第44話 声絶の魔導師①

 イゼル・テイカー。

 とあるパーティに所属する魔導師。


 私の誇れる特徴といえば、それは声だった。

 親からよく褒められた。


「イゼル、あなたの声はどんなに遠くからでも聞こえる。とても綺麗な声よ」


 魔法学校の先生にも褒められた。


「学年首席イゼル・テイカー。あなたの優秀な成績はその声のお陰でしょうね。透き通るような詠唱が、多くの微精霊を呼び寄せるようです」


 そして、彼も褒めてくれた。


「イゼルをパーティに誘ったのは、歌声を聞いたのがきっかけだった。イゼルの声に聞き惚れて、気づけば声のする方から目を離せなくなってたんだ」


 だから私はこの声に感謝していた。

 一瞬でも枯れることの無いよう、毎日喉のケアを欠かさないようにした。

 私の居場所を作ってくれたこの声を、今の私を築いてくれたこの声を、大切にし続けてきた。


「出会ったときも歌っていたあの歌、好きだったな」

「……いつでも歌ってあげるよ。貴方にならね」


 その言葉が嘘になるとは、思っても見なかった。


 いつも通りの朝、何の前触れもなく、私は声が出せなくなっていた。

 歌えないどころか一言も発せられない。

 何より大切にしてきた声を失った。


「原因はおそらく、喉の刻印じゃろうな」

「うん……昨日までそんなのなかった」


 パーティメンバーの男二人と女の子一人に伝え、現状把握を図る。

 喋れない私は、彼らの話し合いに参加できないけれど。


「しかし声を封じる魔法刻印? なんて聞いたことないけど」

「いずれにせよ、治癒魔導師に見せにいくしかあるまい」


 原因不明なまま、手探りで治す方法を模索する。

 私はいつまで声が出ないままなのか。

 それとも、いつまでもこのままなのだろうか。

 嫌な想像をし、表情に出してしまう。


「心配すんなイゼル。絶対治るよ」


 パーティリーダーの男性からの励ましの言葉。

 根拠はなく、気休めにもならない。

 けど彼のその気持ちは嬉しくて、少しだけ笑えた。







 治癒院。金銭を払うことで在籍している治癒魔導師の治療を受けられる。

 我々は近くにあった治癒院に赴き、依頼をした。


「声が出なくなる病……あまり聞いたことのない症状ですが、治してみせます」


 不安に思いながらも、他に頼りもなく依頼した。

 治癒魔法をかけ、数日様子を見る。

 そんな通院を何度も繰り返した。


「どこが原因なんだ……? 今度は喉以外の臓器治癒も試してみましょう」


 行く度に要求される高額な治療費。

 にも関わらず治る兆しのない喉、4回目の通院で不満は爆発した。


「全然治らないじゃないか! 本当に治療する気はあるのか!?」

「落ち着いてください。私共にも分からないのです。何故治らないのか……」


 憤るパーティリーダー。他のメンバーも不信感を募らせている。

 対して治癒魔導師は平然と、ビジネススマイルで答える。

 それも余計な一言を付け加えて。


「そもそも、本当に声は出ないのですか?」

「は? お前何を言って……」

「喉に変な刻印して、声の出ないフリをしているだけでは? ほら、仲間に心配して欲しかったとか」


 一瞬、何を言っているのか理解できなかった。

 少し遅れて、私が疑われているのだと気づいた。

 何故そんな酷いことを言えるのだろう。

 私はただ声が出ればいいだけなのに、それを治せないからと責任転嫁されて。


 けど、みんなも口に出さないだけで本当はそう思っているのか?

 私が悪いのか……?


 喪失されてゆく自信、募る居たたまれなさ。

 心の閉塞感に襲われかけたところだった。

 机を強く叩きつける音と怒声が響いた。


「ふざけるな!! イゼルは……本気で悩んでるんだよ……!」


 大きな音に驚いた様子の治癒魔導師。

 二人のパーティメンバーも続いて声を上げる。


「とても不愉快……帰ろ」

「そうじゃな。患者を侮辱する者に、癒せる病などあるとは思えんよ」


 立ち上がり、その場を去る皆の後ろを追う。

 私をこれ以上傷つけまいと気遣ってくれる仲間について行く。


 しかし私は会話に参加できずお礼すら言葉にできない。

 だから代わりにペンを出した。


〈ありがとう。ごめんなさい〉


 空中に光の軌跡で描いた感謝と謝罪の文字。

 手に持つのはペン型の魔道具、今はこれが私の声の代わりだ。


「謝る必要はないぞ」

「そう。悪いのはイゼルじゃなくてその喉の刻印……と、あの治癒魔導師の接客態度」

「クソっ……せめてもっと大きい街の治癒院に行こう」


 不満を漏らしながら、私を慰めながら、次の行き先を決める。

 私の声が出ていれば誰も嫌な思いせずに済んだのに。

 私のせいで空気を悪くしてしまってごめんなさい。

 せめて皆が気遣わず済むように、私もいつも通りに振る舞って見せるから。







 ガブリネス国王都。

 ここには国内最大の治癒院が存在する。


「その魔法刻印は一種の呪いのようです。治癒魔法で治すことはできません」

「そんな……」


 無情にも突きつけられる現実。

 頼みの綱の治癒魔法で治らないとなると……。

 

「なんとか……なんとか治す方法はないのか!」

「私の力ではなんとも……イザベラ様であれば、あるいは」

「ああ。イザベラ・フラム、治癒師クランのリーダーじゃな」

「そのあんたらのリーダーってのはどこに!?」

「あの人はいつも飛び回ってますから、私達も困り果てていますよ……。今は確か、ウリス国のスリウス村」

「ウリス国……結構遠い」

「ああ。それに道中魔物と戦うことになる」


 魔物との戦闘。

 元々私達は冒険者パーティとして一緒にいた。

 前衛2人と後衛2人のバランスの取れたチーム。


 しかし今はどうだ?

 魔導師にとって声を失うということは、魔法の詠唱を封じられることになる。

 後衛職としての力はほぼゼロに等しい。

 でも私にとって声を失うことは魔法だけでなく、存在意義すら奪われてしまうような感覚で……。


 でも今は悔やんでも仕方ない。

 考えるべきは声を失った私に何ができるのか、だ。

 思いを伝えるためにペンを走らせる。


〈私は戦闘に参加できないけど、その分サポート頑張るね〉

「うむ……イゼルが回復するまで我々が奮起するしかあるまい」

「ああ。みんなで頑張ろう」







 ただ魔法が使えないだけで生活に支障はない、そう思いこもうとしていた。

 けれど声が出ないことの障害が出るたびに、私のストレスは積み重なってゆく。


 挨拶ができない。

 自分から声をかけることもできないので仲間にされてから私はただ頷くだけ。

 手間だから挨拶程度なら筆談しなくていいと皆は言ってくれるけど、まるで自分が不愛想な人間に思えて気分が悪かった。


 雑談もできない。

 私が会話に参加しようとするとテンポが悪くなるのでパーティ内の会話量は半減した。

 仲間が楽しそうに話しているところに通りかかると、私を気遣ってなのか笑い声が消え失せる。


 安心できる間柄だったパーティが今では居心地が悪い。

 私がいるだけで空気を悪くしてしまう。

 仲間に気遣わせてしまう今の境遇が嫌いだ。

 声が出ないだけでコミュニケーションを取れなくなる自分が嫌いだ。

 申し訳なさを感じながらも、一つ気づきがあった。


 皆の様子がなんだかおかしい。

 普段より疲れて見えるような……私がいない分戦闘時の負担が大きいから?

 そうだとしたら少しでも負担を減らしてあげたい。

 今の私に何ができるか分からないけど、できることは何でもしてあげたいから。

 そう思い、一人一人に聞き込みすることに。




 最初は弓を使う後方支援の少女、ライカ・インヘルツに話を聞いてみた。


「なんのことか……さっぱり」

〈ここ最近疲れてるよね? 私にできることがあれば何でも言って欲しいの〉

「でも……一番辛いのはイゼル。イゼルは……自分の心配だけしてて?」


 ライカは口下手な女の子。

 一生懸命私を傷つけない言葉選びをしてくれているのが伝わってくる。

 その気遣いが一番辛いとは、口が割けても言えなかった。

 



 次にパーティ最年長の前衛職、ムドウ・クサナギに聞いてみた。


「む……まあ、気付かぬはずがないか……」

〈何を隠してるの?〉

「悪いがワシの口からは言えんよ。約束一つ守れん男が、皆を守りきれるとは思えんからの」


 約束とは、おそらく私以外の3人の間に交わされたものだろう。

 "守る"ことに誇りを持つムドウ、その約束もきっと私を守るためのもの。

 私はもう、彼に言及することはできない。




 最後はリーダーの剣士、リック・レグルスに聞いてみた。


「別に。隠し事なんてないよ」

〈嘘だよ。みんな嘘下手なんだもん〉

「……けどみんな言わなかったんだろ?」


 問い詰めても開き直られ、私は頷くことしかできない。

 リックは仲間を信じて疑わない。

 そんなリックだから、リーダーとして私達も信頼を寄せている。

 彼らの隠し事に悪意がないことくらい、私も分かっている。


「安心してくれ。俺達はただ、イゼルに苦しんで欲しくないだけだから」


 私だって安心したい。

 私のために何かしてくれていることは分かっている。

 ……でもね、どうあっても苦しまないなんて無理だよ。

 優しすぎるみんなと一緒にいる限りは……。







 皆の隠し事について、おおよその検討はついていた。

 日中は共に行動している。

 もし私に隠れて何かしているとすればそれは夜、私が眠った後だ。


〈今日は早く寝るね〉


 道中の宿、3人と別れ借りた部屋に入る。

 寝ると言ったがそれは嘘、外の気配を伺い続ける。

 すると物音を立てないように宿の外を出る3人を発見した。

 彼らが言えない約束を知るために、私は尾行を開始する。


 結論から言えば、彼らは戦っていた。

 魔物と戦い、クエストを達成する、私達の本来の仕事だ。


 見てしまっては納得せざるを得ない。

 私が魔導師として戦えなくなり、目的地へ向かうために停止していた冒険者稼業。

 それをしなくては、私達の稼ぎ口はゼロだ。

 加えて治療費の出費も大きい。


 彼らは路銀と私の治療費を稼ぐため、隠れてクエストを受けていた。

 私に隠していたのは、戦えなくなった私が自責しなくて済むように。


 耳を澄ませ、会話を聞く。


「リック……無理しすぎ」

「疲れも貯まっておる。今日はこのくらいに……」

「いやダメだ、まだ今日の目標に達していない……無理もするさ。俺達の出会い、話してなかったっけ」


 フラフラの体で踏ん張るパーティリーダー。

 優しい目で思い出を語り、強い目で想いを語る。


「歌ってたんだよ。すごく楽しそうにさ……あいつから声を奪うなんて、そんな残酷なことあっていいはずがない」


 パーティのみんなは優しい。

 私のことを大切に思ってくれる、だから私もみんなが好きだ。

 でももうダメだ。もう、耐えられそうにない。

 みんなの優しさが……痛すぎる。


 これ以上迷惑かけたくないから、見切りをつけよう。

 ちゃんと話そう。私の、私達のこれからのこと。




〈先に伝えておきたいことがあるの〉


 目的地に到着する目前、皆を引き止めてペンを走らせた。

 最後まで伝えるか迷って、意を決した。


〈治癒師クランのトップにお願いしても私の声は戻らないかもしれない。その場合もう頼る宛もなくなる。だから、これで最後にしよう〉

「最後って……諦めるってこと?」


 ここまで声を取り戻すために協力してくれた仲間。

 協力を無下にし諦めることの申し訳無さはあるが、治る見込みが無いままいつまでも付き合わせるわけにも行かない。

 ただし、諦めるのは治療のみだ。


〈でも冒険者は諦めない。たとえ魔導師を諦めることになっても〉

「ふむ。他の戦い方を身につけるということか」

「……確かに魔導師だけが冒険者の道ではないしな。けどイゼル、お前はそれでいいのか? お前にとって声は……」


 仲間の心配に胸を締め付けられる。

 今だって、すぐに返答できないことを煩わしく思っている。

 それでも、自分の決意をゆっくりと宙に書き記す。


〈声が出ないのは辛いよ。でも、皆と一緒でいられない方が辛いって分かったから〉


 私を助けてくれる、今の私の居場所。

 しかし私達はあくまで冒険者パーティ。

 戦えない私はここに居る資格がない。

 例え皆が許しても、私自身がそれを許せない。


 だから私は、自らの個性より役目を優先する。

 その意志を伝えると、それぞれが返答をくれた。


「イゼルが自分で決めたことなら、これ以上ワシらは口出しせんよ」

「うん……がんばれ」

「応援するよ。ま、声を取り戻すのが一番ではあるけどな」


 私が欲しい言葉をくれる仲間。

 だから私は一緒に居たいと思うんだ。


〈ありがと。みんな〉







 目的地に到着した。

 ウリス国スリウス村、第一印象は民家が並ぶ割に閑散とした村。


「誰も居ない……廃村?」

「治癒師クランのトップはこんなところで何をしておるのだろうな」


 しばらく村内を散策する。

 すると一つの家屋から二人の女性が現れ、私達に話しかけてきた。


「誰やあんたら。客か? それとも……敵か?」

「クレハ、ステイ。こんな可愛い女の子が敵な訳ないでしょう? 落ち着きなさい」

「年中発情して落ち着いた思考できん奴に言われとうないわアホ」

「あら失礼ね。けどあなた達、観光目的でもないわよね。こんな辺境に」


 小話をしながらも両者少なからず警戒している様子。

 普段は人が来ることもないのだろう。

 怪しい者ではないと弁明するため、仲間が口を開く。


「ここにイザベラ・フラムという女性がいると聞いて来たんじゃが」

「あら、私のことね。クラン『慈愛の祈者』リーダーのイザベラよ」

「あんたが……頼みかあるんだ」


 そうして私達がこの村に来た経緯を話した。

 私の声が出なくなったこと。

 私の喉に謎の刻印が施されていること。

 治す方法を求めて、イザベラを探しに来たこと。

 

「なるほど……声が出なくなる魔法刻印、ね」

「治せそうか?」

「……はっきり言うわ。私には無理、専門外よ」

「そう、か……」


 突き放すような言葉に意気消沈する。

 しかしイザベラは、悪い空気を掻き消すように話を続けた。


「けど、魔法が使えなくて困ってるって話なら紹介したい人が居るわ」

「何? その人なら治せるのか?」

「それは分からない。でもきっと貴女の助けになってくれる。もしかすると、その刻印の専門家と呼べるのは彼女だけかもね」

「専門家……って?」


 イザベラは自慢げにその名を告げる。


「魔法陣技師よ」

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