十二話

 細川六郎が澄元すみもとになって、世間では澄之すみゆき廃嫡はいちゃくされたとの噂が広まっていたが、実際には澄之の廃嫡の話は澄元が元服して数ヶ月経とうとしているのにも関わらず浮上してこなかった。

 その事は細川家内部でも疑問視され、当事者の澄之自身もどういう事か全く分からず時だけが進んでいった。

 世間では澄元が嫡子という事で落ち着いていたが、実際は細川家には二人の嫡子が並立していたのである。

 当然澄元派の高畠長信たかはたながのぶ三好之長みよしゆきなががヤキモキする中で、澄元本人はこれで良いのだと心の底から喜んでいた。

 

 (澄之様は友人なのだ。之長は二人も世継ぎがいると世が乱れると言っておるが、澄之様が当主に立つのならば私が阿波家との仲を取り持って必ずや細川を支えてみせる。仮に私が当主と立つならばきっと澄之様は私と同じ考えを持ってくれるはずだ。)


 一方澄之の方も


 (澄元が当主となった後は儂は家臣となろう。儂から臣下の礼を取れば世間も速やかに澄元を当主に認め細川の家の絆はより強固になるだろう。澄元も絶対に同じ考えを持ってくれているはずだ。)


 周囲の者共がなんと言おうが、本人たちの間では友誼ゆうぎが取り交わされ、片方が当主となれば片方がそれを支える立場となろうと二人で語り合わずとも知らぬうちに暗黙の了解となっていたのである。

 出会った時間が短くともお互いが一瞬で分かりあえる。

 二人はその様な運命的な出会いであったのだ。

 だがその様な二人の関係を周囲の利権をむさぼろうとする者たちが良しとしなかったのである。


 澄之が横暴の気配がなくなり穏やかな性格となると澄之の人気は鰻登りとなり、元は関白の子ともあって、澄之を当主として擁立し、澄元に補佐をさせようと考える派閥が現れたのである。

 澄之派は澄之自身が細川の血でなくとも澄之の子に澄元の娘、もしくは澄之の娘を澄元の子に与え世継ぎとすれば九条家の血と細川の血を持つ超良血の子が生まれる。

 嫁選びも澄之では元は関白の子と言う家格の高さが足を引っ張っても、その子であれば格は少し落ちる、澄元の娘を正室としても問題は無いとそう云う考えである。

 そして澄之が当主となったあかつきにはもちろんその側近として辣腕をふるい権勢を手に入れたいという考えがあった。

 澄元に付いても澄元には之長や長信という阿波からの側近がいるので旨味が少ない、だが澄之は一度後継者争いから脱落しているので今のうちから唾を付けていれば旨味が多いのである。

 自分の出世のためにも細川の血をより良血にするためにも澄之が当主でなければならない人たちが澄之の側を行き来するようになったのだ。

 その代表が山城下郡やましろしもごおり守護代しゅごだい香西元長こうざいもとながと言う男だった


 香西元長は多くいる澄之派の中でも俺は何が何でも澄之様を当主としたい。俺が澄之様をお側で支えるのだと言う強い心の持ち主だった。

 ただ、その強い心は時に目的の為ならば他の者を傷つけても何ら問題ないと考える危うさも秘めていたのである。

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