第九話

 細川政元ほそかわまさもと三好之長みよしゆきながと中の間で話していた頃、細川澄元ほそかわすみもとは政元邸に与えられた自室で疲れ果ててへたり込んでいた。


 「爺様は元気にしているのだろうか・・・」


 阿波を離れてから堺に上陸して物珍しいものばかりで楽しいことだらけで一時は阿波を思い出すこともなかったが、だがみやこに来てから政元と会い、正式に養子となると阿波が恋しくなるばかりだった。

 厳しくも優しく接してくれた成之、当主となって真面目に振る舞っているが実は冗談が好きでやんちゃな兄の之持、阿波屋形でたくさん悪戯して遊んだ家人や侍女共、まだ阿波を離れて一ヶ月程度しか経っていないのに全てが懐かしく感じる。

 一方で京では成之が付けてくれた之長や高畠長信、数人の供侍ともざむらいと侍女が付いてきたものの之長も長信もこの一ヶ月で知った仲であったし、供侍も侍女も京に少なからず知見のある者たちで固められており澄元と仲の良かった者は一人もいなかったのである。

 澄元は疲れと寂しさでそのまま眠りこけてしまった。


 半刻ほど眠ってしまっていただろうか、ハッと気がつくと起き上がって寝ぼけ眼を擦る。


 「ふぁーっ」


 あくびをして伸びをすると澄元は障子の裏からギッと音が聞こえた気がした。

 澄元はぎょっとすると寝ぼけていて気づいていなかったのか障子に高烏帽子と直垂姿の子供の影が薄っすらと映っているのが見える。


 (誰かが見てる・・・)


 澄元ははじめは怖かったが子供の影だと分かると少し好奇心が湧いてきたのか恐る恐る四つんいになりながらゆっくりと近づき、ひょっこりと顔を縁側えんがわに顔を出すと、そこには澄元とそれほど変わらない年齢の少年が興味深そうに澄元を上から見下ろしていた。


 「そなたが六郎殿か?」


 少年は高飛車な雰囲気をかもしながら尋ねると澄元は突然の質問に呆気にとられて四つん這いのまま上を見上げて固まってしまった。


 「何を固まっておる。挨拶くらいせぬか。」


 そう言って畳んだ扇子でお尻をぺちりと軽く叩かれるとはっと我に返って飛び跳ねて姿勢を正して


 「私、細川澄元と申します。今後ともお見知りおきお願い致しまする。」


 と挨拶をすると少年はそのまま部屋に入って当然のように上座に座ると


 「儂は細川右京大夫政元が嫡子細川澄之と申す。今後もよろしく頼むぞ。」


 とまるで家人と初めての挨拶を交わすかのように気軽に名乗ったのである。

 澄元は突然の好敵手の登場に驚き慌てふためくと大きな声で


 「ええーーー!」


 と驚きの声を上げてしまったのであった。

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