二十三話

 薬師寺元一やくしじもとかず謀反むほん露見ろけんした事で阿波の細川成之ほそかわなりゆきに疑念が及び、三好之長みよしゆきなが管領細川政元かんれいほそかわまさもと詮議せんぎを受けることとなった。

 之長は藍色あいいろ直垂ひたたれで上段に座る政元に平伏すると政元は脇息きょうそくに肘を付きもたれかかりながら


 「此度こたびの薬師寺元一及び赤沢朝経あかざわともつねの件、薬師寺長忠やくしじながただの報告によると澄元すみもと擁立ようりつするために先頃の朝経の謀反の時から計画されていたそうだが、そなたは承知か?申してみよ。」


 と不機嫌そうに之長に問うた。

 単刀直入に政元が聞いたのは、嘘を付いても知っておるぞと威圧しているのだが、之長はここで正直に話せば澄元が阿波に返されてしまう可能性があると考え、敢えてとぼけて見せることとしようと、そう考えたのだ。


 「噂には聞いておりますが・・・まさか薬師寺殿がそこまでの力の入れようとは、とんと思いも寄りませんでした。この様に己の身もかえりみず澄元様を世継ぎにしようと企むとは、いやはやありがたいのか、はた迷惑なのか・・・」


 之長は白々しくそう言ってみせると


 「正直に申せ。儂は眼はごまかせぬぞ・・・!阿波の成之が前公方に同情的なのも、世継ぎの件が曖昧で不満に思っておることも全部な。」


 そう言って脇息から体を起こした政元は威儀を正すと


 「澄元の件は、京兆けいちょう家代々の『元』の通字つうじを与える事で、儂はそなたらに世継ぎと示したはずだ、だが澄元も澄之すみゆきもまだ若い、儂の世継ぎたるに相応しいかは時を見て決めねばならぬ。澄之も昔のように愚かな子ではないのだ。澄元が京兆家に相応しくなければ、非情だが澄之を世継ぎとすることも考えねばならぬ。澄元が世継ぎたるに相応しければ何も変わらぬ。故にそなたがそれまでしっかりと手綱を握っておれば良いのだ。」

 

 政元は之長にさとすようにもっともらしい事を言って居るが、要約すれば気を使って澄元に『元』の字を与えて表向きは世継ぎとしたが、澄元が愚かであればすぐに澄之にすげ替えると言っているのである。


 そもそも細川家代々の通字の『元』の字は京兆家当主の証のように思われているが、細川家初の管領は頼之であり、京兆家の初代当主も実質頼之であった。

 その頼之に子が無く、弟の頼元が頼之の後を継いだために『元』の通字が代々の当主の字となったのだが、だからといって『之』の字が『元』の字に比べて当主の字に相応しくないわけではないのは細川家の係累なら誰もが知っていた。

 だがそれを知っていたとしても、それを今は口にすることは許されないのである。


 「ははっ!殿の御厚情は重々に承知しております。」


 (くそ!烏天狗めが!要はお前の心持ち次第と言う事ではないか。)


 之長は表向きには殊勝しゅしょうな態度だが内心は苛立ちを隠せない。

 体が大きい之長は平伏し続けるのが余り得意ではないが感情が表に出やすい性格のため、こんな時は平伏をしていて良かったと思うのだった。

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