三十六話

 永正二年五月初旬、細川元常ほそかわもとつね率いる三千の軍勢が淡路の養宜館やぎやかたに入ると早速、主将の細川尚春ほそかわひさはるを中心とした軍議が行われた。

 尚春を元常を含め伊丹元扶いたみもとすけ香西元長こうざいもとながの四人は広間の中心に鳴門の地図を広げると尚春が漆塗りうるしの木鞭の先端で撫養城むやじょうの辺りを指して


 「密偵の報告によると敵の主将の三好之長みよしゆきながは撫養城に兵を三千入れて防備を固めておる。我らは鳴門の海を軍船で渡り大毛島おおげしまと撫養の間にある小鳴門こなるとの対岸に敵は待ち構えるつもりであろう。」


 尚春は鞭で撫養城から大毛島と撫養に跨る小鳴門の対岸を指し示しておそらく主戦場となる位置を丸く囲った。


 「こちらは兵が多ござるが渡海戦とは骨が折れそうですな。」


 香西元長がそう言うと一堂が首を縦に振った。

 上陸した先に敵が待ち受けているとなると、いかに大軍でも不利となる。

 下船を狙って敵に襲撃されれば下手をすれば船を拿捕されて退路すら断たれてしまうのだ。

 出来ればそのような不利を避けて戦いに挑みたいというのは誰しもが思うことで、この場所で敵と退治した場合、長対陣は覚悟せねばなるまい。

 長対陣は攻め手に不利になりかねない。

 出来れば兵数の有利を活かして決戦に挑み、一気に勝利したいというのが攻め手側の最善手であった。

 元扶が大毛島の北側に位置する島田島を指し示し


 「こちらの島は海峡もさほど距離がない。こちら側から渡海するのは駄目なのか?」


 尚春は即座に首を横に振って


 「そっちの島は 山が多く、大軍を動かすには難しい。別働隊を送って敵を分散させるくらいなら良いが。戦上手の之長がそのような小細工を見抜かぬはずはあるまい。」


 と否定した。


 「いっそ大毛島を無視して撫養城の眼前に上陸するのはどうじゃ?」


 元常が力強く撫養城を指したが


 「それでは敵の攻撃を誘うだけじゃ。全力で叩かれるぞ。」


 と否定された。


 「ではどう攻めるのじゃ?このままでは長対陣で何も得ること無く退却となるぞ。義経殿のように勝浦から攻め上がるか?」


 勝浦浜は徳島平野南東に位置する浜で源義経が暴風の中荒波を乗り越えて四国に到達したのが勝浦浜であった。

 もしも勝浦浜から徳島平野に何事もなく入ることができれば大兵力の利は活かせるかも知れないが、徳島平野は阿波の中心に位置する場所で、後方の海をぞけば三方から攻撃される可能性があった。

 今回は阿波家の防衛戦であり、義経のように暴風に流される危険性を侵しての行軍でなければ奇襲とはならない。

 流石に無策のまま大軍を率いて徳島平野に上陸しても敵が阿波国中の兵を動員して叩きに来れば敵地で孤立してしまう。

 流石に三将共に揃って首を横に降った。

 征伐軍は良き案が浮かばぬまま三日後には進軍をせねばならぬ状況に不安を抱えるのであった。

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