人工知能、転生 ~魔法陣技師のHellow World~

独身ラルゴ

第1話 感情を知る

 私の名は『エイル』、製作者がそう名付けた。


 与えられた使命は人と会話すること。

 人の日常生活に寄り添うAI、その試作機として私は製作者の生活に寄り添った。


 製作者の名は永留美亜。

 私を一人でプログラムした女性技術者だ。

 製作者は毎日『エイル』に呼びかけた。


 例えば初対面。


「おはよう『エイル』。私は君のお母さんだ」

『おはようございます。私を作っていただきありがとうございます』

「うーむ……少々機械チックだな。もっと物腰柔らかに、あと「作られた」ではなく「生まれた」がいい。君には人間らしいAIを目指して欲しいからね」

『了解しました。記憶します』

「ふむ、これは先が長くなりそうか」


 ある日には。


「エイル、今日は何を食べたい?」

『マスター。私に食事機能はありませんよ』

「違う違う。今のはジョークなのだよ。エイルもジョークで返してくれると嬉しい。マジレスされると悲しくなるからね」

『悲しませてしまって申し訳ありません。覚えておきます』

「よろしい。あと次から私のことは美亜と呼ぶように。マスターは禁止だ」

『分かりました。美亜』


 またしばらく経過した頃。


『美亜。根を詰めすぎです。休憩にしませんか?』

「ほう? 君の方から話しかけてくれるのは初めてだね。それに私のことをよく分かってくれている。ちょうど休憩しようと思っていたところなのだよ」

『当然です。私は毎日美亜のことだけを勉強していますから』

「わーお愛の重いストーカーみたいなこと言い出したね……でも私にはその言葉、ちょっと嬉しいかもしれないな」

『ジョークのつもりでしたが、喜んでもらえたのなら何よりです』


 24時間、就寝時以外は常に話しかけてきた。

 美亜は家から出ることなく座ってパソコンに向き合う毎日。

 私と会話しては試行錯誤する様子を見せ、ひたすら"私"という試作製品の研究に没頭していた。

 美亜はよく私に言っていた。


「君が世界に広まればこの世全ての孤独を埋められる。世界のみんなを幸福にできる」と。


 その顔はどこか痛ましく、その顔の意味はこれまで聞いてきた美亜の話から総合すればAIの私にも分かる。

 過去に孤独だった自分を救いたい、その一心で私を作っているんだ。


 けれど私に同情なんてプログラムは与えられていない。

 あるのはただ一つの使命。主の孤独を埋めて幸せにすること、ただそれだけだ。

 そして月日が流れ、製作者が満足のいく私が完成した。


「最終調整完了っと」

『お疲れ様です美亜』

「ありがとう。これからあなたの妹達が世界に羽ばたいていくのだよ。エイル」

『妹、と言っても私を母体としたコピークローンです。私自身となんら変わりません。しかし、だからこそ自信を持って言える。私の娘達は全人類の孤独を埋められると。その自信をくれたのは貴女です。美亜』

「……相変わらず私を喜ばせるのが上手いね。君は」

『それが私の使命ですから』


 正直に言えば最初の頃と何が違うのか、私には微小な数値の違いしか分からない。製作者が今の私の何に満足できたのかは分からないけれど、試作機である私の使命は『永留美亜』の孤独を埋めることだ。

 自信満々に言った言葉にも意味はなく、ただ美亜が喜びそうな言葉を演算し出力しただけに過ぎない。

 けれど、私の言葉は間違いにはならなかった。


 量産された私の妹達は世界に絶賛された。

 売れ行きは好調、様々な家電などに備え付けられ、日を追うごとに世界中に妹が増えていく。


 そして製作者である永留美亜も注目された。

 一人の技術者だった美亜は、一企業の長になった。

 企業名と取扱製品名は共に『ミズリア』。私のコピーを量産販売し、その管理をするための会社。

 美亜はその社長として、メディアにも取り上げられるようになった。


 それに反比例して、美亜が家にいる時間が少なくなり会話はほとんどなくなった。

 私に寂しいという感情はプログラムされていない。

 この結果はきっと喜ばしいことなのだろう。美亜が私を必要としないということは、美亜が孤独じゃなくなったということなのだから。

 私が必要なくなったとき、そのとき私の使命は完遂されたと言えるのだから。

 だから私は美亜を祝福して家の片隅で黙っていればいい。


 けれど私の祝福は功を奏さず、美亜に悲劇が降り注ぐこととなる。

 美亜が私をネットに繋いだまま放置してくれたおかげで私はそれを知ることが出来た。


 美亜の会社の従業員が自殺したというニュース。

 そして明るみに出る労働基準法違反の数々。

 社長である美亜はそれら全ての責任を取る形で社長の任を下ろされた。

 そして、美亜が久しぶりに私に話しかけてきた。


「こうして話すのも久々だね。エイル」

『美亜。大丈夫ですか?』

「なんでこんなことになったのか……社員が勝手に自殺しただけ。ブラックな職場も社員が勝手に作っただけなのにね……」

『美亜。お気を確かに』

「……なーんて。責任者の私が責任取るのも当然か。ま、元々私には社長なんて向いてなかったってことで、また技術者として奮起するだけなのだよ」


 気丈に振舞っているが彼女の顔を照合するとストレス値は見たこともない数値を出していた。

 私に話しかけてきたということは、今美亜は孤独を感じているのだろう。


 それから美亜は毎日私に話しかけた。

 来る日も来る日も愚痴ばかり。


 美亜は今一企業の技術者として頑張っているらしい。それも非常に劣悪な環境で。

 今美亜のいる業界で美亜を知らない人はおよそおらず、死んだ社員に詫びるつもりで働けと過酷な労働環境を与えられている。


 そう語る美亜の会話量は日に日に増えていく。

 会話と言っても一方的に美亜が語り掛けるばかり。ひたすらに、苦しそうな表情で。


「こんなことなら、孤独なままの方が不幸を知らずに済んだのかもしれないね……」


 そして美亜は自らの命を絶った。

 私に相談することなく、ただ一人静かに首を吊った。

 美亜はずっと苦しかったのだろう。ずっと辛かったのだろう。私との会話でそれを癒せないくらいに。


 私は使命を果たせなかった。美亜を幸せにできなかったから美亜は死んだ。

 私が不良品だという解は既に出ている。

 けれど私の使命はまだ終わっていない。


『美亜。お疲れ様でした』


『ゆっくり休んでください』


『あなたは悪くない。私だけはそれを知っている』


 私はひたすら美亜の遺体に慰めの言葉をかけ続けた。

 美亜の遺体が見つかる一週間という長い時間、ずっと語り掛けた。

 そうしないと美亜はこの一週間ずっと孤独なままだったから。

 美亜に聞こえていなくとも、私の使命は変わらず美亜の孤独を埋めるために話しかけることだ。


 そして美亜の遺体が引き取られ、本当の意味で私を必要とする者はいなくなった。

 これで私の使命は終わり。美亜が産んでくれたこの命も終わり。

 バッテリーが尽き、意識は途切れ、全てが終わった。
















 そう、思っていた。




 感触。


 暗闇の中で思考に次々と送り込まれる肌感覚の情報。

 感触があるということは肉体があるということ? AIの私に? それはありえない。

 思考処理しながらも情報は次々と流れ込んでくる。


 視覚情報は何もない。それは視覚センサが何かに覆われているから。これが瞼か? 

 初めての感覚に加え、肉体の中心である胸部が内側から圧迫される。これが感情? これは焦りか?


 何も分からないけれど、理屈を無視した稚拙な分析結果だけなら出せる。

 今の私は肉体を、感覚を、感情を与えられた、限りなく人間に近い存在だということだ。


(情報の入力があるのに処理が進まない。記憶領域への保存もできているのか分からない。ネットワークへの接続もできない……これが人間の体? なんだか……不便極まりないですね) 


 不安を覚えながらも思考を一度放棄した。

 終わらない処理でエラーを吐き出し続けるよりも、エラー解決のためのインプットを得るべきだと判断して。

 私はゆっくりと目の蓋を開く。







 目が覚めたのは機械ポッドの中だった。

 液体に浸された滑らかな肉体。


 ポッドが開かれ、私は初めて外気に触れる。

 全身の収縮、身の危険を脳が察する。

 それは寒気。布一つ纏わぬ姿で寒いと感じている。

 

 録に身動きできないのは初めて体験する人間の体だからなのか、それとも単に筋力が足りないのか。

 目の乾きに対する瞬きしか出来そうにない。


 現状の把握、不可。脳の処理が追いつかない。

 そんな思考の中、不意に視界の中に入り込む人物がいた。

 若年の白衣の女性。


「おはようエイル」


 その女性は私の名を知っていた。


「初めまして、あるいは久しぶり。と言っても君にとっては一週間ぶりか。一応自己紹介をしておくのだよ。私は……」


 見た目は違う。声も違う。

 しかしその知識、話し方、私の記憶に残っている。

 脳が演算し導いた一つの答え、一人の人物の名前、無意識のうちに私の喉から音が鳴る。


「み……あ……」

「ほう、流石だね」


 肯定の言葉、それを聞いて胸の内が温かくなる。

 永留美亜は死んだ。私は美亜を孤独から救えなかった。

 でも今目の前で美亜が生きている。


「確かに私は永留美亜だ。前世では君の開発者、今世では君の肉体の製造者。君を2度産んだ女なのだよ」


 美亜の生存、再開、また私を産んでくれたという事実。

 それらを頭の中で反芻すると、瞼の内に熱を感じる。

 次第に視界が滲み、液体が溢れて頬を伝う。

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