二十六話

 三好之長みよしゆきながが阿波に帰国して一週間が過ぎ、淀城の籠城戦ろうじょうせん膠着状態こうちゃくじょうたいに入っていた。

 薬師寺長忠やくしじながただが二千の援軍えんぐんを得たのと殆ど同じ頃、山城国衆の援軍三百に赤沢朝経が後詰めに用意していた二百の援軍が籠城側にも来援した。

 長忠の軍勢は敵の援軍を迎撃するために五百の軍勢を迎え撃ったが、戦闘開始の直後に赤沢朝経が精兵百を率いて門を開いて出撃してきたのだ。

 広い城を包囲するために軍勢が広く散開していたため、長忠の軍勢はこれに対応できず、思わぬ挟み撃ちを受けて撤退、まんまと城内に援軍を引き入れてしまったのである。

 籠城戦は籠もる側の兵が少数でも有利になる、援軍を引き入れた城兵は士気も向上し、形勢がほとんど互角となったため膠着状態に入ったのであった。

 

 長忠の陣ではより包囲を強固にするために京に援軍を求めるか、現在の軍勢で城攻めを行うかが毎日のように議論されていた。

 丹波守護代の内藤貞正は援軍を主張し、長忠は攻撃を主張、結局議論が進まぬまま話を終えるのが毎日の流れとなっていたのである。

 貞正が援軍を主張するのは今回の戦いが半分は薬師寺家の内紛のようなものだと捉えており、自らの手勢を犠牲に無理に城攻めを行いたくないからで、長忠は援軍を二千も貰っておいて攻撃もせずに再び援軍を要請することを恥じてのことであった。

 また、長忠は流石に摂津の半国守護代であるため淀城の兵糧の備蓄量をある程度把握していたのである。

 この淀城は摂津、河内、山城の端境はざかいの城で河内の畠山尚順はたけやまひさずみやその配下の大和国衆筒井氏が奪取するために頻繁に攻撃を仕掛けていた。

 そのため畠山が攻撃を仕掛けてきた際にいつでも防衛出来るように常に兵糧を潤沢に準備しており、千の兵が一ヶ月、二ヶ月籠もっても恐らく無くなることは無いと長忠は考えていたのだ。

 今の状況であれば二千八百を五千や一万にして包囲しても状況は変わるまい。

 そう考えてせめて外郭そとぐるわだけでも攻め落としてから援軍を求めたい、そう考えていたのだ。


 そんなことを毎日、喧々諤々けんけんがくがくと議論して一週間を過ぎたある時、援軍の将の一人である香西元長が先端に青銅の筒を付けた棒状の物を手に議論の場に現れたのである。

 普段は議論にも参加せず黙々と腕を組んで考えているだけの元長を長忠は日和見野郎ひよりみやろうと侮っていた。

 どちらにも味方をせずに黙って話を聞いて、腕を組んでいるのだから、そのように考えても当然で、貞正も同じように元長のことを見ていたのである。

 議論の場にいる意味のない男、どちらかに味方してくれれば話が決着が着くのに此奴が黙っているせいで俺の意見が通らんのだと、長忠も貞正もお互いにそんな事を考えていたのだが、この日は元長の様子が少し違った。

 議論が始まると突然意見を出してきたのである。

 

 「お二方ふたかた、本日は私も策を用意してまいりましたぞ。」


 いつも意見を出さずに黙ってフンフンと話を聞くだけの元長が、変な物を持ってきた上に策があるというのだ。

 二人はどうせ大した策ではあるまいとせせら笑って


 「どの様な策か云うてみよ。そなたズッと黙って話を聞くだけじゃったのだ。沈思黙考ちんしもっこうされた故、さぞかし優れた策だろうよ。」


 貞正は床几でふんぞり返って高笑いするが元長は気にも止めずに例の棒を持ち出し


 「これにござる。」


 と二人の前に差し出した。


 なんの変哲のない棒に筒がついただけの物を見て長忠は


 「なんじゃこりゃ、棍棒にしては粗末よな。こんな物で敵勢に挑んでも先端に穴が空いておる故、すぐに折れてしまうぞ。ようこんな物を持ってきたな。」


 と嘲笑い、貞正はそれに釣られて更に笑ったが、元長は大きなため息をついて、ヤレヤレと言わんばかりに肩をすぼめたのだ。


 「お二人共これを見たことが無いようでござるが、これは明国おろか、はるか遠くの外国でも使われておる火竜槍かりゅうそうと言われる武器にござる。」


 二人は明国だけではなく、更に遠くの国でも使われている武器だと知ると声を揃えて


 「火竜槍だと?」


 と少しは興味を引かれたのである。

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