第八話

 文亀三年五月、細川政元ほそかわまさもとは細川六郎を養子に迎えると同時に元服させ将軍足利義澄あしかがよしずみより偏諱へんきいただ澄元すみもとの名を名乗らせた。

 晴れて細川澄元は政元の養子となったのである。

 しかしそこには功労者の薬師寺元一やくしじもとかずの姿はなかった。

 澄元の名に自らの通字である元の字を与えることで阿波家の顔を立てたが、澄之の廃嫡はいちゃくは行わなかったため、細川家には世継ぎの権利を持つ者が二人になったのである。

 元一は出仕を停止することで政元を暗に非難していたのだ。


 「元一の馬鹿者めが・・・」


 政元はそう独り言ちたが二人の関係は完全に亀裂が入ってしまっていた。

 

 澄元が元服を済ませた日の夜、政元は澄元の側付きとして上洛した三好之長みよしゆきながを中のなかのまに呼び寄せた。

 政元は顔を見るなり之長に


 「久しぶりだな。そなたよく再びみやこに足を踏み入れたものだな。しかも六郎に先陣を命じられたとか、気に入られたものだ。そなたが土一揆つちいっきを主導して大悪働いたこと、京の誰もが忘れておらぬぞ。」


 冷たい目線を向けると之長は大きな体を恐懼させた。


 「私も二度と京の土を踏むつもりはございませんでしたが、この度は大殿の命により六郎様の側付きとして参ったのです。お許し願いたい。」


 そう言って平伏する之長に政元は


 「左様か、主君の命であれば仕方あるまいな。京も今は物騒故ぶっそうゆえにそなたを側に付けたのであろう。儂もそなたの様な武勇に優れた人間は他に知らぬ。過去のことはもう済んだ話だ、だが、澄元は京兆家の養子となった。であればそなたは京兆家の家臣、しっかりと働いてもらうからな。」


 厳しくも嫌らしい口調でそういった。

 若い時の之長は阿波細川家の家臣として過去京で活動しながら、何度も土一揆つちいっきを主導して京を混乱に陥れる事が度々あった。

 一揆の主導は土地や賦役で苦しみ、それを取り返そうともがいている百姓、地侍ぢざむらい馬借ばしゃくらへの同情心から発露した行動ではあったが、その事で京では大悪の者として名が売れていたのである。

 一度政元自身で之長を捕縛しようとしたが、成之の取り成しがあったため見逃されたことがあった。

 そのような事情もあって之長は政元には頭が上がらない、だが之長は内心で

 (この烏天狗め、俺を合戦でいいように使おうと考えておるのだな。)

 と苛立たしい気持ちになったが過去に積み上げた悪徳が之長に拒否することを許さないのである。

 之長は苦々しい顔になったがその顔は平伏して見えていないはずだ。


 「御意のままに」


 之長は内心嫌だと思いながらもそう答えると、政元はその本心を知ってか知らずかニヤリと笑って之長の肩に手をやると


「良かろう。しっかりと務めるのだぞ。」


 そう言って一人之長を残して中の間を去るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る