に時間はかからなかった。

 彼らに提案した思い出作りの魔法、それは……。


「撮影魔法陣『フラッシュピクチャ』。カラー写真を作る魔法です」

「からーしゃしん? なにそれ?」

「試しに一枚撮ってあげますよ。笑って笑ってーはいチーズ」

「え? なんで笑うの? 何がチーズ?」


 撮影の掛け声の意味が分からなかったらしく、セラが混乱しているうちに撮影魔法の処理が完了。

 1枚の紙に映し出された間抜けな自分を見て、少女は興味津々な顔をした。


「これ私の絵……魔法で描いたの?」

「仕組みが気になりますか? 魔法の中身を説明しますとまず簡易鏡面を作成、鏡面に映し出した色覚情報を解像度1フレーム1ナノ指定で記憶、記憶情報を反転、それを白紙の紙面に出力して完成です」

「……エイルってたまに性格悪いよね。また理解させる気ない説明して」


 不貞腐れた表情で言うセラ。

 そんな様子も可愛らしく見えてもっと意地悪したくなったがグっとこらえる。


「えへへごめんなさい。要は目の前の風景を絵として紙に映し出す魔法ですよ」

「へー。……え、普通に凄くない? 世の芸術家たちが泣き崩れそうだけど」

「あー、写真がなければ風景画を描いて生計立てる人もいますよね……。でも技術は日々進歩するものなので、そういう人たちには時代の流れに淘汰されてもらう他ありません」


 セラの反応で、改めて自分の行いが人々の生活を狂わせることを理解する。

 変化を喜ぶ人もいればそれを望まない人もいる。

 技術革新を望む以上は避けて通れない道だ。せめて配慮だけは忘れないようにしようと心に誓う。


「でもそっか。思い出を残すってそういう意味だったんだ」

「はい。生前の姿を写真に収めておけばずっと彼女の姿を残し続けることができます」

「村の人たちもずっと大切にしてくれるだろうね、その写真」


 その言葉に私は同意したかった。

 けれど、恐らくそうはならないことも知っているから頷けない。


「……それは難しいかもしれませんね」

「え、なんで?」


 虚を突かれたように聞き返すセラ。

 彼女はクレハと私の会話を聞いていないから知らないのも無理はない。


「……3週間後、その答え合わせに村の様子を見に行きましょう」

「また行くの? 追い出されたのに」

「放置はできませんよ。彼女が亡くなるってことは彼女の魔法も解けるってことですから」

「魔法? あそっか、使役の固有魔法で従えてた魔物が自由になるから村も危なくなるか」

「……違いますよ。彼女の魔法はテイムじゃありませんし、村の心配も必要ありません。だってあの村……」


 あまり気分の良い話でもないし、伏せたい気持ちもあった。

 けれど私は契約でセラに隠し事ができない。

 質問に答えるべく、私はセラにだけあの村の真実を伝えた。

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