五十二話

 竹田孫七たけだまごしちが長刀を八相はっそうに構えると、殺気に満ちた眼で撫養掃部助むやかもんのすけに狙いを定める。

 掃部助は先程までの孫七との雰囲気の変化に違和感を感じながらも槍をギュッと強く握りしめて孫七の一撃に備える。

 後ろから三好之長みよしゆきなが


 「掃部、ここはそなたに任せる。こ奴らを討ち果たすのだ。」


 と命じると掃部助は少し勿体なさそうな顔をしてから後ろの之長に


 「承知!」


 と応じた。

 腕の立つ孫七を掃部助はらしめて家臣にしたいと思ったのだ。

 腕の立つ武士は誰でも家臣に欲しい、だが掃部助がそのように思うのも無理もなかった


 「奴は巧妙に隠しておるが讃州訛さんしゅうなまりがある。」


 之長が小さくそう呟くと掃部助は全てを察したのかもう一度


 「承知」


 と応じると、それを確認した之長は、供回りと共に群衆を掻き分けてその場を退いた。

 だが後方の輿まで戻ると、そこは既に待機していた家臣共と孫七の援軍として駆け付けて来た婆沙羅者共の間で揉み合いが発生していたのである。

 まだ刀こそ抜いてないものの一触即発の状況に之長は


 (元長め、儂を婆沙羅との喧嘩に見せかけて 亡き者とするつもりか!)


 京兆家けいちょうけの家宰である之長が、無頼漢ぶらいかんとの喧嘩で殺されたとあっては、細川澄元ほそかわすみもとの権威に傷が付きかねない。

 それでなくとも之長は京の武士や貴族に嫌われているのだ。

 香西元長こうざいもとながは右腕たる之長が殺され、権威が失墜した澄元を追い落とすのは、とるに足らないことだと考えていたのである。

 之長は本能的にこれは戦だと判断すると、揉み合いの先頭に立つ主将格に狙いを定め、猛然と突進して力一杯に跳ね飛ばし、そのまま馬乗りになると抵抗する隙を与えず、手にしていた刀で素早く首を掻き斬った。

 そして高らかと首を掲げ


 「者共、三好に逆らう者は何人であろうと容赦はするな!婆沙羅気取りの粋がった餓鬼は問答無用で撫で斬りとせよ!」


 と血塗れになってそう叫ぶと、揉み合いを遠巻きに観戦していた野次馬たちは之長の勇ましい姿に


 「やっちまえ!」


 「そうだそうだ!俺の銭を取り返してくれ!」


 などと歓声を上げ婆娑羅者共に向かって地面の石を拾って一斉に投げ出したのである。

 之長の強さと町衆の声援に意気が揚がった三好の一行は刀を抜いて次々と婆娑羅衆に襲い掛かる。

 一方で婆沙羅共は之長の姿に恐れおののき、また、町人衆の投石に完全に士気を失い、逃げるか斬られるか逮捕されるか、とにかく抵抗らしい抵抗が出来ずに瞬く間に鎮圧された。

 之長はそのまま輿を四、五人の家人に任せて即席で三十人の隊を構成すると、そのまま先頭で戦っているはずの掃部助の援軍に駆け出した。


 その頃、掃部助は孫七との一騎打ちが白熱しているようであった。

 孫七は腕に自信があるのか、味方などは宛てにせず、端から最初の居合の一刀で之長を葬り去るつもりであったが、掃部助の槍の腕前に之長暗殺を阻まれた事で目的を忘れ掃部助を倒すことが主目的に切り替わってしまったのだ。

 お互いにジリジリと間合いを計り、掃部助が引けば孫七が踏み出し、孫七が引けば掃部助が踏み出す。

 どっちが先に動くのか、異常な緊張感が周辺を支配し、孫七の取り巻きの婆娑羅衆も野次馬の町衆も息を飲んで見守る中で、突然之長が一隊を率いて乗り込んできたのである。


 「そなたらの援軍は全て蹴散らしたぞ!」


 之長の一喝に、周囲の緊張が一気にほぐれ、孫七は興が冷めたかのように長刀を下ろすと


 「今回は俺たちの負けだ。各々おのおの退くぞ!」


 そう言って長刀の鞘を素早く拾うと孫七は細い路地の中を逃げて行き、それを合図かのように仲間の婆娑羅達も四方八方に逃散って行った。

 掃部助は「待て!逃さぬ!」と駆け出そうとして一歩踏み出したが之長がそれを制すると


 「もうよい。追い詰めれば手練ゆえ、こちらに被害が出る。何人か捕縛しておる。おそらく香西の家来衆であろう。痛めつけて香西を詰問するのだ。」


 忌々いまいましげにそう言うと掃部助は孫七との戦いが名残惜しそうに


 「致し方ありますまい・・・」


 と逃げる孫七の背中を目で追うのであった。

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