五十一話
「掃部め、婆娑羅者など追い散らせば良いものを、餓鬼だと思うて甘やかしておるな。」
之長は遠間から掃部助が口論しているのを見ると苦い顔をして腕を組んだ。
之長や掃部助にかかれば二十や三十の青年などは子供のようなもの、そのような者達と口論すること自体、掃部助が婆娑羅者を舐めて掛かっている証拠である。
いい加減黙って待つだけの状況に之長は痺れを切らせていた。
一方で掃部助は待ちきれずに苛立ちを隠せない之長に、お構い無しで口論を楽しんでいるようだった。
「そなたらは意外と利口なようだな。儂は三好家家老撫養掃部助と申す。そなたは名をなんと申す。」
などと掃部助は呑気に名のりを上げて
「儂は
と竹田孫七と名乗った相手の婆娑羅者もそれに応じるような始末であった。
このようなやり取りを呆れたように見ていると、掃部助では話が終わらぬと思い、之長自ら群衆を掻き分け横入りし
「掃部、何をしておる。このような関所遊びをする無頼の阿呆共は町人のためにもならぬ。さっさと追い払わぬか!」
と苛立ちながら掃部助に命じると、それを聴いた竹田孫七が顔を真赤にして
「阿呆だと!言うたな!思い知らせてくれる!」
そう言って鞘を後ろに投げ捨てるようにして長刀を疾風のように引き抜くと、之長の胴を目掛けて切り払う。
群衆がどよめき、恐怖のあまりに目を覆い、女共は悲鳴を上げた。
だがその瞬間、金属と金属が打つかり合う音が「ガチン!」と下京全体に響く。
群衆共が恐る恐る目を開けると、そこには長刀ごと弾かれ尻餅をついた孫七と、槍を突き出して之長を守る掃部助、そして刀の柄に手をかける之長が立っていた。
孫七の抜きにくそうな長刀の見事な抜刀と、刀剣技は居合こそが最も剣先が鋭いと言われるのに、それをあっさりと弾き返して尻もちをつかせた掃部助の見事な槍捌きに、群衆たちはまるで田楽の舞台を見せられたかのように「お見事!」と歓声を上げて驚喜する。
今、先程まで強面で偉そうに通行料を払えと脅迫されて鬱憤が溜まっていた下京の町人共が、孫七ら、ならず者の共が素っ頓狂な顔をして、ポカン呆けた姿を見ると胸に溜まった鬱憤がスーッと晴れてゆくようであった。
婆娑羅者共が孫七が尻もちをついたのを呆れたようにポカンと見ているしか無いのは、孫七の長刀の居合術が他を圧倒するからに他ならない証明であるのだが、掃部助の槍技がそれを上回ったのだ。
群衆が驚喜する中、掃部助に恐れを抱いた婆娑羅共の一人が竹の小さな笛を胸倉から取り出して、目一杯頬に空気をためて吹くと「ピーッ」とけたたましい高い音を鳴り渡る。
孫七は起き上がってホコリを払うと長刀を八相に構えて今度は狙いを掃部助にさだめたのであった。
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