第40話 エイル・ミズリア④
ヘルエス・カルステッドは本気で私を消そうとしている。
けれど他は? ヘルエスは一組織の長だ。こんな身勝手な人間にクランメンバー全員が賛同するだろうか?
私を逃がさぬよう囲んでいるのも命令されて仕方なくやっているのかもしれない。
試す価値はある。
痛む足を我慢して、必死に訴えを起こす。
「『叡智の求者』の皆さん。リーダーはこういってますけど、これがあなた達の総意ですか? 違うでしょう! Sランクを目指すにしたって小細工で得た相対的な強さに意味なんてない。冒険者なら絶対的強者を目指しましょうよ! こんな下らないリーダーについて行くことが、あなた達のしたいことなんですか!?」
声を張り、私を囲む全員に伝える。あなた達のリーダーは間違っていると。
別に反旗を起こせなくたっていい。
動揺を誘えれば、せめて少しでも隙ができれば逃げられるかもしれない。
「言ってくれるね。でも呼びかけたところで意味なんてない。彼らを見てみなよ」
対してそのリーダーは余裕げに笑みを浮かべる。
この絶対的自身はなんだ?
自分の仲間を信じている? いや、見る限りそういうタイプじゃない。
まるで部下のすべてを掌握しているような、自信を裏付けるなにかがある?
言われるままに彼の部下達を注視する。
「どうでもいいよ……殺せればなんでもいい。エイル・ミズリア、殺す」
「……はい?」
聞こえてきたのは一人の物騒な言葉。
ギラギラと獲物を射貫くように睨みつける眼光。
その眼から感じられるのは強大な憎悪。私を恨んでいる?
一人の声に連なるように他も声を上げ始める。
「殺される殺さないと殺すべきだ殺そう」
「叩いて砕いて斬って刻んで削って抉って剥いで千切って捥いでバラバラバラバラバラバラバラにして」
「焼いて焦がしてボロ炭にする。焼べて燃やして灰燼にする」
「泣いても喚いても足掻いても藻掻いても、いくら生にしがみつこうとも」
「死ぬまで殺す。生きているなら殺し続ける」
溢れんばかりの怨念、それを全員が私に向けている。
言葉だけでなく表情からも見て取れる。正気じゃない。常軌を逸している。
彼らに恨まれる理由なんて、私には皆目見当もつかない。
「どうしてそこまで……」
「理由が分からないか? 分からないだろうな。だって、そいつらは既に狂っている」
「狂ってる?」
「魔法で一つのことしか考えられない状態にして信じ込ませたんだ。エイル・ミズリアは憎むべき相手だ。殺さないと殺されるぞ、と」
ヘルエスの自身の裏付け、それは自分を裏切らせないのではなく共通の敵を作ることによる統率。それも洗脳に近い何かで。
彼は魔法で洗脳したような口ぶりだったが、私の知る一般魔法は自然現象を起こすものであり心理に作用するようなものはないはず。
「そんな一般魔法は聞いたこともありません。固有魔法、ですね」
「そう。僕の固有魔法は薬物調合。毒液も麻薬ガスも作り放題さ。こいつらには日々依存性の高い麻薬を吸わせて思考力を低下させている。いつでも操りやすいように、ね」
「……今初めて後悔しましたよ、人として生まれたことを。あなたと同じ種族であるという事実だけで吐き気が収まりません」
「遺言はそれでいいかい?」
部下を薬物依存にすることで組織をコントロールする。なんて反社会的なクランか。
流石に彼のやり方はこの世界でも非常識であって欲しい。
フツフツと煮えたぎる心。この感情は知っている。これは怒りだ。
私は今、この男に腹を立てている。
だが私の感情など今の状況に関係ない。
今私が敵地で囲まれ絶体絶命なことに変わりはない。
「そろそろ終わりにしよう。一応依頼を完遂してくれた感謝もあるからね、すぐ楽にしてあげるよ」
「……『ダーク・ドーム』起動」
今にも私に止めを刺そうとする男の動きを見て私も行動を起こす。
懐の中で起動した魔法陣
闇魔法陣『ダーク・ドーム』、持続時間は長くないが一定範囲を暗闇に閉ざすことができる。
逃げるチャンスがあるとすれば、今から数秒間だけ。
「暗い……見えない……」
「面倒だな……おい馬鹿ども、さっさと光魔法詠唱」
暗闇で私のことは見えていないだろうけど、逃げる前に光魔法で闇魔法を無効化されれば今度こそ終わりだ。
まずは退路を作らなくては。
少し怪我をさせてしまうかもしれないが、攻撃魔法で敵の囲いに穴を開ける。
すぐに次の魔法陣を起動させようと準備する。
しかし、私の行動は一瞬遅かった。
私の手元とヘルエスがいた方角から同時に微細な光が生まれる。
私は今魔法陣に魔力を灯した。それと同じ光が出ているということは、ヘルエスもまた魔法陣を起動したということ。
当然彼からも私の手元の光は見えているため、私は自ら的を用意してしまったことになる。
彼の持つ魔法陣、それはおそらく私が先程落とした400枚の魔法陣の内の1枚。
発動した魔法が私に襲いかかる。
「『エレキネット』!? しまっ……!」
『エレキネット』は広範囲の電撃により麻痺を誘う魔法。
足の傷も相まって録に回避行動も取れず直撃する。
感電。意識を失うほどではないが、体が痺れ指先すら思うように動かせない。
「『すーるはいいおねういーて』」
後方から聞こえる魔法詠唱、それは闇を打ち消す光魔法だった。
辺りが明るくなり視界が戻る。
そこには蹲る私と数人のクランメンバー達。
どうやら彼らもエレキネットの巻き添えを食らったようだ
「聞いていた通りの広範囲魔法だね。魔法陣、やはり良いものだ」
「仲間に誤射しといて感想がそれですか……ほんっと下衆ですね……!」
「なんだ喋れるのか。麻痺性能はちょっとイマイチだな。けど今は好都合か」
体の痺れで動けない私に近づくヘルエス。
しゃがみ込み、私の顔を見て提案する。
「最後にチャンスをあげよう。エイル・ミズリア、『叡智の求者』に入れ。うちの構成員として魔法陣を描き続けるんだ。そうすれば命までは奪わない。もちろん霊属誓約は結ばせるけどね」
いつかの勧誘とは違う命令口調。こんな状況じゃ下手に出る必要もないか。
退路を断ち、生き残るには言うことを聞くしかないと。
仲間を仲間とも思わない彼らしいやり方だ。
「あなたは……いつもこんな無茶な方法で勧誘してきたんですか?」
「無茶なつもりはない。勧誘に乗らない者は全て敵だからね。当然排除する必要がある」
「なんだ、あなたも十分狂ってますね……自分の魔法で脳が薬漬けになってるんじゃないですか?」
悪あがきのつもりで憎まれ口を叩くと、彼の表情から笑みが消えた。
自分の思い通りにならない人間を見ていても面白くないのだろう。
無表情のまま下される最後通告、ヘルエスは2択を迫る。
「それでどうする? 従うか、死ぬか」
生きてきた中で最も選びたくない2択。
感情のままに答えるのなら答えは前者だ。
死にたくない。生きたい。
でも今までのように魔法陣事業を手掛けられないのなら、セラと共に生きられないのなら……それは生きていないのと同じだ。
「雇われて酷使される運命なんて、死んでもお断りですよ」
「そうか。それじゃさよならだ、魔法陣技師様」
ヘルエスは既に魔力を灯した魔法陣を右手に持ち、私に見せつける。
見れば分かる。それが何の魔法か。
光を圧縮させて一直線に放つ熱線、魔法の名は『フォトンレイ』
魔法の中身を理解した瞬間、魔法が発動する。
高熱のレーザーは私の額から後頭部にかけて刺し穿った。
「あ……あ……」
頭が焼けるように熱い。
かと思えば吹く風が酷く寒い。
痛い、熱い、寒い、苦しい、嫌だ。
もう苦しいのは嫌だ。いっそ死んでしまいたい。
……でも死にたくない。
セラともっと生きていたい。
私は死ぬのか? これで終わり? こんなのが終わり?
まだ夢を叶えていない。何も成していない。
なのに、どんなに願っても死は私を逃がしてくれない。逃げたくても体が言うことを聞いてくれない。
頭の空洞から溢れる熱い液体の感覚が気持ち悪い。口から吐きたい気分なのに、代わりに脳みそが吐き出されていく。
意識が、記憶が、流れていく。
前世の記憶が、今世の記憶が、セラとの記憶が、すべてが溢れ、薄れていく。
ああ、だめ、消えないで。私の思い出が、なくなる……。
あれ、でも、なに? これはしらない。私のしらない記憶も、あふれてきた。
しらないはず、でも、記おくにあるってことは、しってたってこと?
わたしの、きおくにいる、わたしとおなじかおの、ヒトの、ものがたり。
あな、たは……だれ……?
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