十三話

 細川澄之ほそかわすみゆきの周辺に一つの派閥が出来上がったことを苦々しく見ていた人間がいた。

 かつて澄之を廃嫡はいちゃくに追い込もうとしていた薬師寺元一やくしじもとかずである。

 元一は細川政元と口論して出仕をやめて屋敷に引き籠もっていたが、外の情報を独自に仕入れて新しい情報だけは常に絶やさないようにしていた。

 やはり嫡子が二人も並立しては細川の家に良くないという気持ちは変えることができなかったのである。


 (政元の考えではいずれ家は二つに分かれてしまう。無理矢理にでも澄元様を当主として擁立し俺が京兆家の舵取りをせねばならん。)


 元一は澄之の派閥が日に日に強まっていくことを恐れ、その考えは強迫観念へと姿を変えていったのである。


 (とは言え闇雲に兵を挙げるだけでは滅ぼされるだけだ。)


 そのように元一が悩んでいた永正元年三月に山城上郡やましろかみごおりの守護代赤沢朝経あかざわともつねが謀反を起こして兵を集めて館に立て籠もってしまったのだ。

 元一はそれをよい機会だと見て兵を集めて謀反しようと企んだのである。

 だが親としての政元は失格だが管領としての政元はやはり油断のならない男だった。

 元一が出仕してこないことを怪しんで密偵を幾人か周辺に仕込んでいたのだ。

 元一の弟の薬師寺長忠もその一人であった。

 長忠から元一の動きが怪しいと報告を聞いた政元の行動は迅速で、元一の摂津守護代の職を解任を将軍足利義澄に迫ったのである。


 義澄は驚き耳を疑ったが政元は自分を将軍にしてくれた恩人でもある。

 断ることは難しい。

 だが赤沢朝経の件もあってみやこの混乱を恐れた義澄は珍しく自分の意志を示し、元一の守護代は据え置きすることで政元と元一の間を取りなそうとしたのである。


 (珍しく意思を示しおって。仕方あるまい、元一が大人しく頭を垂れるのならばゆるしてやろう。)


 政元は傀儡かいらいの義澄が意思を示したことを忌々いまいましく思ったが元一を失うのは惜しかったのか義澄の顔を立てて赦免しゃめんしたのだった。

 実は元一は元は政元の若衆であったのだ。


 政元は修験道を志して女性を近付けようとしなかった。

 だが人間の煩悩ぼんのう如何いかんともしがたい、そこで元一と衆道の契を結んで欲求を処理していたのだ。

 そのような関係であったからこそ元一は政元の嫡子の件でより踏み込んだ意見を言うことが許されていたのである。

 そんな元一が出仕を辞めてしまうという行為は政元には可愛さ余って憎さ百倍であった。

 そのため傀儡の将軍が仲介を申し出たのは忌々しくもありながらも、再び我が手のうちに戻ってくるのであれば赦してやろうと呑み込んだのである。


 こうなれば出仕しなければならない。

 元一はついに、およそ一年振りに京に訪れたのだ。

 元一と政元が久し振りに顔を合わせたのは御所で将軍に取り成しの礼を述べた時である。

 

 「久し振りだの。元一、よくぞ参った。」


 そのように声をかけた義澄は自分の執り成しが元一の謀反を思いとどまらせたことに終始上機嫌だったが、一方で政元と元一は目を合わせようともしなかった。

 政元は内心で


 (ただで赦すわけにはいかぬ。此奴こやつが儂に忠実でないようであれば折を見て討たねばならぬ。)


 と将軍には隠して御所の外に兵を隠して配していた。

 そのような政元の考えは元一にも透けて見えている。


 (どのような無理難題でも受け入れて、生きて摂津に帰らねばならん。俺はただでは終わらんのだ。)


 とお互いにひりついた空気で会談は進んでいた。

 義澄が一通り上機嫌に喋り終えると手番を握った政元がついに口を開く


 「元一、公方様のお執り成しに感謝するのだぞ。儂は先年より出仕せぬそなたをずっと苦々しく思っておったのだ。本来ならそなたを解任して弟の長忠を一国守護代とするべきところなのだがな。」


 と睨みつけると元一は平伏して


 「まことに汗顔かんがんの至りに存じます。先年の澄元様の件で意固地になってしまい、出仕を差し止めたところ、殿に挨拶する機会を失ってしまったのでございます。この度は公方様の執り成しにより、このような機会をいただいて感謝の言葉もございませぬ。」


 などと白々しい事を言って誤魔化すが、政元がそんな誤魔化しを真に受けるはずもなく。


 「そなたのそのような言葉を儂が簡単に、そうかと納得するとは思ってはおるまいな。」


 そう静かに威圧してきたのである。

 元一は恐懼きょうくすると


 「はっ!何なりとお申し付けくだされ。この元一、身命を賭して成し遂げてみせましょう。」


 元一はもういかようにでもしてくれと言わんばかりに自ら役目を申し出たのである。

 政元は元一のその言葉を待っていたのだ。


 「ではそなたには早速役目をつかわそう。謀反人赤沢朝経を説得し恭順させて参るのだ。」


 「ははっ!」


 謀反人への使者は死を伴う危険な任務だ。

 政元は敢えてそのような任務を与えることで元一がどのような態度に出るか見ていたのである。

 少しでも逡巡しゅんじゅんするようであれば御所を出た途端に八つ裂きにしようと企んでいた。

 だが元一は少しの躊躇ちゅうちょもなく、いとも簡単にそれを受けたのである。

 元一が戸惑う事なく役目を受けたことで政元は元一を討つことをやめたのであった。

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