五十話
永正三年九月、
天候も晴れ渡り、寺社参詣にはもってこいの日和で、この日は出立前から之長は上機嫌であった。
最近は戦や和議の交渉、摂津への赴任など神経をすり減らし、顔に疲れが浮かび、不機嫌な日が多く、そのため之長の血色の良い顔を見て、心配していた
ところが一行が下京に入ると馬上の掃部助は途端にピンと張り詰めた空気を感じてしまったのである。
掃部助は下京の道をすれ違う町人や貧乏そうな下人の怯えた顔つきを見るだけで何かがおかしいと感じるのだ。
掃部助は輿の側に馬を寄せると之長に
「何かがおかしゅうございます。すれ違う町人共の殆が怯えた顔をして逃散しております。この先にもしや我らを待ち伏せする軍勢共がおるやも知れませぬ。道を変えましょう。」
そう言って促すが之長は輿の小窓を開けて首を横に振ると
「よい、腕の立つ者を用意して参ったのだ。道を変えるのは武士の恥ぞ。敵勢ならばそなたの得意な槍で真っ先に蹴散らせ。ならず者ならば道を退かねば退治せよ。」
そう言った之長は、こうでなければ面白くないと言わんばかりに逆に状況を楽しんでいるようでもあった。
掃部助は槍持ちから槍を奪い取ると之長の言う通り先陣を切るために先導の武士の側に馬をつけ、槍を腰だめに抱えて遠間を見ながら行軍する掃部助の内心は(さすがに戦もないのに京に五百や千の軍勢を無許可に入れる者はおるまい。)と言う計算と(百や二百、何なら千人でも殿のために戦ってみせよう)と言う勇敢さの二つの思考で丁度良い温度となった血が脳の中を駆け巡るのである。
それ故に掃部助の視野に入った
(敵勢かと思ったが・・・なんと餓鬼の婆娑羅集団とは、槍が泣くわい。)
などと掃部助の昂ぶった気持ちが冷めていくのを感じていると、気づけば婆娑羅の集団が野太刀を先導に突きつけて通行を妨げていた。
「そこの高貴なお武家さまの御一行、すまねえがここを通りたければ千貫、通行料で頂こう。」
そう諸肌を脱いで女物の小袖を肩から羽織っている婆娑羅集団の主将らしき者が幼児の戯言のような要求をしてきたのであった。
先導共は婆娑羅の舐めた要求にザワつくと側の掃部助はついおかしくなって大きな口を開けてカカと笑ってしまうと
「爺、笑ったな!?」
婆娑羅の主将は長刀を構えると鯉口を切って柄に手をかける。
とんでもなく両足を広げ腰を低くして鞘を引きずるような見たこともない珍妙な構えに更に可笑しくなってゲラゲラと笑うと
「おかしな構えじゃ。そのような長い刀、いくら手を伸ばしても簡単には抜けまい、それにそなたらのような小汚い愚連の輩が身の程もわきまえず千貫も要求するとは、婆娑羅とはかくも愚かなのか。」
そこまで言うと先導達も掃部助に釣られてゲラゲラと笑ったのだ。
婆娑羅共は憤慨して
「我らの前を通るものには十貫を通行料として要求しておる。そなたらの集団はひい、ふう、みい、よお、いつ・・・五十人ほどおる!その上、中程には立派な輿に乗ったお武家様がおるではないか?五十人で五百貫!お武家様一人で五百貫、合計で千貫はおかしくあるまい!」
と
掃部助はこの瞬間で人数を素早く数え上げ通行料を要求するとは案外頭が良いと内心感心した。
之長の一行は掃部助を筆頭に婆娑羅共の奇妙な言行に完全に油断をしてしまったのであった。
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