四十九話

 永正三年九月、細川澄之ほそかわすみゆきが丹後征伐でモタモタと攻囲戦を繰り広げている間に、京兆家内けいちょうけないでは三好之長みよしゆきながの力が強まり、数少ない澄之派である香西元長こうざいもとなが薬師寺長忠やくしじながただらは、澄之の影響力が徐々に低下していくのを指を加えて見ているだけの状況に不安を募らせていた。

 細川澄元ほそかわすみもとは既に和睦により家督が約束されていたが、三好之長は香西元長のある種、信仰にも似た盲目的な澄之への執着に不気味さすら感じており、いつしか元長を人知れず始末することを考えるようになっていた。

 対する元長も、同じように澄元の勢威せいいみなもとである之長が、これ以上勢力を拡大する前に殺害してしまいたいと考えるようになり、争いの火種は少しずつ燃え拡がろうとしていたのである。


 この月の中頃、之長は珍しく仕事に暇があったため、伏見稲荷大社ふしみいなりたいしゃの参詣を計画した。

 伏見稲荷大社は応仁の大戦の頃に麓から山中に至る社殿の殆どが焼けてしまい、この年の七年前にあたる明応八年に、麓にあたる山下の社殿が再建されたばかりであった。

 応仁の大戦の頃の之長は、京で暴れまわるばかりであったため、伏見稲荷だけではなく寺社そのものに興味が薄れていたが、近頃は澄元の件も落ち着いてきたため、再建したばかりの社殿に興味が湧いてきたのである。

 無骨ぶこつと言われる之長が、そのような社殿に興味を持つことが出来るのも、気持ちに余裕が生まれたからだ。

 之長は早速、撫養掃部助むやかもんのすけに計画を練らせると、留守の雑事は長秀ながひでに委ねて、五十程度の供回りを伴って、京の三好別邸から輿に乗って伏見に向けて出発したのである。


 之長の伏見参詣をすると言う話は、伏見周辺の豪族の間では話題となり、周辺の住民の間でも当日は之長の姿を見ようと噂しあう程度には巷間に知れ渡っていた。

 通常であれば、之長のような敵の多い武人の外出情報を外に流出するのは、暗殺の恐れがあるため危険であったが、以前に之長が土一揆で豪族や国人に味方したことで、地侍共との関係は比較的良好で、之長の号令一つでいつでも土一揆を起こせる程度には気心が知れていたからだ。

 暗殺などはありえないと言うのが、之長の自信の表れであり、最大の油断であった。

 之長が伏見稲荷を参詣するという噂を聞き知った元長は、この機会に之長を、行きずりの喧嘩に見せかけて、暗殺してしまおうと考えたのである。

 三好の別邸と伏見稲荷の位置から之長の一行がどこを通るかを推察すいさつし、下京の三ヶ所の通路に婆娑羅者ばさらものを装った二十程度の一団を配して、之長の一行と押し問答して、勢いで之長を襲おうというのが元長の計画であった。

 一ヶ所に配置する人数は多くはないが、喧嘩が起これば、婆娑羅仲間を寄り集めると言う理由で残りの二ヶ所から援軍すれば良いし、婆娑羅の格好を装うことで之長の一行が舐めた態度を取って油断してくれるのも計算に入れていた。

 元長はこの計画を下に、より綿密に作戦を練るなかで当日を迎えようとしていたのであった。

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