五十三話

 下京での乱闘騒ぎの後、之長は早速捕虜を尋問したが、香西元長は竹田孫七を通じて浮浪の若者共を買い集め乱闘騒ぎに加担させていたため、之長の尋問で香西元長が主犯であると言う事実を得ることは出来なかった。

 ただ、之長が知ることが出来たのは竹田孫七が讃州の出であること、香西元長の食客しょっかくとして飼われていると言う二つの事実だけであった。

 讃州とは讃岐の国のことで、現在は阿波細川家の所領であったが、讃州の国衆の中には完全に阿波家に従うものばかりではなく、その中には小豆島の寒川氏や讃岐西部を支配する香川氏など香西氏なども含めると阿波細川家も讃岐の中ではそれほど大きな力を振るうことは出来なかったのである。

 先年の阿波討伐の際に之長が讃岐の国衆の名を使って敵を小豆島に誘き出されたときも、完全に詐術だと否定出来なかったのは、そう言った讃岐の情勢を踏まえてのことであった。

 事実、討伐軍が小豆島に上陸できたのは寒川氏が討伐軍に参戦し、同調したからこそ出来たことであり、そうでなければ讃岐を攻撃することなど夢のまた夢であったろう。

 竹田孫七が讃州の出であるならば香西元長の家臣とまでは行かなくとも阿波細川家に反発し、香西元長に同調する国衆の武士である可能性は十二分だった。

 孫七が元長の食客であった事から之長を暗殺するために孫七に依頼したことは想像に難くないが、だからといって元長の指示によると言う確実な証拠がなければ孫七が蜥蜴とかげ尻尾切しっぽきりとして処罰されるだけだ。

 之長は孫七の首が欲しいわけではなく、元長の首がほしいのだ。


 一方で之長の暗殺に失敗した元長は新たな策略を練っていた。

 

 「そなた程の達人がしくじるとは、撫養掃部助、流石じゃな。やつも小笠原の流れの者、手練というわけか。」


 顎に手をやり忌々しげに孫七に目をやると孫七は板の間に項垂れて胡座をかいていた。


 「まさかあれ程の使い手がおるとは・・・今も信じられぬ。儂の居合をいとも簡単に弾きおったのだ。やつが側にいる間は之長を斬る事は難しいだろうよ・・・」


 そう吐き捨てるように言うと拳で床板を悔しげに殴りつける。

 余程悔しかったのであろう。

 手の皮が破けて血が滲んでも痛みを感じず何度も床を殴りつけたのである。


 「もう良い、之長は世にも名高い戦上手、その側には手練、儂の計算違いであった。だが、そなたをこうして飼っておるのは、いつかその腕前を儂の役立ててもらうためだ。次は失敗するでないぞ。」


 元長がそう言うと孫七は奥歯を噛み締めて顔を真っ赤にして


 「ああ!あの爺の皺首を必ず両断してやろうぞ!」


 と息巻いたが元長が首を横に振る。


 「あの爺たちはもう狙わぬ。他にもっとやりやすい標的を探すのだ・・・」


 「やりやすい標的だと・・・?」


 元長は武勇に優れた之長を狙うよりも、もっと簡単で影響力のある標的を狙うことを考えていた。

 その標的を元長は目星をつけているようであったが所詮食客でしかない孫七には聞くことは出来なかった。

 之長暗殺が失敗に終わってしまったことで元長はとんでもない大事件を巻き起こすことになるのである。

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長慶の空 きむらたん @kimuratan1979

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