十九話

 永正元年八月末日、薬師寺元一やくしじもとかずの下に細川政元ほそかわまさもと帰洛きらくが九月五日になるとの報告が入ると、元一は赤沢朝経あかざわともつねと謀り、五日の朝に挙兵、政元がみやこに入ったのを見定めて細川邸を包囲攻撃をすると定めた。

 招集した足軽共は九月四日に芥川(現在の高槻市)の自邸に詰め込み、食事や酒を与えて鋭気を養うと言う事まで取り決めたのである。


 謀反の決行日を三好之長みよしゆきながに報告すると、之長は早速阿波館あわやかた細川成之ほそかわなりゆきに書状を送ったが、その書状の内容は元一らの期待に反し、兵を集めて領国である阿波、讃岐の防衛を固めるようにと送ったのだ。

 之長は既に元一の行動に失望し、失敗することを予期していた。

 謀反が失敗して事が露見すれば阿波は征伐の対象となる、失敗する謀反に援軍など送って領国を手薄になどできないのだ。

 そして元一の行動は足軽に扮した密偵により、弟の薬師寺長忠に筒抜けとなっていたのである。


 手ぐすね引いて待っていた長忠は、報告を受けると、九月四日深夜、早朝の出発に備えて寝静まっている時間に元一の館を夜襲すると決め、西宮の守護代館に兵を集め攻撃の準備を始めたのだった。

 長忠は周到に密偵と示し合わせ、攻撃の刻限となると同時に鏑矢を放ち、その音に合わせて門を開けて館内部に乗り込む事、門は南門と西門を解錠し、東門は手薄にする事と言うところまで念入りに話し合った。

 わざと東門を開けて囲師いしを欠く事で、恐慌した敵を東門から逃走させて、忠誠心の薄い足軽の軍勢を自壊に追い込むと言う軍略までねったのだ。


 九月四日夕刻、朝経が百の精兵を率いて元一の屋形に入ると、屋形内には足軽共で溢れんばかりになっており、既に酒などを飲んでいびきをかいて寝ている者までいた。

 朝経の手勢はと言うと、矢傷や刀傷で痛み使い古されている具足だが、しっかりと補修され、武器もしっかりと研がれ整えられ、顔付きも精悍な者ばかりだった。

 自らの手勢と、そこらで酒をかっくらい雑人ぞうにん共に悪戯いたずらなどをしている足軽共を見比べると、朝経にはこの作戦は勝ち目が無いものに思え、今すぐにでもみやこきびすを返して、何事もない顔で政元の下で政務を行いたい気持ちが一瞬よぎるが、朝経はここまで来ては一蓮托生いちれんたくしょうと気持ちを押し殺したのだ。

 一方で元一は手勢二百と食い詰め足軽共を含めて合計で六百ほどの規模の軍勢となっており、途中で雑兵を駆り集めて千ほどの軍勢で京に攻め上がるつもりだった。

 元一の中では相手は油断しているのだから千も軍勢がいれば京は混乱し勝利できると踏んでいた。

 その上で阿波からしっかりと準備された軍勢が援軍で攻め上ってくると思い込んでいるので、もう頭の中では澄元を擁立したつもりになっていたのだ。

 当然元一は兵の士気や練度など気にもせず、一人で合計で六百の軍勢を集めたことに満足して上機嫌で朝経を出迎えた。


 「やあやあ、朝経殿、ようやくこの時が参りましたな」


 ご機嫌な元一に朝経は不安になりながら


 「ああ、そうだな。」


 言葉少なに答える。

 上機嫌な元一の顔を見た後に、そこかしこで阿呆面あほづらで食事をしている、食い詰め足軽共を見ると朝経は内心


 (戦の解らぬ男め。此奴の口車に乗らずに和睦せず、援軍をまつべきであったか・・・)


 とついため息が出てしまった。

 元一はその様子を見て内心で


 (手勢百とは少ない、やはり俺が多く兵を募らねば、事はならなかったのだ。朝経め恥じてため息を吐くとは、少しは俺の労苦を理解したか?)


 と頓珍漢な事を考えて、お互いの考えは既にチグハグになっていたのだ。

 

 「ところで元一殿、儂の手勢は別に宿所を用意した故、そこで早朝まで休ませたいのだが良いか?」


 朝経は屋形のこの有様を見ると、自らの手勢の気持ちが鈍るのを恐れて、外に野営させる気持ちになっていた。

 野営させるなどと言えば元一は無理にでも引き留めようとすると思い、宿所を用意していると偽ったのだ。

 この言葉に元一は特に引き留めようともせず


 「わざわざ宿所を用意したのか?殊勝なことだな。お好きなようになされよ。しかし刻限にはお願いしますぞ。」


 などと簡単に承諾したのだ。

 朝経は早速手勢を率いて芥川の東方にある安満あまで野営することとした。

 特に深い考えもなく、戦いに慣れた朝経を自ら引き離したことで、元一の運命は暗澹あんたんとしてきたのである。

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