十五話

 赤沢朝経あかざわともつねに押し付けられたにごりり酒を一気に飲み干した薬師寺元一やくしじもとかずは、ニヤリと不敵に笑う朝経の顔から背後にいるとんでもない援軍に薄っすらと当たりをつけるが、その人物が本当に動くのかという点に疑念を持ちながら、上機嫌の朝経の興を削がぬように


 「そのとんでもない援軍とやらは、もしや周防すおうの・・・?」


 そこまで言うと朝経は満面の笑みで元一の言葉に重ね


 「流石は元一殿じゃな、明応の頃に大御台様おおみだい(日野富子)と政元に追放された前公方義材ぜんくぼうよしき様を覚えておるか?」


 「ああ、忘れるものか。今は義尹よしただ様と名を変えておるようだな。前公方様は権力志向の強いお方であったが、大御台様と政元様に逆らうところが多く、追放されて現公方様に変えられてしまったが、痛ましい事件であった。今は周防の大内殿に世話になっているみたいだが。まさか大内殿が義尹様を引き連れて、たった一ヶ月で畿内に援軍に来るというのか?馬鹿馬鹿しい・・・」


 元一が若干呆れ気味にそう言ったのは、仮に周防から山城に援軍に現れるとして大軍を引き連れての行軍で本州の西端から京まで一ヶ月というのはいかに精強を持ってなる大内の軍勢であっても簡単にはいかないからだ。

 そして大内が中国地方から大軍を動かすには複数ある条件を乗り越える必要があった。

 一つは九州の少弐、大友との間で起こっている太宰府の支配権争いを制しなければならない事、一つは山陰の尼子を支配下に置く必要がある事、どれもこれも現状では現実的ではなかったのだ。

 ところが朝経は呆れた顔の元一をせせら笑った。


 「そちは知らんのか?実はな義尹様が見事、大内殿と大友殿との争いを仲介してな。今や少弐も意気消沈しておるのだ。尼子が活発だったのも大内殿の目が九州に向いている間に盗賊のように山陰を荒らしていたからに過ぎぬ。後数ヶ月もすれば大人しくなろう。」


 「とは言え一ヶ月では援軍に来れぬということではないか?」


 ムッとした元一は反論するが、朝経はそんなことは気にも止めずに元一の空いた盃に酒を並々と注いで、ゴツゴツと大きな手でパンパンと手を叩いた。

 侍女が新しい瓶子を持って二人の前に置いて引き下がる。

 そして自らの盃に酒を注ぎながら「実はな」と一言言うと盃からこぼれそうな酒を勿体もったいなそうに一口「ズッ」と吸い取り


 「阿波の成之様が援軍してくれるのだ。」


 さらりと衝撃的な事を言ってのけたのだ。


 「成之様だと!」


 元一は流石に予想していなかった事に驚きを隠せず、声を上げてしまう。


 「そういうことだ。澄之様が廃嫡されず、澄元様と嫡子が並立している状態を横紙破りだと成之様はお怒りなのだ。それに成之様は元々政元の権勢を強固にするために擁立された現公方様よりも、追放された前公方様に同情的なお方だ。この機会に政元を京兆家の当主の座から追い落として、澄元様を立て、その上で前公方様を呼び戻すつもりなのだ。澄元様が管領となり、それを成之様と大内殿が支える。その様な絵を描いておる。」


 謀反を起こしたにも関わらず朝経に後ろ暗さがなかったのは後ろ盾に、もう一つの幕府が背後に存在していたからなのだ。


 朝経は文箱から一通の文を取り出すと元一に手渡す。

 文には


 『先年より計画されし西の公方様の件、早ければ翌年、遅くとも翌々年には大内殿を伴い帰洛との由にございます。京兆家に置きましては速やかに澄元様を立て公方様の帰洛の露払いを行いとうございます。かねてよりの計画通り赤沢殿は速やかに兵を挙げますれば、五月には阿波よりせき安宅あたけを並べて堺より上洛いたしますゆえ、よろしくお願い申し上げる。』


 と記されており、政元に泡を吹かせたい元一は内心大いに興奮した。

 もとより澄元を擁立したいと考えていた元一に取ってこの流れは望むところだったが、元一はあえて朝経に頭を下げると


 「朝経殿、此度こたびは俺に免じて政元様と和睦わぼくしてくれまいか?」

 

 と和睦を求めたのである。

 

 「ここまで明かしてそなたはなお和睦しろと申すのか?意味が分からぬわ!」


 怒声を上げると手元に置いていた刀を引き寄せて鯉口こいぐちを切った。

 頭を下げる元一の綺麗な首が朝経の眼の前にあるのだ。

 朝経はその首を落とそうと刀のつかに手を伸ばしたのたのであった。

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