第二話

 半将軍細川政元が聡明丸そうめいまるを養子にもらって十年が過ぎようとした文亀二年、聡明丸十三歳の時に将軍足利義澄あしかがよしずみよりすみの字を偏諱へんき戴きいただ元服して澄之と名を与えられ、それと同時に正式に細川京兆家ほそかわけいちょうけ嫡子ちゃくしとなった。

 子の無い政元にとってはまことにめでたい事のはずだったが実際はそうではなかった。


 関白九条政基かんぱくくじょうまさもとに養子を貰い細川家に取ってはこれ以上に無い家格、南北朝合一なんぼくちょうごういつを果たした名管領細川頼之ほそかわよりゆきより続く名門細川家に関白九条の家格が加われば斯波しばも畠山も今後細川をただの家人からの成り上がりとは言わぬであろうと言う者も中にはいたが、大半は養子の澄之に細川の血が一滴も入っていない事を危惧きぐする者ばかりだった。


 本来他家より男子を嫡子として養子を取る場合は自家の女子、すなわち政元の係累けいるいの女子と結婚をして自家の血を繋ごうとする。

 だが政元は澄之をただ養子として嫡子にしたのである。

 政元自身が結婚していないため、澄之と婚約させる女子がいなかったからだ。

 では他の細川の係累を連れてきて婚約させればとなるのが自然だが、澄之の家格が高すぎて家格に見合う女子を用意するのが容易ではないのだ。

 澄之の正室は幕府の要職である管領細川政元の娘以外には二位や三位の公家の娘くらいでないと釣り合いが取れないのである。

 このままでは細川家は九条の血に乗っ取られてしまい、そうなれば現在の家臣共も入れ替えられ、強兵と名高い阿波細川家とも縁が切れてしまうやもしれぬ。

 そうなれば細川家の力は大きく縮小してしまう。

 ましてや下剋上げこくじょうの世の中なのだ。

 家格だけ高い公家の血を戴いてもお家の存続は叶わぬのである。


 そもそも澄之が政元の養子になったのも子がいなかったという理由もあったが、堀越公方足利政知ほりごえくぼうあしかがまさともの正室が澄之の母と姉妹の関係であったため、後の関東経略に有利に働くと考えていた点も考慮されていた。

 堀越公方には潤童子じゅんどうじと言う子がいたが、それが澄之の従兄弟に当たった。

 しかし政元の関東経略が果たされる前に潤童子が異母弟の茶々丸ちゃちゃまるに殺害されたため計画はご破産となってしまっていた。

 要するにすでに澄之はお役御免の存在となっていたのである。

 その上廃嫡派にとって運が良かったのはこの頃から政元と澄之の関係がうまく行かなくなっていたことだ。

 子は思春期を迎えると反抗期になる。

 我儘を言って親を困らせようとするし、それが元で父子の反りが合わなくなることもある。

 それを母や兄弟姉妹の愛情で支えるのが家族の関係なのだ。

 だが政元には家庭がなかった。

 勝手気ままに修験の道に入ろうとする政元と本当は構って欲しいのに誰も優しくしてくれないことで荒んでいく澄之の関係が協調し合うことなど絶対に有り得ない。

 そこが廃嫡派の付け目であった。

 薬師寺元一やくしじもとかずら廃嫡派は澄之の我儘に飽き飽きしてきた政元に


 「細川の家には細川の血が必要でござる。澄之様は所詮は同じ血が通わぬ他人の子、故あって細川に入ったものの他人の子が細川の家を背負うのは少々荷が重くございませんか?澄之様が毎日のように我儘勝手を言うのがその証拠、本当は細川の家など継とう無いのでございます。しかし澄之様だけが悪いのではござらぬぞ、殿もお悪いのでござる。本来ならば澄之様は九条のお家で公家として高位を戴き殿上人でんじょうびととして優雅に過ごすはずでござったが、殿が武家の家に養子に入れたが故に今は我慢して器違いの場所で不満を抱いて過ごしているのでございます。」


 そう毎日のように囁いた。

 その度に政元は「ふむぅ」と唸って顎に手を当て考えた後、我が館に帰ると澄之がやれあれをせよこれをせよと家人けにんらを大きな声でいたぶるのである。

 遂に政元は我慢できなくなり、翌日出仕した折に薬師寺元一から先日と一言一句違わぬ言葉をひとしきり聞くと


 「ではそなたは如何なる者が我が嫡子としてふさわしいと思うか?」


 そう薬師寺に反問した。

 政元は関白である九条政基に嫡子とすると約束して養子ともらった以上は政基に泥を塗らぬように我慢している部分があったが遂に我慢をこらえきれず、生来の気分屋の気質も相まって遂に澄之を廃嫡する決意をかためてしまったのだ。

 薬師寺は遂に来たとほくそ笑み


 「阿波細川家成之様の御子|六郎様は如何にございましょうや?」


 と以前から胸に秘めていた答えを自信ありげに披露すると、疲れた顔をした政元は


 「ではそなたの存念通ぞんねんどおりにせよ。その代わり阿波家との交渉はそなたが全て請け負うのじゃ、うまく行かなかった時は御破算ぞ。」


 そう言ってもう嫡子の事など聞きたくないとばかりに全てを薬師寺に押し付けてズカズカと大きな足音を立ててその場を立ち去り、自室で大きなため息をついて小さく


 「はぁ、もう疲れた・・・このような面倒くさい現世を捨てて修験の道を極めるために旅をしたいものだ・・・」


 そう呟いた。

 政元のような男は戦国時代のような権謀術数溢れる時代ではなく現代に生きていれば仕事を上手くこなしながら自由を謳歌して生きていたかもしれない。

 そんな政元こそが管領たる才覚に恵まれていたのは皮肉というほかなかった。

 とにかくこのようにして澄之を廃嫡しようと本人の知らぬ裏で策略は着々と進行していたのである。

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