三十七話

 何も決まらぬまま軍議を終えた日の夜、細川尚春ほそかわひさはるの下に讃岐十河城城主の十河存易そごうまさやすから一通の書状が届いた。

 

 「こんな夜間に何じゃ・・・?」


 夕餉ゆうげを終えてすっかり緊張を解いていた矢先の事で、尚春は不機嫌であったが、緊急だと言うので仕方なく受け入れたのである。


 「十河か・・・敵方の将が如何なる用ぞ・・・」


 まだ戦端が開かれていないとは言え、既に互いに一触即発の状態での敵方の書状は和睦か内通のどちらかかも知れない。

 讃岐の十河氏は讃岐平野の東側である高松平野の南部に城を構えていた。

 元は植田氏うえたしから神内氏じんないし三谷氏みたにし、十河氏が別れ、植田氏本家と合わせて植田党と言われる讃岐支配の重要な在地被官の一つであった。

 尚春自身は相手方のことを良く知っている訳では無いが、何にしても内通であれば有力な作戦が無い現状ではありがたいのだがと書状を開いたのである。

 存易の書状を開いてゆっくりと書状に目を通す尚春の眼は、はじめは少し不機嫌で眠そうな眼をしていたが次第に眼光が鋭くなり、最後には眠気が覚めて、眼は完全に見開かれていた。

 内容は三好之長が増長して阿波家内で専横がいちじるしいと言う事と、植田本家に強い不満を抱いており、もしも讃岐に侵攻した際は神内と共に内通するという内容であった。

 内通であることを期待していたが、まさか本当に内通だとは思ってもいなかった尚春は夜半であるにも関わらず、高笑いが止まらなかったのであった。

 この時初めて、眼前の鳴門に上陸すると言う考えから、讃岐に上陸すると言う考えが頭の中に思い浮かんだのである。


 翌日軍議の際に存易からの書状を見せると細川元常ほそかわもとつね伊丹元扶いたみもとすけの二将は書状を読んで大いに喜んだが、香西元長こうざいもとながは、ほんの少し残念そうな顔で胸元から書状を取り出すと


 「実は拙者も讃岐の一族の者から内通したい旨の書状を戴いておりましてな。これは軍功独り占めと喜んでおりましたのじゃ。」


 などと冗談めかして皆に差し出したのである。

 尚春、元常は元長の書状を読むと十河、神内、香西が内通すると言う事で、これはお味方の勝利は疑いなしと喜んだが、元扶だけは一人不安そうに


 「本当に内通するのであろうか?」


 そう首をひねって


 「同日の同じ夜に同じように内通の書状が届くのは怪しくはないか?」


 と訴えたのである。

 そう言われると浮かれていた三人は冷水を浴びせられたように黙り込んでしまった。

 元扶は少し悪いことを言ってしまったかと疑問を挟んだことを少し申し訳なく思ったが、もしも敵方の策略であれば危険な道を行くことになるのだ。

 シンと静まり返った空間の中で灯火の炎だけがユラユラと揺れる中、全員が「うーむ」と唸って腕を組んで考えていたが、尚春が口を開くと


 「鳴門は既に敵方の備えは万全だろう。讃岐の方が平地が広く戦いやすい。もしも内通が嘘であればその時はもろとも討ち取ればよいのじゃ。」


 そう力強く言った。

 確かに大きな河川が多く、敵に有利な阿波で戦うよりも、川が少なく平地が広い讃岐のほうが上陸もしやすく戦いやすい。

 尚春の言葉は三将を納得させるのに十分であった。

 どのみち鳴門に上陸しても撫養むやの地形を考えると短期決戦に持ち込むのは難しい。

 それであれば例え内通が嘘であっても讃岐に上陸しようと全員の意志が固まったのであった。

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