第四話

 細川六郎が管領かんれい細川政元の養子となる事が伝令で伝わった一週間後、堺から今度は正式に薬師寺元一やくしじもとかずの使者が阿波あわに入国、阿波屋形で当主細川之持ゆきもち拝謁はいえつすることとなった。

 謁見の間には当主の之持、その右手には祖父の成之なりゆき、その隣には六郎、二人の対面には側近ら四人が座り使者の言葉を待っていた。


 「この度は目出度き運びとなり、まこと祝着至極しゅうちゃくしごくに存じます。当家当主細川右京大夫政元ほそかわうきょうのだいぶまさもとに置きましては先年よりの遺恨いこんは忘れ、六郎様が養子に入りし折にはきずなをより強固にしたいとのお言葉にございまする。」


 使者がうやうやしく拝礼はいれい言上ごんじょうすると之持も


 「我が細川家は南北朝の折より一族の結束が固く、応仁の折にもこの結束ゆえに乱れることなく乗り越えることが出来た。昨今は越前の朝倉のみならず、西は出雲、伯耆で京極きょうごく塩冶えんやを追い落とそうと守護しゅごの地位を狙う尼子経久あまごつねひさなる者や、尾張では織田なにがしら三人の守護代に斯波しばが守護権をおびやかされておると聞く、我ら細川でもこの様な話を対岸の火事としてあざけり笑うのではなく、より連携を強めて対処していかねばならぬ。一時は不仲になったこともあったが、この度の事で我が弟六郎を絆の架け橋として今後は京兆家、阿波家と言わず互いに協力してこの乱れた世を乗り切ろうではないか。」


 と若き当主である之持も弟の門出を喜んでいるようであった。

 右手に座っていた成之も


 「くれぐれも右京大夫殿には我が孫六郎をよろしく頼み申しますとお伝えくだされ。」


 そう言って深々と頭を下げた。


 このようにして和やかに会談が終わると之持は使者をもてなすために席を外し、側近共も一人を残して三人が席を外した。

 成之は六郎と側近の一人を残して上座に座ると六郎を手招きして横に座らせ側近も素早く下座に移ると成之は咳払いをしてから六郎に優しく


 「愛しい六郎よ、これよりそなたはみやこにいる右京大夫殿の養子となることと相成った。ただの養子ではない嫡子ちゃくしとしてじゃ。今は聡明丸そうめいまる・・・いや、澄之すみゆきと言うそなたの義兄あにとなる者が嫡子となっておるが、その者を廃嫡し、そなたが上洛次第、元服して嫡子となる予定じゃ。だが・・・わしも幾度も上洛して知っておるが、京ではそなたが心安く接することの出来る者はいないであろう。それ故そなたにはこれにおる三好筑前守之長みよしちくぜんのかみゆきながを側に仕えさせることとする。色々と無茶なこともする男だが、特に武略においては右に出るものはおらぬ。京にも応仁の折より何度も足を運んでおる。必ずそなたの役に立つであろう。」


 そう言って三好筑前守之長と申す者に目を移すとそこには大きな体で必死に頭を下げる武士がいた。

 六郎はまだ元服していないため政務に関わる人間を詳しく見知っているわけでは無いが少しは遠くで見かけたことがある気がする。


 「拙者、京は苦手ではござるが六郎様をこの命にかけても守り通す所存にございます。」


 之長は大きな声でそう言った後に頭を上げると、巨大な体に似合わぬつぶらな瞳を持つ壮年の武士が六郎にニコニコと笑いかけていた。

 年の頃は四十四、五だろうか、先頃十二歳となったばかりの六郎と三十ばかりも歳が違うが如何にも気安そうな顔をしていて、なんとも側にいたくなるようなそんな人物だ。

 六郎は之長を一目で気に入ると


 「之長、今後ともよろしく頼む。儂は京のことは何も知らぬゆえ、そなたには頼り切りになるかもしれぬが、力になってくれよ。」


 そう之長に声をかけた。

 之長はその言葉に深々と頭を下げて


 「なんともありがたきお言葉、必ずや六郎様の力となってみせましょう」


 と力強く言ったが


 (また京か・・・儂は京の者共は好かぬ。何かあれば連歌や茶の湯だと疎ましい、大殿なりゆきさまは儂のことを買い被っておいでだが・・・儂は阿波で妻子と平和に暮らしたいのだがの・・・)


 之長の内心はその力強い言葉と裏腹に全く逆の事を考えているのだった。

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