二十四話

  「御厚情ごこうじょう重々承知じゅうじゅうしょうちしております。」


 三好之長みよしゆきながが平伏してそう答えると、細川政元ほそかわまさもとは身を乗り出して怒りをあらわにして


 「だが、前公方の件については特に許すことは出来ぬ。何故成之なりゆき澄元すみもとを養子として絆を深めておきながら、儂を裏切るような真似をするのだ?答えよ!」


 と詰問するのである。


 「殿、お待ちくだされ。我々と前公方との繋がりは噂のみ、前公方は今は大内殿の元でままごとのような幕府を開かれ、帰洛したいがゆえに全国の諸侯を書状にて焚き付けておるのでござる。成之様のところにその様な書状が舞い込む事は無いとは言えませぬが、我々は澄元様が京兆家けいちょうけの養子に入られたおりに怨恨えんこんは無くなっております。斯様かような申されようは前公方様の離間の策に陥ることになりましょうぞ。」


 之長は我ながらよくも思いつきでペラペラと嘘を吐く事が出来るなあと自分で自分に感心するが、所詮しょせん戯言ざれごと、この様な言葉で政元を納得させることが出来るはずはないと思っていた。


 「ふん、その様な言葉、よくもぬけぬけと申せるものだ。薬師寺やくしじの件、前公方の件、澄元のような子供に成せるような策略ではない故、澄元を罪には問わぬが、阿波の成之は別だ。元一もとかずの件が片付いたら必ずや弓矢を持って阿波に報いようぞ。」


 政元は怒りに任せてそう言うと勢いよく立ち上がり之長を無視して上段の間を去っていった。

 之長は起き上がると背中にびっしょりと汗を掻き、冷や汗が滝のように流れ落ちるような気がした。

 分かってはいたがやはり征伐は避けられぬ形勢となったのである。


 (俺の言葉で征伐を避けることができれば良かったのだが、やはり出来ぬか・・・)


 之長は一人残された上段の間を出ると暗い気持ちになりながら澄元の下を訪れたのである。


 澄元は薬師寺元一の件で自分の勝手知らぬ所で自分を擁立ようりつしようとしている者がいることを知って深い悲しみに暮れており、之長が参上したと知るや途端に質問攻めをした。


 「之長、何故義父上おちちうえに呼び出されたのじゃ?何故薬師寺殿は儂を擁立しようとしたのじゃ?勝手な事ばかりしおって・・・!」


 之長は普段は余り感情を表に出さぬ澄元の突然の狼狽ろうばいに驚きを隠せなかったが、一つずつ丁寧に答えようと両手で澄元の肩を掴んでゆっくりと上座に座らせた。


 「政元様に呼び出されたのは、薬師寺殿の謀反に関して阿波の関与が疑われておるからにございます。」


 之長はゆっくりと言葉にすると澄元は興奮してどもりながら


 「あっあっ、阿波の関与だと!?ばっ馬鹿な?兄上か?爺様か?何故だ?」


 と狼狽うろたえ混乱している様子であった。

 澄元は無理矢理自分を擁立しようとする周囲の行動に、みやこでの唯一の友人である澄之すみゆきを出し抜き、裏切ったような気がして、その興奮に歯止めが効かなくなっていたのだ。

 澄元と澄之の関係は之長もある程度は理解していたが、それと澄元が世継ぎになれる、なれないは別の話である。

 之長は阿波家の重臣としても澄元の家宰としても、阿波が京兆家に養子を送った理由から考えても、澄元が澄之にはばかって世継ぎ争いを拒む事を許すことが出来ないのだ。

 そこに西の公方まで絡んできているのである。

 これはもう一個人の私心ししんが入り込むことが許されない、まさに合戦の最中にいると言っても過言ではない。

 之長が澄元に何もかも隠していたのは、澄元が政治よりも私心を優先する可能性があることを危惧きぐしてのことであったのだ。

 之長は黙って平伏すると澄元は段々と顔を真っ赤にして


 「どうしてそなたは隠していたのだ!何故に儂を急いで担ごうとする?神輿は軽いほうが良いというのか?儂は澄之様が世継ぎとなるなら、それでも良いと思うておるのだ!」


 そう我慢して溜め込んだ気持ちを好き勝手に爆発させると、之長は最後の言葉にピクリと眉を動かし、澄元が生まれてから聞いたこともない大音声だいおんじょう


 「お黙りあれ!そなたはどれだけの者共が希望を託して、そなたのために血を流そうとしておるのか解らぬのか!」


 と部屋が揺れたかのような余りの音量に澄元は驚き体を硬直させた。

 之長は平伏していた体を起こして。


 「お許しあれ・・・」


 ゆっくりと頭を下げ謝罪すると澄元は力が抜けた人形のように脇息きょうそくにもたれかかり呆然としてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る