十八話

 管領細川政元かんれいほそかわまさもと鞍馬山くらまやまもってからというもの、薬師寺元一やくしじもとかずは自領内で大胆にも多くの兵を募るようになっていた。

 表向きは世の中が騒がしくなってきたため、領内の守備力の強化と食い詰めの足軽共を雇うことで野盗となるのを抑制すると言うもっともらしい言い訳だったが、そんな言葉では野心を隠しきれないほどに、元一の屋敷には食い詰めの足軽共で溢れていたのである。

 その様な行動に危険を感じていた三好之長みよしゆきながは同じ考えを持つ赤沢朝経あかざわともつねを介して度々警戒するようにと警告を与えたが、元一はその言葉を意にも介さずにひたすら兵力増強に努めたのだ。

 そんな元一の行動に警戒感を持つ男がもう一人いた。

 元一の謀反を一度阻止した弟の薬師寺長忠やくしじながただである。


 この歳の近い兄弟は、普段から喧嘩の多い兄弟で、元一は名前から見て分かるように京兆家より元の字を偏諱へんきを戴くほどに寵愛ちょうあいされた家臣だったのだが、長忠はその様な偏諱をいただくような身分になく、同じ兄弟と言ってもその立場に大きな隔たりがあった。

 守護代の職は兄が摂津上郡せっつかみごおり半国の守護代、長忠の摂津下郡せっつしもごおりの半国守護代と変わらぬ立場にあるように見えたが、摂津上郡は天王寺や堺、京にほど近い島上郡しまかみごおりなどを用地の守護代をしていたのに対して、摂津下郡はといえば伊丹、尼崎、武庫川などの要衝を抱えていたものの、特に目立つ経済拠点もなく、神戸が重要港湾都市として育つのは江戸時代末期まで待たねばならなかった。

 その上隣国の播磨はりまは名将赤松則村あかまつのりむら円心えんしん)の子孫赤松義村が収めていたが、その赤松家では家臣の浦上則宗うらがみのりむねの専横が甚だしく、絶えず争いを起こしていたため、その家中争いがいつ飛び火してくるかわからない状況にあった。

 この様な立場の違いで嫉妬心と対抗心を燃やしていた長忠は、いずれ機会があれば元一を失脚させて摂津一国の守護代になりたいと虎視眈々と狙っていたのである。

 一度訪れた機会では、完全に兄を追い落とすことは出来ず、残念に思っていたのだが、思ったよりも早く二度目の機会が訪れた事を喜び、西宮の恵比寿様が福をもたらしてくれたのだと感謝して刀を寄進するほどであった。


 「兄は再び謀反する。だが先の謀反は未遂で終わったがゆえに追い落とせなんだ。今度はそうはいかん。」


 長忠は政元が鞍馬山に入って一ヶ月した八月初旬には派手に動く兄の動きを不審に思っていたが今度は元一が兵を挙げる直前を狙って攻撃を仕掛けることを計画したのである。


 「九月には政元様が鞍馬から帰洛する。兄は朝経とそこを狙って兵を挙げるはずだ。全兵力を集めて屋形に立て籠もった所を奇襲するのだ。そうすれば豪勇の朝経を引き連れていたとしても負けるはずがあるまい。」


 長忠はこのように計画し、元一の屋形に二人の密偵を足軽として侵入させたのだ。

 政元の油断を誘った事で、自分が油断してしまった元一を、長忠は周到に監視して攻め潰そうと機会を伺うのだった。

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