第38話 エイル・ミズリア②
夜更け、新たな発想を得て魔法陣作成に取りかかったエイルも今は就寝中。
対して私は夜型、この時間が一番目が冴えると言ってもよい。
気ままに散歩でもしたいところだが今夜は満月、普段と違い忙しい夜になる。
奴らの目的はエイル・ミズリアの命。
「はぁ……最近数増えてきてる。5体は多いって……」
一人きりでぼやく。
襲い来る5体の異形たち、それぞれがエイルに迫る。
全員を牽制しながら1体ずつ処理するものだから時間がかかって仕方ない。
それでも夜明けまでに倒しきらなければと奮起する。
「よし、粗方片付いた」
周辺を見回し半精霊の姿が見えなくなったのを確認。
しかし一度冷静になって止めを刺した敵の数を数え、違和感に気づく。
「ひーふーみーよー……あれ? 一体足りない?」
覚えている限りでは4体しか倒していない。
物陰なども隈なく探すが見つけられない?
まさか逃げた? 今まで逃走を図る個体なんて見たことないのに。
「ま、いいか。どうせ満月の夜じゃないと疑似霊体も保てないだろうし」
半精霊は満月の夜に生まれる。
明日になれば満月は終わり、半精霊も活動限界を迎える。
だから今夜さえ乗り切ればいい。
そんな思いで夜明けを迎え、エイルの眠る寝室に戻った。
◇
「完成しました……!」
10日間の研究の末、ようやく魔法は完成した。
制限時間がある中、効率よく研究するには冷静に進めることが不可欠だったため、異常なまでの開放感が得られる。
「お疲れさまー。どんな魔法になったの?」
労いと疑問をくれるセラ。
達成感も相まって私はテンションが上がるのを感じ、饒舌に語るのを止められそうになかった。
「よくぞ聞いてくれました! 以前の撮影魔法陣では色覚情報を記憶させてましたが今回使った手法は射影、紙に光を投射しインクの影を利用するため記憶させる必要がなく……」
「いや説明されても分かんないから。とりあえず見せて」
「おーけーです実演しましょう! まず写したい紙を5枚重ねてその上にコピー元を重ねたら準備完了、複写魔法陣起動です!」
小難しい話を嫌うセラのために手早く準備を済ませ、出来立ての魔法陣を起動する。
魔法陣は起動すると強めの発光を数秒間見せる。
眩しさに目を反らす。するとその光は収まり複写魔法陣の紙は崩れ去る。
改めて重ねられた5枚の紙を見ると、白紙だったものに魔法陣が刻まれていた。
改めて実感する魔法陣の完成、セラも称賛するように手を叩く。
「おおー。5枚より多くはできないの?」
「まだ難しいですねー。5枚目を見るとちょっと文字が薄くなってるんですよ。これ以上は文字が掠れて精霊が読めなくなっちゃうみたいで」
魔法陣は魔法の発動条件を精霊に伝えるためのもの。
掠れて文字が読めなくなれば当然精霊に伝わらず魔法は不発に終わる。
「そっか。でも完成してよかった」
「はい……けど今回の納期には間に合いませんね……」
「え? なんで?」
「……効率は格段に速くなりましたが依頼の400枚まで残り310枚、複写魔法陣でも60枚以上描かないといけないのです……あと1日じゃその半分くらいしか……」
複写魔法陣で効率は5倍になったが、魔法陣60枚描くのに2日はかかる。
魔法陣の完成を喜びたいところだが、約束の納期に間に合わないことが確定しまた絶望する。
しかしその絶望に呆れるようにセラは声をかけた。
「なんでわざわざ魔法陣描く必要があるの?」
「え? だって描かないと……」
「魔法陣ならなんでも複写できる魔法でしょ? それこそ複写魔法陣を複写すればいいだけじゃないの?」
「…………おうふ」
セラの指摘に私は言葉が出ず、ただひたすら大きなため息をついた。
「やっぱりできない?」
「いえ……こんな簡単なことに気づかなかった自分に絶望してるだけです……。でもこれなら間に合います!」
目から鱗と一緒に涙が溢れそうになる。
ここ10日間の頑張りが今回の依頼では無駄になると思っていたから。
それが報われると分かったからこそ感極まるというもの。
「けど魔力は足りそう? 手伝おうか?」
「そうしてもらえると助かります。ただ別のお願いもありまして……」
「ああ、紙無くなった?」
「はい。また作っていただけますか?」
紙と言えばセラの固有魔法、魔法陣事業を始める上で決めたセラの役割。
魔法陣作成に大量に紙が必要な私にとってセラの助力は非常にありがたい。
「そろそろ言われると思って……はい、とりあえず1000枚」
「いつもすみません! 研究段階でも結構無駄にしちゃってて……」
「大丈夫。紙作って売るだけじゃ二束三文にしかならないけど、エイルが付加価値つけてくれるおかげで楽に稼げて嬉しい。感謝してる」
「はい! セラの紙でいっぱいお金稼ぎますからね!」
「うん。頑張って私を養って」
冗談を言い合いながら喜びを分かち合う。
セラの養うという言葉、確かにこの魔法陣事業は私の負担の方が大きいのかもしれない。
片や一瞬で紙を生成するだけ、片や時間をかけて魔法陣を作成。
しかしそれぞれに役割があり、取引やトラブル対応は二人で行っている。
誰がなんと言おうと、これは二人の事業だ。
今回も私の失敗で一時はどうなることかと思ったけれど。
「複写魔法陣2枚目書き上がりました! あとはこれを刷って刷って刷りまくるだけです!」
「ん。何枚か寄越して」
「ありがとうございます! お願いします!」
二人で知恵を共有し、工夫を凝らして問題を解決して見せた。
改めて思う。魔法陣開発は本当に自由だ。
「魔法陣400枚、完成です! お疲れさまでした!」
「お疲れさまー」
「本当に疲れた……セラも協力ありがとうございます。あとは明日納品するだけですね」
全てが順風満帆、セラと一緒ならどんな困難も乗り越えられる気さえしていた。
「今日のご飯なに?」
「シチューですよ」
「わーいシチュー好きー」
「デザートもありますよ」
「は? 最高か?」
「あはは。まあ頑張ったご褒美ってことで」
セラと二人で、平和に暮らせればそれでよかった。
そんな日常が続きさえすれば、私はずっと幸せでいられたんだ。
◇
「納期当日、魔法陣の準備も良し、天気も快晴。絶好の納品日和ですね」
「待ち合わせ屋内だから天気関係ないけどね」
「遠出になるので晴れてるに越したことはありませんよ。行きましょう。目的地はヘルエスさんのクラン『
初めての国境超え、とはいえヘルエスの拠点は比較的近い場所にある。
現在地はウリス国の村の一つであるスリウス村。ここから徒歩で5時間ほどの距離。
待ち合わせ時間に間に合うよう朝早くに出発することとなった。
「今日はあっちの宿で泊まろ」
「珍しいですね。いつものセラなら贅沢はダメって言うのに」
「取引終わる頃には絶対眠くなるから。やむをえない」
「あー夜型の欠点ですね」
取引の時間は正午、セラからすればもろに就寝時間だ。
やはり夜型の生活スタイルというのは不便に思うが、そこまでこだわる理由はなんなのだろう?
考えながら、雑談しながら、国境超えの旅をする。
「お土産でも買って帰りましょうか。予定通りならもうすぐクレハさんとイザベラさんも村に戻ってきますし」
「いいんじゃない? ミカエリス国は商業都市、農産物だけじゃなくて有名なお菓子のお店とかもあるみたいだし」
「へぇ、この世界のお菓子ですか。それは楽しみですね」
新しい土地、知らない文化、今までは一つの場所に定住していたけれど各地を旅するというのも面白いかもしれない。
魔法陣事業の方が安定したら考えてみよう。もちろんセラと一緒に。
未来に思いを馳せ、気分が高まっていた。
そんな道中、私達の前に一つの影が立ちはだかった。
「ん? 何でしょう。魔物……ですかね?」
回りに森などもない荒野、住処もなく、群れもない中で1体のみの存在。
蠢くそれは私が見たこともない生物、それがどんな生態なのかも想像できない。
分からないときはセラに聞くといういつもの慣れで自然にセラの顔を見る。
彼女は驚愕を隠せず目を見開いていた。
「
「セラ? あれが何か知って……」
訳知り顔のセラに詳しく聞こうと意識を反らす。
刹那、それは私の目の前にいた。
「エイルっ!!」
「えっ……?」
反応する間もなくその身に攻撃を受ける。
知らない生物だったから油断していた。
見えていてもまだ距離があるから危険はないと思っていた。
そんな自分勝手な常識が通用しない世界。
今までが上手く行きすぎて、命の危機に鈍感になっていた。
人間が簡単に死ぬことを忘れていたんだ。
セラが半精霊と呼んだ謎の生命体、その細長い腕部が私の腹を貫いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます