長慶の空

きむらたん

乱離の章

第一話

 雲ひとつないわたる青い空の下、空と同じように美しいはなだ色の直垂ひたたれを着た少年が海岸で大の字で寝転んでいた。

 海は静かで、さざ波の音が耳をやし少年はウトウトと眠りにいざなわれそうになっていた。


 世は北は奥州おうしゅう、南は薩摩さつままで領土を奪い合う争いは絶えず、さる応仁の大戦に乗じて、斯波氏の家臣であった朝倉孝景あさくらたかかげが東軍に寝返り、あるじであった西軍の斯波しば氏の領国であった越前の国を押領おうりょうする。

 時の公方くぼう足利義政あしかがよしまさが孝景の実効支配を認め守護に任じて以降、強き家臣が弱き主を追い落として国を奪う下剋上げこくじょうの世の中となってしまった。


 幕府には管領かんれいという役職があって、元は足利氏の家人をたばねる執事しつじであったが、観応の乱で幕府初代将軍足利尊氏たかうじの執事高師直こうのもろなおが尊氏の弟直義ただよしと争ったことで、執事が長らくいなくなってしまった。

 尊氏の将軍就任は執事の高師直の働きに負うところが多く、補佐する者がいないことで、政務にも支障があったため、長らく空席だった執事の役に変わって新たに管領と言う役職が作られたのである。


 管領は幕府では将軍に次ぐ地位であるため、足利氏に次いで源氏嫡流ちゃくりゅうに近い血を持つ斯波氏、平安の御代みよより続く名門で、二代将軍義詮よしあきらに功績を認められた畠山氏、そして尊氏の別働隊として四国を統一し、足利義満とともに南北朝合一なんぼくちょうごういつにも功労があった細川氏が管領を代々歴任しており、三管領と言われていた。

 ところが斯波氏が越前と尾張を事実上失い、畠山氏が家督争いで相争い力を失うと、もはや三管領は細川氏一管領という有様となってしまった。

 だが、一管領となった細川家も半将軍はんしょうぐんと言われ幕府に絶大な力を誇った政元に跡継ぎがいなかった事から、その栄華に影を落とすことになる。

 

 細川右京大夫政元ほそかわうきょうのだいぶまさもとと言う男は優れた政略の才を持ちながら奇人でもあった。

 絶大な力を誇り、剛腕を持って政務を行い全国の守護を従わせた、六代将軍足利義教よしのり嘉吉かきつの変により赤松満祐あかまつみつすけに暗殺されてしまうと、義教の代に取り戻した将軍の権威はすっかり雲散霧消うさんむしょうしてしまい、跡を継いだ七代将軍義勝が幼少で亡くなってしまったことも相まって以降、室町将軍はお飾りとなっていた。

 八代将軍足利義政の時代、乱に勝利した東軍の細川勝元が亡くなると、その後を継いだ政元は若年ながら政務に力を発揮し幕府の権威は応仁以降領国を失った情けない斯波や、家督争いでまとまらない畠山を飛び越えて政元に権威が集中するようになったのだ。


 政元は若く有能な政治家ではあったが、時々幕府の仕事を嫌い修験道しゅげんどうの修行にフラリと旅立ってしまうといった厄介な奇行があった。

 政元の政治手腕にすっかり頼りきりになってしまっていた幕府は気分屋の政元をなだめすかし、時々土下座までして政元に無理矢理政治を見させるのだが問題はそれだけではなかった。

 いかに優れているとはいえ人はいずれ亡くなってしまう。

 特に戦国時代は現代と比べても短命だ。

 政元が二十代半ばに近づくと細川家では政元に世継ぎがいないことが問題になっていた。

 人間五十年の時代の話だ、三十歳ともなると人生の後半に差し掛かっている。

 だが政元は修験道にすっかりハマってしまっていたため、女性を近づけようともせず、正室は疎か側室すら取ろうとしなかったのである。

 女性一人も近づけようとしない政元も少しは世継ぎがいないことを危惧していたのか、二十五歳の時に関白九条政基から二歳の末子を養子に貰い受け、聡明丸と名付けた。


 聡明丸という名は代々細川家嫡子につけられる幼名で、政元も幼名は聡明丸であったため、養子とした二歳の赤子は貰われた頃から後継者と位置づけられていたのである。

 聡明丸を養子にしたことで後継者問題が解決したかのように見えたが、ところがこの政元の行動が力を誇った細川家を戦国時代の荒波に飛び込ませることとなったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る