二十五話

 三好之長みよしゆきなが細川澄元ほそかわすみゆき脇息きょうそくにもたれこんで呆然ぼうぜんとしている姿を見ると、少し言い過ぎたと後悔したが、まだまだ子供である澄元に高い意識を持たせるためには何時か言わねばならないことだ。

 之長はそう思って後悔を胸に留めた。

 そして改めて威儀を正すと項垂うなだれている澄元に


 「私も、上洛する前に聞いた噂の澄之様すみゆきさまと、本物の澄之様の違いに未だ戸惑いを隠せぬほどでございます。ましてや同い年の若殿は、歳を取った私とは感じ方も違いましょう。ですが若殿は、大殿、殿、阿波の者達に期待を持って送り出されたのです。武士とはお家こそが大事、そのためには私情を隠すこともいとうてはならぬのです。」


 そう言って優しく諭す。

 まだまだ子供である澄元はその様な感情よりも、澄之に対する友情を大切にしたいと思ってしまう気持ちは解らなくは無いし、之長はその様な若い純真な心を羨ましくも思うのだ。

 

 「儂は・・・」


 澄元がなにか言おうとするが、之長はそれを遮って


 「若殿、実はこの之長、暫くの間、いとまいただきとうございます。」


 そう言って頭を下げた。

 澄元は項垂れていた頭をビクリとさせて顔を上げ目を剥く


 「何故だ!儂が嫌になったのか!?」


 すがるように言うが、之長は頭を横に振って否定した。

 澄元が少しだけホッとしたのも束の間、之長は重苦しく口を開く


 「薬師寺殿やくしじどのの謀反が成敗された後は、阿波が征伐を受けるのです。政元様は既にそのつもりです。薬師寺の謀反とは比べ物にならないほどの戦と相成りましょう。故に私は阿波に帰って迎え撃つ準備を致さねばなりませぬ。」


 之長の言葉は澄元を愕然がくぜんとさせ、言葉もない様子だった。

 澄元のような純真な子であれば、自身に責任をなすりつけて苦しむだろうが、隠していても、もはやどうにもならない状況なのだ。

 澄元にはなんとか飲み込んでもらって成長してもらうしか無いのである。

 

 「私は明日あすにもみやこを発ちます故、若殿の身の回りの世話は嫡男ちゃくなんの長秀と高畠殿にお任せいたします。まあ、殿はお気に召されますな。ただただ何も知らなかっただけにござりまする。お味方御勝利のおりはすぐに上洛して再び若殿のお世話いたしましょう。」


 之長は澄元を励まそうと力強く言ってみたが、澄元は不安そうに


 「勝てるのか・・・?」


 と泣きそうな顔でそういった。


 「さて、勝敗しょうはい兵家へいかつねにござりまする。やってみなければ分かりませぬが、阿波の武士は強うござる。いかに昨日今日仲間であった者でもただでは返しませぬ故、ご安心めされよ。若殿には悪いようにならぬよういたします故、ご安心めされい。」


 之長は自信満々に胸を叩いて高笑いしてみせた。


 その日の夜半、之長は突如京から姿を消したのである。

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