四十六話

 三好之長みよしゆきなが長秀ながひで撫養掃部助むやかもんのすけともなって堺に上陸した。


 「いや~、堺は相変わらず様々な人がごった煮のようで。勝瑞しょうずいでもこのようなことはありますまいな。」


 掃部助がキョロキョロとすれ違う多種多様な人種を目で追いながらそう感想すると


 「掃部が堺に入ったのは十年ほど前の話だったか?」


 之長はゆっくりと記憶を振り絞るようにそう言った。

 

 「思い出せませぬが、そうであったような気がしますな。応仁の大戦で暫く京に居着いていたのはもう少し前のような。」


 そう掃部助もあごに手を当てて過去の記憶を思い出そうと必死に考え込んでいたが、どちらにしても掃部助自身が思い出せぬ程遠い記憶のようだった。

 環濠かんごうの町、堺は勘合貿易かんごうぼうえきの始発の港であり終着港でもある経済都市で、会合衆えごうしゅうが度重なる戦乱に飽き飽きして町の外郭を堀で囲い、自治を行う自由都市だ。

 貿易によって明人や明の遥か遠くから訪れてくる紅毛人などと人種の坩堝るつぼであった。

 そのような都市であるから京兆家と関係が破綻しても、一族を堺に留めることができたのである。

 細川成之ほそかわなりゆきも之長との間で、この堺を確実に抑えることで畿内への進出を容易にしながら、会合衆との繋がりを強固にし、堺支配に先鞭を付けようとしていた。

 その為には細川澄元ほそかわすみもとが一日でも早く摂津の守護となることが望ましかったのだ。


 堺にとどめていた三好一族はこの環濠の北辺に館を構えていた。

 この日は館に逗留とうりゅうし次の日には之長が掃部助を伴って京に向かう計画を立てており、長秀は堺に残り新たに館を拡張する計画を立てさせることとしたのである。

 今後澄元の下で京兆家の手綱を握るには軍事力が必要となる。

 阿波出身の澄元の武力の源泉は阿波から伴ってきた家臣であり、即ちそれは三好が率いる兵であった。

 だが畿内に本拠地を持たない三好の兵が畿内に長く留まるには拠点が必要となる。

 堺を支配し、その経済力を恣にしたい阿波や三好にとって、堺に兵を留めることは支配力を強化するためにも最も望ましいことであった。

 その拠点を三好の堺館に置くこととしたのである。

 その為には広い土地の確保と、それらしい理由が必要であった。

 之長は長秀に


 「土地の確保は我らの未来を左右すると思え。会合衆への付届けはそなたの裁量に任せる。理由はそうだな・・・阿波と京兆家の貿易船を管理するための代官所を作るとでも言っておけ。 」


 そう言って拠点作りの差配を長秀に指図した。

 この代官所は後に海船政所かいせんまんどころと名付けられるのだが、これが三好が長く畿内に影響を及ぼす重要な施設となるのは之長の先見の明が生きてのことであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る