第41話 エイル・ミズリア⑤

 ウリス国王都、『慈愛の祈者』のクランハウスにて。

 その拠点の主、イザベラ・フラムと正式にクランメンバーとなったクレハ・メイデスは行動を共にしていた。


「お待たせ。そろそろ村に戻りましょうか」

「随分長いことエイル達に留守番させたなぁ。帰ったら謝らな」


 およそ半月、クレハのクラン加入手続きや説明などに時間を費やしていた。

 しかし王都滞在最終日、クレハは理由も聞かされずただ連れ回されていた。


「手続きはとっくに終わっとるんやろ? 最後何しとったん?」

「調べ物よ。とあるクランの動向調査」

「ほーん」


 一応はクランリーダーだし他のクランとのいざこざもあるのだろう、このときのクレハはそう思っていた。

 だから特に興味もなく追求しないつもりでいたようだが、対してイザベラは不満そうな顔で言う。


「我関せずみたいな顔だけど、あなたのために調べたのよ?」

「うちのため? そらまたなんでや?」

「調べたのは『叡智の求者』リーダー、ヘルエス・カルステッドの動向。前々から怪しい動きをしてるとは思っていたけれど、ようやく尻尾が掴めそうよ」


 クラン『叡智の求者』、Aランククランの中でもトップと言われている実力のある派閥。

 そのリーダーの名も有名ではあるが、村の外と関わりを持たなかったクレハは世間の噂に触れる機会がなかった。

 そんな少女だが、彼の名前には個人的に聞き覚えがあった。


「ヘルエス……うちの勘違いやなければその名前、知っとるかもしれん」

「でしょうね。調査の結果、彼が3ヶ月前にあなたの村に行ってることが分かったわ」


 3ヶ月前、それはスリウス村の200を越える住人が生存していた時期。

 そして村外の人間を招き、クレハを除く住人全員が命を落とした時期。


「クレハ、あなたを勧誘するために村の井戸に毒を入れたのはヘルエスよ」

「そーか……やっぱあいつか……」


 クレハは一度『叡智の求者』に勧誘されていた。

 その勧誘を断った結果、ヘルエスは凶行に及んだ。

 村というしがらみを失くすことで勧誘に応じる可能性に賭けたらしい。

 その許されざる行い、当事者のクレハが忘れるはずもなく、彼女は復讐の機会を求めていた。


「それから、以前エイル達とも接触していたわ。もしかしたら今頃魔法陣の依頼でも受けてるかもね」

「そうなん? なら好都合やな。エイルに協力してもらえば早くも復讐果たすチャンスや」

「あら前向き。協力して貰う前に危険な目にあってなければいいけどね」

「確かに……それもそやなぁ。早う二人に教えたらなあかん」


 新たな村の住人、エイルとセラ。

 二人が危険人物と接触しているとなれば、また同じことが起こる可能性だってある。

 折角できた友人を失うわけにはいかない。


「うちが帰るまで無事でおってよ。エイル」







 ミカエリス国を付近の道中にて。

 半精霊デミスピリットと相対していたセラ。

 その戦闘がようやく終わりを迎えた。


「やっと片付いた……」


 先程は突然の遭遇に戸惑いエイルへの凶撃を許してしまった。

 しかし半精霊とは普段から戦っているため冷静に対処すれば危険はない。

 

「たぶん前に討ち漏らしたやつ、だよね。でもなんで満月でもない、こんな昼間に存在できるんだろ」


 ふと浮かぶ疑問、セラの知る半精霊とは異なる性質を持つ個体。

 その変化は偶然か、それとも何者かによる差し金か。


「まあいっか……。それにしてもエイル遅いな」


 知らないことを考えても仕方ないと、思考を放棄する。

 代わりに頭に過ったのは一人の女性、エイル・ミズリア。

 仕事仲間であり同居人、最近では常に行動を共にしている。

 半精霊から命を狙われているため逃がした際、応援を呼んでくると言っていた。

 それでも戻ってこないとなると何かトラブルに遭遇したのか。


「戻ってくるって言ってたし、信じてあげるか」


 霊属誓約による隠し事の禁止、その裏付けがあるからこその信頼。

 少女は疑うことなくパートナーの帰りを待ち続ける。







「おい馬鹿ども、エイル・ミズリアの死体は奥に運べ。床掃除もしっかりしておけよ」


 頭蓋を撃ち抜き物言わぬ骸となったエイル・ミズリア。

 ヘルエスとて魔法陣技師の稀少さは理解している。

 だが動かなくなってしまえば利用価値もない。

 興味をなくし、遺体の処理を部下に任せる。


 しかしその部下も完全に制御できている訳ではない。

 彼らはヘルエスに狂わされ、エイル・ミズリアを殺すことに妄執している。


「動かない? でも死んだふりかもしれない。殺さないと……焼き尽くさないと。『ふぇるろーあるめあいーて』」

「『ふぇるろーあるめあいーて』」

「『ふぇるろーあるめあいーて』」

「あっおい……ちっ、また壊れたか。まあいい、部屋の内装まで燃やすなよ」


 肉の焼ける音、臭い。人の死を見て安堵する多数の人間。

 唯一人、正常な感覚を持つ男は目を背けるようにして距離を取る。

 一人で得られた結果を見直し、悦に入る。


「魔法陣技師は死んだ。できれば仲間にするのが最善だったが……まあ400枚もあれば十分だ」


 得られた戦果である紙束を手にし、笑みを浮かべる。

 卑怯でも卑劣でも勝てばいい。勝てなければ何を言っても負け惜しみ。勝つことこそが最善。

 そんな独善的思考がヘルエス・カルステッドという人間の根幹にある。

 

「魔法陣は今や数に限りのあるロストアイテム。現状一番武力を有しているのはこの『叡智の求者』というわけさ……くくっ……あははは……あっはっはっはっんぐっ、ゲホゲッホ!」


 高笑いの最中でむせる。羞恥で顔に熱が集まる。

 しかし回りは誰も彼を笑わない。彼がそうしたから。


 一人済ました顔で落ち着きを取り戻そうとする。

 だが顔の熱は収まらず、汗をかき、何故か喉まで渇き、違和感を覚える。

 今むせたのも喉の渇きが原因か? と妙な変化が気になり周りを見る。


「妙に暑いな……? お前ら、そろそろ火魔法を止めて……」


 振り返り死体に群がる部下を見る。

 そこに立っている者はいなかった。


「……は?」


 炎は既に消えており、何故か倒れている部下、そして異常に暑い部屋。

 状況が把握できても原因が理解できない。

 考えて、混乱し、頭痛を引き起こす。

 落ち着くために深呼吸。むせて嘔吐き吐き気を催す。


「ケホッ……はぁ、はぁ……。なんだ? 体が震える……。いったい何が起きている……?」


 立っていられず這いつくばる。体調は悪くなる一方。

 そんな中、誰かが立ち上がる気配。

 接近し、立ち止まる。見えるのは真っ黒に焦げた足。

 信じられない、そう思いながらヘルエスは足の主を見上げる。


「無様、ですね。でも愚かな人間にふさわしき姿と存じます」


 業火に焼かれ未だ黒焦げな姿。

 しかし抉られた足と貫かれた頭の傷は塞がっている。

 脳みそを取り戻し、会話できるまでに回復したから立っていられる。


 真っ黒な今の見た目じゃ私かなんて判別できないだろう。

 今の今まで私は死んだと確信していただろう。

 しかし、それでもヘルエスは私の名を呼んだ。


「エイル・ミズリア……なんで!」

「何故、頭を貫かれてなんで死なないかと問うているのですね? その理由は私にも分かりかねます。でも……思い出しました」


 立場が逆転し、見下ろす形で思考を語る。

 死を体験し、取り戻した思い出を語る。


「セラと出会った日、私はあの日がこの世界に転生した日だと思っていました。でもそれは違った。私にはそれより前の記憶があって、今の今まで忘れていたのです」


 思えば不可解なことが多かった。

 何故か人間になったばかりで喋り、歩き、文字を書けた。AIだった私に人間の体を動かす感覚なんて知っているはずないのに。

 何故か日本語じゃないこの世界の言葉が読み、書き、聞き、話せた。私はこの世界の言語なんか知らないのに。

 全てすんなりできた。あれは記憶を失っても体に経験が染み付いていたからだったのか。


「何を言っている……? 頭に穴を空けたおかげで奥底の記憶も出てきたって? そうじゃないだろ! 何故お前は死なない!」

「やかましいですね……分からないと言っているじゃないですか。でも、今の私と同じ存在には心当たりはありますよ。魔法陣の読み書きができて、魔法では殺せない存在」


 治癒魔法陣なしで体が癒えてゆく。

 黒焦げだった表皮が回復し、元の肌色を取り戻す。

 エイル・ミズリアとしての姿を完全に取り戻し、その正体を明かす。


「理性が蒸発したお猿さんでも分かるように、一言で説明してあげましょう――――精霊ですよ。この体は何故か精霊と同じ性質を持っているのです」

「…………は? 精霊?」


 今の今まで自分は人間だと思っていた。

 取り戻した記憶の中でも自分は人間だった。

 しかし頭蓋を開き、焼き尽くされても不死の体。

 おそらくこの身は精霊になっている。


「何をバカな……」

「おや珍しく同意見、私自身信じられませんよ。でも私は今生きている。それだけが真実です」


 理解できない事実に固まるヘルエス。

 思考に時間を費やすにつれ、彼の体は疲弊していく。

 クランメンバーは最早大半が意識を失っている。


「そろそろ説明を聞くのも限界でしょう。この環境下で意識を保てるだけでも十分凄いと思いますよ」

「……その口ぶり、この暑さと目眩はお前が何かしたのか?」

「私が何かするとすれば、これしかないでしょう」


 私はヘルエスに見えるように床を指差す。

 先程まで私が倒れ伏していた場所。

 そこにはドス黒い赤色の魔法陣が描かれていた。


「血文字の魔法陣? その魔法陣の中身は何だ!」

「別に、私が開発した中で一番つまらない魔法ですよ。一瞬で描けるほどに単純な、奇しくもあなたの固有魔法に似た毒ガスの魔法」


 毒ガスとは何か、それは人体を害する気体。

 自然現象の中にも毒ガスは発生する。

 私の書いた魔法陣はそのガスを発生させるだけのもの。


「一酸化炭素。火災現場の最も有力な死亡原因であり、今この空間を満たしているガスの名前です」

「……その毒ガスの中、何故平気でいられる?」

「風魔法でガスマスクつけてるんですよ。けど暑さ対策が甘かったようです。めっさ暑いです」


 一酸化炭素は無味無臭だが吸えば頭痛や吐き気、最悪死に至る。

 毒ガスを扱うからには当然対策しているが、対策の甘さに後悔を漏らす。

 このまま放置してもいずれヘルエスは力尽きるだろう。

 しかし私が生成する気体として一酸化炭素を選んだのは毒ガスという一点の目的だけではない。

 

「折角ですし化学の実験でもしましょうか」

「実験だと? 突然なにを……」

「一酸化炭素は本来なら酸素不足の不完全燃焼により発生するガス。なのでとっても酸化しやすいのですよ」


 この世界の化学がどれだけ進んでいるのか、酸化という言葉があるのか分からない。

 けれど自然現象ならば確実に同じことが起こせる。


「もし窓でも開けて酸素が入り込めば……大爆発を引き起こします。バックドラフトと呼ばれる現象ですね」


 苦しげにぐったりしていたヘルエスすら硬直する。

 室内の爆発、この場では彼にとって失うものが多すぎる宣告。


「ふ、ふざけるな! クランハウスごと破壊する気か! 大体そんなことしたらお前も一緒に吹き飛ぶぞ!」

「吹き飛びますね。でも死にません。魔法を介しているので死ねないんです」

「っ……ま、待て! 落ち着け! 一度落ち着いてお互いの最善策を考え……」

「聞こえませーん。……『どぅいおねうでる』」


 魔力を練る。しかし全身燃やされた私の手元に魔法陣はない。

 あるのは知識。大昔に覚えた詠唱。

 魔法陣技師になってから初となる一般魔法の詠唱。


 発動したのは風魔法、気体を押し出し複数枚の窓を割る。

 瞬間、轟音と共にクランハウス内は炎に包まれた


 数分後、室内は見違えるほどに変わった。

 燃え盛る火の海。数々の呻き声。阿鼻叫喚の地獄絵図。

 亡者の山の中で意識を取り戻した私は立ち上がる。


「……早く戻らないと。セラが待ってる」


 すぐに応援を呼んで戻る、ここに来る前にそう告げてセラと別れた。

 目的は達成できなかったが、それでも戻らねばならない。

 何より私が戻りたい。その一心で帰路を歩む。







 肌も喉も灼き爛れた。

 それだけの熱を持った業火に灼かれた。

 だが、火の勢いが収まった今の方が熱いと感じている。

 体の奥に迸る、煮えたぎるような思い。

 怒り。


「嫌だ……俺はまだ死ねない、のに……力が……」


 感情ばかりが先んじて体に力が入らない。

 ここで終わりなのか? まだ道半ば、ここで潰えるのか?

 死に抗おうと必死に力を込める。

 すると突然、すんなりと立ち上がることができた。


「……! なんだ? 力が戻った……?」


 気力と体力の回復を肌身に感じる。

 体を見れば焼けた皮膚が元に戻りつつある。

 冒険者なら誰もが経験する現象、魔法による治癒。

 それに気づいた頃、不意に語りかけられる。


「貴方にはまだ役目がある。死なれたら困るわ」

「イザベラ・フラム……なぜここに」


 声の主、それはSランククラン『慈愛の祈者』のリーダーだった。

 自身の体の治癒もまた、彼女の魔法によるものだった。

 何故自分を治癒するのか、役目とは何なのか、それを問う前に問われる。


「やられっぱなしでいいのかしら?」

「……いいわけないだろう。ここまで虚仮にされて終われるか」


 瞬時思考が塗り替えられる。

 誘いを拒み、排除しても蘇り、何もかも思い通りにならない女。

 エイル・ミズリア。


「この感情にケリをつけないと前には進めない……まずは借りを返す。それが今の最善だ」


 目下の目標であるクランランクSへの到達、それを差し置いてでも優先したいほど大きな感情。

 この感情をくれた女に、お返しせねばなるまい。

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