四十五話

 永正三年二月、阿波の細川成之ほそかわなりゆきは和議の最終調整のために三好之長みよしゆきながを京に派遣した。

 京兆家けいちょうけとは細川澄元ほそかわすみもとを世継ぎとすることで既に話は付いており、京兆家側は約定に信を持たせるために速やかに細川澄之ほそかわすみゆき廃嫡はいちゃくした。

 だが成之からすると元々澄元を世継ぎとする事は決められていたことであり、それだけではもはや和議に応じることは出来なかった。

 そこで和議成立と同時に澄元を摂津守護とすることを確約させるために、之長を派遣したのである。

 

 之長が京に出向く事を知って澄元は屋形の門まで見送りに訪れると不安そうな顔をしていた。

 もちろん之長にはその不安の種は知っていた。

 澄之のことだ。

 恐らく澄元の事だから澄之が廃嫡されたのは自分のせいだとウジウジしているのだ。

 澄元にはこれからは本格的に京兆家の世継ぎとして、守護として一廉ひとかどの大将となってもらわねばならない。

 之長は不安そうな澄元の両肩に大きな手を乗せると目を見て


 「殿、もうこれからは京兆家の世継ぎとなるのです。前までの中途半端な立場ではございませぬ。今はまだ大殿がおる故、子供でも赦されるでしょうが、隠居して殿が跡を継げば拾う者、捨てる者、様々な取捨選択を行わねばいけません。故に大将は捨てる事にも拾う事にも負い目を持ってはなりませぬ。澄之様への態度も同じにござる。」


  自分の心を見透かされた澄元はふっと目をそらす。

 そのような澄元を見て之長は


 (澄元様は阿波で波風なく愛情を持って大切に育てられた。ゆえみやこで 父母の愛情も満足に得ることができず、廃嫡などの憂き目を見て、世の浮き沈みを知っている澄之様と比べるとまだまだ子供なのだ。)


 そのように心のなかで断じると


 (だがそのような澄元様だからこそ、猜疑なく家臣の力を信頼し、発揮させる主君となるのではないか。)


 そう内心で澄元こそ王道をゆく主君になる事を期待し、そう育てようと考えたのである。


 「澄之様はきっと殿を恨んではおりません。澄之様の方が苦い経験を殿よりも繰り返しております。きっと、運命を理解しておりましょう。殿もいずれは澄之様を家臣として扱わねばなりませぬ。強くおなりになさい。殿が弱いことで澄之様が担ぎ上げられ、争わねばならなくなってしまったらどうするのです。」


 之長の言葉に澄元は眉をひそめて首を横に振った。


 「強くあらねばならぬか?儂は澄之様と争いたくはない。澄之様は儂の友なのじゃ。京でわしが阿波を思ってさみしい時、いつも話し相手となってくれた。儂と世継ぎを争う仲なのに、澄之様は儂を信頼してくれたのじゃ。」


 澄元は目に涙を浮かべて訴えるようにそう言うと、之長は肩の手に力を込めて。


 「心に勇を持つ者は人の心をも導くのです。 しかし心に勇無き者を人は嫌います。故に澄之様と争いたくなくば強くありませい。」


 之長はそこまで言って澄元の肩を離すと頭を下げ、馬上の人となると、長秀を先発として阿波屋形を出発した。

 澄元の肩には之長の大きな手に掴まれ、ほんの少し痛みが残ったが、それを之長の激励だと澄元は感じ取ったのであった。

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