第45話 声絶の魔導師②
イザベラに教えてもらった目的地周辺。
そこで一人の少女を発見し、声をかける。
「少し良いか? この辺に魔法陣技師が住んでると聞いたんだが……」
「……知ってるけど、会いたい?」
魔法陣技師本人ではないようだが、知り合いではあるらしい。
少女の返答に頷きで返す。
すると少女はこちらに要求してきた。
「分かった。でも今は部屋が狭いから、二人までにして」
人数制限は予想していなかった。
容態を見てもらうためにも私は行かなければならないとして、同行できるのはあと一人だけ。
しかし揉めることもなく、二人が一人を推薦した。
「リック……行ってきて」
「え、俺でいいのか? 女同士ライカの方が……」
「だって……行きたいんでしょ?」
「余計な心配はせんでも良い。ここはリーダーが行くべきじゃよ」
ライカとムドウは迷わず身を引いてくれた。
それに続いて私は宙に文字を書き、彼の袖を引く。
〈リック。お願い〉
「イゼル……分かった。行こう」
「ん。着いてきて」
先導する少女にリックと私は追随する。
そして一軒の家屋の前に立つと、少女はノックもなく扉を開いた。
「エイル、お客様ご案内」
「え? セラ? お客様っていきなり言われても……わぁ!」
玄関口で少女が声をかけると、部屋の奥で慌ただしい足音と女声が聞こえた。
声の主は例の魔法陣技師だろうか?
そして案内してくれた少女は待つことなくその場を離れようとした。
「じゃ、私は出掛けてくるからこれで」
「あ、案内してくれてありがとう!」
「ん。どいたま」
後ろ手を振って軽い返事で去る少女。
結局彼女が何者だったのかは分からなかったが、考える暇もなく次の相手が現れる。
訪れた家屋の主、若々しい女性がよろめきながら姿を見せた。
「っとと、お見苦しい姿で申し訳ありません。私はエイル・ミズリア、魔法陣技師です」
◇
「これは……凄い部屋だな」
「散らかっていてすみません……。ちょっと立て込んでいまして」
先程案内してくれた少女が人数制限を設けた理由が理解できた。
部屋中紙だらけ。辛うじて足の踏み場はあるといった具合だ。
それだけ散乱していれば嫌でも目についてしまう。
それらは全て、魔法陣の描き損じと思われるものだった。
「さて、今日はどんな魔法陣をお求めですか? 攻撃魔法ですか? 捕縛魔法ですか? 他にも多数の魔法陣が揃ってますよ」
魔法陣。
詠唱を必要とせず、魔力を込めるだけで魔法を発動できる特殊な媒介。
ただしその魔法陣を解読できた人間は、私の知る限り一人も居ない。
それゆえ、魔法陣を描ける人間はこの先も現れないだろうと言われていた。
その魔法陣を、目の前の女性は作れると言う。
一見すると普通の女性、とても前人未到の域に達した賢者には見えない。
納得できないまま黙っていると、隣の男が代わりに聞いてくれた。
「呪いを解く魔法陣をはあるか?」
「呪い?」
彼は話してくれた。
先程イザベラにも話した内容、私の体のことを私の代わりに話してくれる。
そして女性は理解したように頷き、私の首もとを覗き込んだ。
「そういうことですか……ちょっと写真取らせて貰いますね。はいチーズ」
すると突然魔法陣が描かれた紙を取り出し、私に向けて発光させた。
急な光に驚き目を細め、相手の様子を伺う。
女性の両手には一枚ずつ紙が握られていた。
右手の一枚は使い終わりボロボロに崩れていく魔法陣。
もう一枚は徐々に色が写し出され、私の首もとそっくりの絵が描かれた。
〈風景画が一瞬で? それも魔法陣?〉
「撮影魔法陣『フラッシュピクチャ』です。それよりも……これは確かに、呪いとは言い得て妙ですね」
「分かるのか?」
「はい。魔法陣とは似て非なるものですが、文字自体は同じ精霊文字のようです」
魔法陣技師は平然と答えるが、私は彼女の言葉の節々が気になって仕方なかった。
精霊文字を読める? そんな人間が存在するのか?
聞きたくてウズウズするが、話を止めないためにも我慢する。
「それで、治せそうなのか?」
「……試したことはありません。けどおそらく作れますよ、解呪の魔法陣」
「本当か!?」
全ての思考を塗り替える一言だった。
どれだけ苦しまされたか分からない、忌々しい呪いを解消してくれると言っているのだ。
自分の認識に間違いがないか、再度確認する。
〈治るんですか? 本当に?〉
「私の想定が正しければ治ります。ただ水を差すようで申し訳ありませんが、安くありませんよ?」
「金か……」
「はい。私は魔法陣を生業とする技術者、オーダーメイドの魔法を作る以上あなた達はお客様です。あなただけ特別扱いしては他のお客様に申し訳ないので……代金は金貨50枚。払えますか?」
嬉しい反面、至極当然な要求に少し冷静になる。
金貨50枚という大金、ここ数日はまともな仕事もできておらず、むしろ治療費で所持金は減る一方だった。
リックも苦しげな表情で口を開く。
「……今は持ち合わせがない。後払いでも良いか?」
「ダメですよ。そんなの誰が担保するのです? 金額に相当するモノをお持ちなら一時的に預かるという形でも構いませんが」
「金目の物か……」
リックはチラリと自身が携帯している剣に目をやった。
確かに武具であれば相応の価値はあるかもしれない。
だが私は彼の手に触れ、静止の意味を込めて首を横に振る。
「イゼル……そう、だよな……」
彼も理解しているようだ。
、武器を手放せば我々の稼ぎ口が消え失せる。
そうなれば一時預かりで済まず、永久に取り戻せなくなる。
そこで私は思い直した。
そもそもこれは私の問題だ、彼らに頼ってばかりではいけないと。
すぐさま私自身の持つ一番価値のありそうな物を取り出す。
〈魔法学校首席卒業の証。ミスリルでできてるから多少お金になると思う〉
「ふむ……それでも足りませんね。あなたにとって価値があるものでも、私からしたらただの石でしかありませんから」
厳しくも正しい言葉に肩を落とす。
他に何かないかと思案していると、今度は魔法陣技師が口を開いた。
「ただ……私にとって価値あるものを見つけました」
彼女にとって価値のあるもの。
分からないけれど、見つけたと言うからには私が持っているものなのだろうとは思った。
その解答は思いもしないものだった。
「あなたですよイゼルさん。2か月うちで働いていただければ、解呪の魔法陣を作って差し上げます」
「イゼルを? 何で……」
疑問を口にするリック。
私も疑問には思ったが、よく考えれば心当たりはあった。
働くことを要求するということは、何らかの能力を求めている。
私が魔法学校卒業の証を見せて、彼女は価値あるものを見つけたと言った。
そして彼女の仕事は魔法陣技師、自ずと答えは導かれる。
「魔法学校主席ということは、魔法に精通した知識をお持ちですね? その知識は私にとって値千金の価値があります。私の魔法陣研究に協力してくれませんか?」
予想していた言葉だった。
だからこそ、私の返事はもう決まっている。
声が取り戻せる。それも皆にこれ以上負担をかけることなく。
ただ私が2ヶ月辛抱するだけならば断る理由などあるはずもない。
〈今の私にそんな大金は稼げないから、その提案を受〉
快諾しようと文字を書いている途中、腕を掴み返答を止める者が居た。
両者合意の契約を止める第三者など、この場にはリックしか居なかった。
「1か月にしてくれ。残りの半分は金で払う」
「ふむ、私はそれでも構いませんよ?」
勝手に返事をされ、私は腕を掴み返した。
半分の金貨25枚にしたって一朝一夕で稼げるような金額ではない。
折角私の問題を私一人で解決できる条件なのに、わざわざ変える必要なんて無い。
訂正するように目で訴える。
しかしリックは見つめ返し、強い口調で言ってきた。
「呪いを受けたのは守れなかった俺たちの責任でもあるから。あと……あんま長い期間離れ離れってのは、ちょっと辛い」
聞いて、一瞬放心する。
肩が震え、思わず無声で笑ってしまった。
格好つけたかと思えばあまりにも女々しいことを言ってくるものだから、我慢ができなかった。
笑いすぎて思わず涙を零し、震える腕を抑えながら文字を書く。
ただ一言、〈ありがとう〉と。
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