十四話

 薬師寺元一やくしじもとかずは謀反を起こし城に立てもっている赤沢朝経あかざわともつねへ降伏を迫る使者となることを命じられ、否応もなく山城に足を向けた。

 朝経は信濃小笠原家しなのおがさわらけの庶流で、足利将軍家に弓矢の指南を行うほど武勇に長けた家柄であった。

 細川政元自身も弓法的伝きゅうほうてきでんを伝授された事もあり、朝経の武勇を買っていた。

 応仁の乱以降、乱れた世の中では武勇は何よりも価値のあるもので、軍隊の威力はそのまま大将の武力に比例していたため、武術に長ける者は重用されたのである。

 朝経はそうした大将の一人であった。

 武勇に長けた大将を失うことは軍隊の攻撃力を大きく下げることになる。

 そのため政元は朝経を失うことを惜しんで元一を降伏の使者に仕立てたのである。


 元一は澄元の件でも分かる通り根回しや説得を得意にしており、その上、朝経と旧知の間柄であった。

 謀反を改めるように使者とするには丁度良かったのである。


 謀反人への使者は難しい役割だ。

 相手は気が立っている上に疑心暗鬼になっている。

 いくら友だとは言え相手の気にさわらぬ物言いとなってしまうと首が飛びかねない。

 後年、荒木村重あらきむらしげ織田信長おだのぶながに謀反を起こした際に、旧知の仲である黒田官兵衛孝高くろだかんべえよしたかが使者を買って出たために土蔵に閉じ込められて半死半生となったのは有名な話である。


 謀反人への使者が難しいのはもう一つある。

 使者が裏切りを促される事があるのだ。

 その点で元一は一度政元に裏切りを企んでいるため可能性は十分あったが、政元はそうなればもろとも滅ぼしてしまうつもりだ。

 そのため政元は元一が支度を整え馬を走らせると、すぐさま鎧を着込んで側近衆を引き連れてみやこったのである。

 元一はその様な難しい使者を否応もなく受けさせられたのだが、その胸中には陰謀が秘められていた。


 元一が朝経の城に使者として入り込むと城内は弓弦ゆんづるを結んだり、槍先をいだりと兵たちは殺気立ち、女衆は足軽共に握り飯を大量に握り籠城ろうじょうの準備に物々しい有様だった。

 攻囲をしている細川勢とは弓の撃ち合いでの小競り合いなどはあるものの、本格的な攻城は無く赤沢勢は我らの武勇を恐れておるのだと士気は高かった。

 それもその筈で、赤沢の軍勢は政元の命で連年戦いを繰り返しており、練度も戦意も細川の軍勢では最も高く、先年は六角佐々木氏の音羽城を攻撃して散々に苦しめ政元が仲介して和睦しているほどであった。

 その様な強い兵隊を簡単に説得して降らせるには余程の利が無いと駄目だぞと使者の眼の前で弓や槍をしごく事で見せつけているのだ。


 朝経が元一を迎え入れると意外にも朝経は友好的で明るくわざわざ立ち上がって肩を叩いて出迎えてくれた。


 「おうおう、よく来たな元一殿!」


 と茫々ぼうぼうに伸びた針のような無精髭ぶしょうひげから赤々とした唇を震わせて声を上げて笑うと侍女共ににごり酒を供させて部屋から出て行かせた。

 完全に閉じきった部屋に蝋燭ろうそくの光だけが二人を照らす。

 まずは互いに瓶子へいしからさかずきへ酒を移し二人で一杯を飲み干すと


 「元一殿は失敗したようだな。」


 と朝経が先に切り出した。

 流石に旧知の間柄であるから政元とは揉めているのは知っているのだ。

 だが籠城して城を囲まれて情報が遮断しゃだんされているのに何故か謀反が失敗したことを知っているのかは不思議だった。


 「ああ、恥ずかしながらな。だがお主、何故その事を知っておる。」


 元一がそうきくと瓶子から酒を注ぎながら


 「今ここにいる。」


 そう言ってもう一杯飲み干した。

 流石に一年も出仕しないでいた人間が突然心を改めて降伏の使者に現れるのは変だと感じた朝経は元一を試したのだ。


 「それもそうだな。」


 元一も一杯飲み干すと


 「では恥かきついでに朝経殿に申すが、一度政元様に降ってくれぬか?」


 そう言って威儀を正して両手をついて頭を下げた。

 朝経も流石に神妙な面持ちをすると考える間もなく


 「駄目だ。降れぬ。」


 と間髪入れずに切り捨てて「ハハッ」と笑って盃を口に運んだ。

 

 「元一殿は儂に同調して謀反を企んだのだろう?今更使者の物真似なぞ格好つけてせずとも良い、儂の手助けをしに来てくれたのであろう。」


 そう言ってズイッと顔を近づけた。

 濁り酒の口臭が鼻をつき顔を背けたくなるが元一はそれを我慢しながら


 「そうしたいのは山々だが、ここで援軍もなく籠もっているだけでは、何時かは滅ぼされるぞ。」


 そう言って右手で酒臭い朝経の顔を押し退ける。

 すると朝経は大きな声で「ガハハ」と城外の細川軍に響き渡るほどの大きな声で笑ったのだ。


 「儂一人だけではない!援軍は来るのだ!」


 そう言って元一を嘲笑するかのように寝転がって手足をバタつかせたのだ。


 「援軍だと?」


 呆れながらそう言うと

 

 「そうだ。とんでもない援軍がやってくるんだ。一ヶ月程度耐えればな。」


 朝経は重い具足で身を包んだ体をいとも簡単に起こすと元一の目を射抜くように鋭く見据えてそういったのだ。

 その自信満々の顔には嘘偽りなど感じない。

 朝経はニヤリと笑みを浮かべると元一に酒を満たした盃を口に押し付けて来たのであった。

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