第43話 閑話:竜滅の依頼
魔法陣技師。
詠唱なしで魔法を使えるようにする道具、魔法陣を作成する技術者。
新たな魔法を開発できるのも魔法陣技師の強みの一つだ。
そんな魔法陣技師の私の元に一人の依頼者が訪ねてきた。
「ドラゴンを葬るための魔法が欲しい」
とても身綺麗とは言えない格好の男の依頼は至ってシンプルだった。
ドラゴン、ファンタジー世界の生物らしい名称だが直に見たことはない。
だが人伝の知識はある。
なんでもこの世界のドラゴンは人と会話できるほど知性が高いのだとか。
「あなたがドラゴンが討伐したい理由、伺っても?」
「聞かなきゃ分からないのか? 奴はこれまで何十、何百という人間を殺している。俺の仲間も……奴は、紛れもなく人類の敵だ」
拳を強く握りしめ、憎悪に満ちた目には涙が浮かんでいる。
予想はしていたが、依頼者の目的は敵討ちのようだった。
その感情が理解できない訳ではない。
ただ魔法陣を作る以上、私の目的のためにも聞きたいことがあった。
「ドラゴンを倒すことで、あなたは幸せになれますか?」
「? 俺は幸せが欲しいわけじゃない。仲間の無念を晴らしたいだけだ」
「そうですか……」
私の望む回答は得られなかった。
この依頼は誰も幸せになれない、それだけで依頼を受けるのも億劫になる。
ならば……せめて自分のやりたいようにやろう。
「分かりました、依頼は承ります。ただ確実に倒すためにもドラゴン討伐は私にお任せいただくことになりますが、構いませんね?」
「ああ。奴を葬れるのならなんだっていい」
合意の上、依頼は成立した。
普通に考えれば魔法陣を作るのが私の仕事、わざわざ危険を冒す必要はない。
しかし私はこの目で見て判断したかった。
争いに介入する第三者として、どちらに正義があるのかを。
………………。
「ということでドラゴンさんに会いに行きますけど、セラも行きます?」
同居人でありビジネスパートナーのセラに問う。
仕事である以上セラに来て欲しいという想いもあるが、危険のある現場な上に依頼を承諾したのは私の一存だ。
こうして判断を委ねるのはいつものことだが、セラは眠そうな顔で文句を垂れた。
「ええ……なんでエイルがわざわざ? 依頼者に行かせればいいのに」
「自分の目で確認したかったんですよ。本当に討伐すべき存在なのかを」
「ふーん」
理由を話すとそれ以上追求してくることはなかった。
ただ今の反応から察するに乗り気ではなさそうだ。
「無理に来なくても良いですよ? 私がやりたくてやってるだけなので」
「んー……午後なら行く。午前中なら寝るー」
「相変わらずの夜行性ですね……。まあ住処に戻るタイミングを狙うので行くのは夕方ですが」
いつも通りの緩い返答。
セラはどれだけ言っても夜行性の生活スタイルを直そうとはせず、私達は活動時間帯の違いから別行動が多い。
それ故今回は久々の同行業務、危険生物との対峙に助力を得られるという意味でも嬉しい。
彼女の気まぐれに感謝しつつ、出発の準備に取り掛かった。
◇
人里離れた霊峰。
危険の張り紙を無視して険しい道を進む。
ここに訪れる者は腕に自身のある冒険者のみ。
ただし生きて帰れた者は極僅かで、成果を持ち帰れた者は一人としていない。
山頂近くまで登ると、目的地の洞穴にたどり着く。
慎重に、音を立てず侵入し、覗き込む。
そこには一際巨大な体躯と威圧を放つ生物、ドラゴンと呼ばれる存在が見えた。
「おっ……きいですね」
「ん。逃げる?」
「是非逃げたいところですが……そういうわけにも行きません」
気づかれないよう小声で話す。
尤も、その気遣いも無意味だったようだが。
「この気配、貴様人間ではないな。何をしに来た」
視線の先から響く野太い声。
人間じゃないという指摘も加味して、私に向けた言葉であることは間違いないだろう。
この距離で気配を察知されたこと、また本当に人語を使ってきたことに感心しつつ、私達は前に出た。
「よかった。お話してくれるんですね」
「何用かと聞いている」
「あなたを討伐して欲しい。そういう依頼がありました」
「そうか……」
包み隠さず敵意の言葉を投げかけたつもりだった。
しかし相手は激情することなく、ただ穏やかに受け止めた。
それどころか予想外の返答をしてきた。
「では痛みなく殺してくれ」
「え……抵抗しないのですか?」
「死ねぬ痛みだと判断したら即座に殺す。今まで来た人間と同じように」
その返答を聞いて、おおよその経緯を理解できた気がした。
殺せなければ殺す。
きっと今までここに来た人間も同じように試してきたのだろう。
そして依頼者の仲間を含む、力不足の者は全て……。
「何故……死にたいのですか?」
「齢3000年、生は尽きずとも精根は尽きた。生きる意味など最早ない。だだ、半端な傷ではすぐに癒えてしまうのだ」
「……理解しました。しかし人間を殺すのは何故ですか?」
「殺せば人間は我を危険視する。危険度に応じた強者がここに訪れるのも必然。故に貴様がここに来た。違うか?」
「なるほど……私が強者かはさておき、そのロジックに間違いはありませんね。参考までに聞きたいのですが、あなたは人間を殺すことに罪の意識は感じますか?」
「罪? 我がするのは対等な死合いのみ。無害な人間まで殺したことは一度もない」
合理的かつ非情な考えだった。
その非情さは生物間の思考の乖離なのか、それとも長年生きたことにより培われたものなのか。
何れにせよこれ以上の問答は無駄だと判断し、行動を起こすことにした。
「分かりました。あなたの依頼承ります。準備をしますので一日お待ちください」
「ほう? 準備すれば我を殺せると?」
「ええ。痛みなく、確実に絶命させる魔法を作ります」
「良いだろう。明日を楽しみにしていよう」
「では失礼します」
踵を返し、その場を離れる。
するとそれまでずっと無言だったセラが聞いてきた。
「エイル、いいの?」
何が、とは聞くまでもない。
普段の私であれば、自殺願望を叶えるための依頼なんて受けることはない。
いつもみたく依頼者が幸せに生きられる道を探さないのか、と。
しかし今回の場合はどうしようもないように思う。
「……あれは無理です。短命の人間とは価値観が違いすぎる。例え一時の幸せを与えられても、悠久を生きるあの方にとっては泡沫の出来事。再び生の苦しみを思い知ることになるのなら……死は救済とは良く言ったものです」
あの竜からすれば生まれて数年ばかりの私なんて赤子も同然。
長く生きる苦しみを理解できない以上、要求に従う他無い。
「私にできることは……せめて悔いなくこの世を去っていただけるよう、努力するくらいですね」
◇
「お待たせしました。ご依頼の魔法陣、完成しました」
二度目の訪問。
目的はドラゴンを殺せという人間からの依頼と、当のドラゴンからの痛みなく殺せという依頼を叶えるため。
それを叶えるための魔法も先程完成した。
「この魔法は対象を眠らせた後、筋肉を麻痺させます。麻痺に治癒は効かないため意識的に魔力抵抗を強めなければ、1時間後には全身に麻痺が回り生命活動は停止します」
「受け入れさえすれば楽に死ねる、か。抵抗する理由などあるはずもない」
死を目前にしても動揺一つ見せない。
その貫禄は流石と言う他ないが、タダで死ねると思われては困る。
「ただし、魔法陣を起動する前に一つだけ……依頼報酬は前払いになります」
「む……?」
「だって、死んだら誰が報酬を支払ってくれるんですか? 連帯保証人います? あ、連帯保証竜でも良いですよ」
「ぬぅ……確かに、見返りを用意しないとは無礼であったな。しかし財宝など死を決めたその時に焼き尽くした。他に譲れるものなど……この身以外にない」
それは文字通り、体で払うという意味だろう。
この竜は自身の体が人間社会で高く売れることを知っているようだ。
「いいのですか? 亡骸を弄ぶような真似を許しても」
「業腹だが……死後のことなど全て些事だ」
「それじゃ困りますよ。依頼者が満足できないまま依頼終了なんて魔法陣技師の名折れです。レビューで低評価つけられちゃいます」
「れびゅ……? いやいい。ならどうしろと言うのだ?」
不機嫌そうに聞いてくる竜種。
依頼報酬を要求しておいてなんだが、最初から金目のモノを要求しようとは思っていない。
では私が求めるモノは何か、それは……。
「スマイルください」
「……なんだと?」
「だからスマイルです。えーがーお! あなたの素敵なご尊顔を写真に収めたいんです!」
予想外の注文だったのか、初めて動揺した様子を見られた。
「え……その……まず写真とはなんだ?」
「写真は……そうですね。セラ、行きますよー。はい、チーズ」
例を見せるために、魔法陣を構えセラに呼びかける。
するとセラはノリよく真顔のダブルピースで応えてくれた。
魔法陣は一瞬強い光を放ち、持っていた一枚の白紙に絵を描いた。
描かれた絵を一人と一体に見せつける。
「うん。顔色よし健康状態異常なし。やはり良質な睡眠は健康に繋がる」
「昼夜逆転で良質な睡眠と言えるんですかね……。まあそれは良いとして、この魔法で目の前の風景を紙に映し出すことができるんです」
セラの写真と魔法の説明で、私が何をしたいのか分かってくれたようだった。
竜は理解を示すように頷き、別の質問をした。
「成程……それで我の顔を? 死した後に好きなだけ写せば良いだろう」
「駄目ですよ。許可なく取れば肖像権の侵害になりますし、あとから写真写り悪いから呪うとか言われても困りますし」
「そ、そういうものか……しかし何故笑う必要がある?」
知らない常識を説かれ戸惑いを見せつつも、未だに私の要求が納得いかないようだった。
笑顔を求める理由なんて、聞かずとも一つしか無いだろうに。
「笑顔こそ幸せの象徴だからですよ」
「……今死に行かんとする者が幸せだと思うか?」
「今幸せじゃなくとも、今まではどうですか? あなたは誰にも誇れない惨めな生き方をしてきたのですか?」
「貴様……我を愚弄する気か? 我は闘いに生きた。誰も我には敵わなかった、人も、竜も。だから今生き永らえている。我が惨めなら我との闘いで無惨に散った者らは『無』そのものか? その我を愚弄するということは……貴様も無に帰したいのか?」
初めて向けられる殺気。
しかし今では出会った当初ほど怖いとは思えない。
話せば分かり会える存在だと分かっているから。
「やだなーそんなわけないじゃないですか。私はただ聞いただけ、そしてあなたは答えた。自分の生きた時間は誇りに思える、幸せな生だったと」
「幸せ……ああ、そういう意味合いならば、我は幸せだったと言えるか」
何か腑に落ちた様子で優しく呟く。
やはり竜と言えども意思が疎通できるのなら対話すべきだと私は思う。
そうすれば誰も不幸にならず、憎む必要もなかっただろうに。
「なら分かるでしょう? 今から撮る写真はずっと残ります。下手をすればあなたが生きた時間よりも永きに渡って残り続けます。そんな人生……いえ竜生最後の写真が仏頂面ではこう思われてしまうのです。『嗚呼、この竜は幸せに生きられなかった可哀そうな竜なのか』と……腹立ちません?」
「呪いたくなるな」
「でしょう! だから――――笑ってください」
「……致し方無い。承諾しよう」
………………。
…………。
……。
撮影会を終え、私は依頼通り魔法陣を起動する。
対象は大きな体躯の末端、今頃足先からジワジワと感覚がなくなっているはずだ。
「……最後に少しだが幸福を思い出せたこと、感謝しよう。愉快なる者よ」
「愉快は褒められてる気がしないのでやめてください。魔法陣技師のエイル・ミズリアです」
「そうか……片時ほどではあるが記憶しておこう。最後の友の名として」
「それは……光栄ですね」
友と言われ、嬉しくなると同時に別れが惜しくなる。
しかし友だというのなら、尚更願いを叶えて上げるべきだろう。
続いて竜はセラに話しかけた。
「してそちらの少女よ、名は?」
「セラ」
「ふむ。貴様を見ていると血が騒ぐのだが……死ぬ前に一度闘ってみないか?」
「めんどーだからやだ」
「そうか……悔いはないと思っていたが、一つ残ってしまったな」
「死ぬの辞めます?」
「否、この悔いは少し心地良い。土産に持っていくとしよう」
会話を続けながら、顔色が変化が明らかになっていく。
魔法による麻痺が進行し、身体機能が低下し始めているのだろう。
気丈に振る舞っているようだが、こうして話せる時間も残り僅かか。
「最後に、あなたのお名前も伺って良いですか?」
「良かろう。ただし教えるからには未来永劫忘れてくれるな、盟友エイルよ。……我が名はファーヴニル。唯一人を除いて、誰にも殺すことが叶わなかった無敗の竜の名だ」
「はい。あなたと出会えたことを誇りに思います。ファーヴニルさん」
ファーヴニルは満足そうに目を閉じ、一言も話さなくなった。
次第に寝息を立て、しばらくすると寝息すらも止んだ。
その竜が息を引き取ったのは魔法を発動させてから3時間後、最後まで凄まじい生命力の持ち主だった。
◇
「早速で悪いが、ドラゴン討伐の証拠を見せてくれるか?」
当初の依頼主との再会。
依頼達成の報告のために再度来てもらったが、口頭で伝えるだけでは信じてもらえないのは分かっていたことだ。
討伐の証拠、つまり彼は討伐対象の素材を求めている。
「残念ながら亡骸はほぼ跡形もなく焼き尽くしてしまいました。手に入れられたのは……これだけです」
「鱗数枚と……竜核か」
「はい。魔力を貯め火炎に変換して吐き出す、竜種特有の器官です」
竜核は竜種の内臓器官、それすなわち竜の腹を引き裂いて取り出したことを意味する。
討伐の証拠としては十分過ぎるモノだ。
それを見て、ずっと険しかった男の顔つきも少しだけ柔らかくなった。
「……認めよう。本当にドラゴンを討伐してくれるとは。出来ることならこの手で……いや、俺では魔法陣が有っても及ばなかったのだろう。今は貴女に感謝を」
「依頼を熟しただけですので。ただ私がドラゴンを討伐したことは他言無用でお願いします。変に目立ちたくないですから」
「了解だ。皆への報告は俺が討伐したことにしておこう」
依頼報酬とドラゴンの素材を交換し、その場は解散となった。
依頼主が完全に去ったのを確認すると、セラは私に言う。
「エイルはズルいね」
「嘘はついてないですよ? 依頼内容は『ドラゴンを葬ること』ですから。あの竜核がファーヴニルさんのモノだなんて一言も言ってませんし」
「わざわざ素材買いなおさなくても燃やす前に取っておけばよかったのに」
「そんなことしたらホントに呪われちゃいますよ……」
討伐依頼は達成し、あの霊峰にドラゴンはもう居ない。
それを周知するためにも討伐の証拠が必要なのも分かる。
しかし私は、友の遺品を見世物にしたくないと思ってしまった。
「どうせ依頼を解決するなら、私はみんなが幸せになれる道を選びたいのですよ。一人の友として、そして一人の技術者として―――――私は"魔法陣技師"エイル・ミズリアですから」
言いながら机上の写真立てを立て直す。
こんなもの、ドラゴンを憎む彼には見せられない。
見て不幸になる者もいれば、思い出に浸り幸福を感じる者もいる。
豪快に笑う竜とのツーショット、これを見てこの竜が不幸者だったと誰が言えようか。
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