三十五話

 永正二年五月、細川政元ほそかわまさもとは和泉守護家細川元常ほそかわもとつね、山城下郡の守護代香西元長こうざいもとなが、伊丹守護代伊丹元扶いたみもとすけらに三千兵を与えて淡路に入れると淡路守護細川尚春ほそかわひさはるを大将に総勢五千の軍勢で阿波征伐を命じた。

 細川成之ほそかわなりゆき率いる阿波勢は京兆家けいちょうけの動きを察知すると三好之長みよしゆきなが長秀ながひで親子に三千の軍勢を与えて鳴門なると撫養城むやじょうに入れて防衛に当たらせることとした。

 阿波守護家は讃岐も支配しており、京兆家を除くと細川家では最大の勢力であったが、攻められる立場ともなると阿波から讃岐までの広い海岸線を常に監視する必要性があり、現在動員できる限界の人数を撫養の之長に与えたのである。

 

 撫養城は海岸近くの妙見山みょうけんさんの山頂に作られた中世山城で、山頂の櫓に登れば海越しに淡路島を拝むことが出来るほどの距離の場所であった。

 更に撫養川を渡って鳴門から大河川程度の広さの小鳴門海峡を渡ると、その先の大毛島おおげしまは更に淡路島と近づくことが出来る。

 鳴門海峡は渦潮うずしおが無数に現れる難所ではあったが、距離の近さ故に大軍を率いるのであれば渦潮が発生する時間を避けて、大毛島を渡るのが最短の道筋だったため、淡路の軍勢が阿波に上陸するならば防衛拠点は撫養をおいて他にないのである。

 之長は敵が阿波へ直接攻撃を加えた場合は鳴門と大毛島にまたがる小鳴門海峡こなるとかいきょうを挟んで対峙することを考えていた。

 敵を大毛島に上陸させると撫養城近くの小鳴門海峡まで引き込んで対峙し、別働隊を大毛島の北にある島田島しまだじまから迂回させて夜襲を仕掛けて挟み撃つ作戦を練っていたのである。

 撫養城の櫓で眼の前に広がる大毛島や島田島を指で指しながら之長と長秀は作戦を練っていた。


 「父上、上手く行きましょうや?」


 長秀が心配そうに之長にそう聞くと


 「解らぬわ。敵も別働隊を島田島に送るやも知れぬが、その場合は別働隊が小鳴門海峡を挟んで引き付けてくれる事ともなる。互いに兵を分散した形となるが、その場合は長期戦となるやも知れぬな。だが長期の戦となれば我らの勝ちだ。京兆家も側背に畠山を抱える身。長期戦ともなればうるさく京兆家の脇腹を小突いてくるだろう。そうなれば京兆家も阿波にこだわっている場合ではない。」


 と之長は言ってはみたものの、長期の戦は之長も望んではいなかった。

 できれば上手く迂回作戦が成功すればそれが一番最善なのだ。

 だが、之長はもっと別の展開になることを心のなかで望んでいた。

 それは敵が大毛島に上陸せず、遠く讃岐の浜から十河城に攻撃を仕掛けることだった。

 その場合は長秀にもまだ明かしていない作戦で一気に敵を叩くつもりであった。

 だが、鳴門海峡を挟んで指呼の間である大毛島に上陸しないという選択肢を捨ててまで敵は讃岐まで軍勢を向けるであろうか?

 之長は海の向こうの淡路を望むと作戦に頭を巡らせるのであった。

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