四十四話

 阿波征伐が失敗に終わり、阿波と和議を結ばねばならなくなった京兆家けいちょうけは、世継ぎとなったばかりの細川澄之ほそかわすみゆきを廃嫡せねばならなかった。

 澄之は廃嫡されたものの、世継ぎの座は元は細川澄元ほそかわすみもとのものと割り切って居たつもりだったが、数ヶ月とは言え京兆家に、特に義父の細川政元ほそかわまさもとに必要とされたことで以前と違い、少なからず澄之の心に小さな傷を与えたのである。


 (澄元が戻って来るのだ。良いではないか・・・)


 自分にそう言い聞かせることで納得しようとしていたが、澄之を世継ぎとしたい香西元長こうざいもとながは違った。

 元長は澄之に


 「あなたは高貴たる血持つお方、細川の血は京兆家の長となって後、高貴たる血を受け継ぐご子息に与えれば良いのです。澄元様を京に入れてはなりませぬ。私に号令くだされ。今ならば京兆家に一枚岩になられては困る畠山も西の公方様もお味方になってくださります。京兆家の世継ぎとしてお立ちくださりませ。」


 と言って促して来たのである。

 もちろん澄之はその様な言葉に乗るつもりはないが


 「そなたの言葉、謀反ぞ。」


 と強く諌めても元長は


 「では私の首をお斬りなされ。若様の事を思えばこそ申しておるのです。」


 鋭い眼光でそう言うのである。

 元長は澄之の執事しつじでもなければ烏帽子親えぼしおやでもない。

 何故そこまで肩入れするのか澄之には理解が出来なかった。 


 「そなた、何故私をそれほどまでに世継ぎにしたがるのだ。」


 率直な疑問を投げかけると元長の方こそ何故その様な疑問を投げかけるのか、理解出来ないようで、首をひねりながら


 「若様は関白様の血をお持ちの上に、細川京兆家の世継ぎたる資格もお持ちじゃ、若様が京兆家を継げば足利将軍家と対等、いえ、もはや実権のない公方様を凌駕りょうがし天下をほしいままに出来るやも知れませぬ。」


 と顔色一つ変えずにそう言ってのけたのである。


 (こやつ、儂を担ぎ上げて天下を恣にしたいと申すのか・・・)


 澄之は元長の野心に空恐ろしさを感じ、この場で斬ろうかとも思ったが、人を未だ斬ったことのない澄之に刀を抜くことは出来なかった。

 それに元長は、それが野心によるものとは言え優れた行動力がある。

 そして恐ろしい野心を除けば、自分に価値を見出してくれているのである。

 この男を良き方向に使うことができれば、その行動力が世の役に立つやも知れぬ。

 澄之はその様な考えを持ってしまったのである。

 この様な考えを持ってしまったのは澄之が未熟であったが故であるのだが、その未熟さが世間を変えてしまうほどの騒動を巻き起こすことになるのであった。

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