四十二話

 養宜館やぎやかたを陥落させた三好之長みよしゆきながの軍勢が、三好長秀みよしながひでの軍勢と合流すると、之長は長秀とともに千の軍勢を引き連れて柿木谷城の攻略に向かい、撫養掃部助むやかもんのすけには五百の兵を与え、養宜館周辺の制圧と青田刈りを命じた。

 城将を含め、主力の殆どを引き連れて、讃岐に出陣した淡路島の軍勢は為すすべもなく敗れ、南淡路一帯は殆ど之長の夜襲に屈したのである。

 南淡路で唯一抵抗を続けていたのは、籠城を決めた湊城みなとじょうで、周辺の海賊や村人を無理矢理城に引き入れると、弓や刀を与えて徹底抗戦の体勢を固めていたのであった。

 既に小早が讃岐に向かって放たれている。

 中継地点の小豆島へは朝にも急報が届く、細川尚春ほそかわひさはるの軍勢が淡路に戻れば無傷の五千の軍勢が之長を追い払ってくれるはずだ。

 尚春の軍勢は船に安宅あたぎを用いていたが、船速は遅いものの、城で一日耐えれば次の日には淡路に到着するはずだと考えて、予め周辺の村々を総動員して戦いに備えたのである。

 そこに養宜館から逃走してきた野口志摩介も入城し城の戦意は頂点に達していた。

 

 太陽が登り完全に朝となった小豆島の坂戸では讃岐に出港するために船大将の安宅実俊あたぎさねとしが尚春の命で安宅の出航準備を行っていた。

 その頃、沖合に恐ろしく力強い勢いのあるで近づいて来る小早を監視が見つけたのである。

 それが湊城から本拠淡路島の危急を知らせる伝令であった。


 「なんだと・・・!」


 実俊が伝令に報告を受けると丁度軍議を行っていた尚春ら四将の前に血相を変えて飛び込んできた。

 四将が何事ぞと立ち上がると


 「淡路が・・・三好に急襲されました・・・」


 実俊が青い顔で報告したのである。

 本拠地である淡路島が攻撃された尚春は、実俊の報告に言葉を失うと床几にヘタリと座り込んでしまい、細川元常ほそかわもとつねが代わりに


 「その報告、嘘ではあるまいな。」


 と冷静に反問した。

 

 「敵方の調略やも知れぬ故、全て鵜呑みには出来ませぬぞ。」


 伊丹元扶いたみもとすけは本拠地を攻撃されて、すっかり戦意が無くなった総大将の尚春を鼓舞こぶするように言ったが、実俊は首を大きく横に振って


 「伝令は湊城の安宅次郎あたぎじろうの家臣にござった。次郎が現在詳細を聞いておるところにござる。」


 と悔しそうに俯いた。

 すると尚春が突然思い出したかのように再び立ち上がると


 「撤退じゃ!まんまと之長にやられたが淡路に取って返し之長と決戦する。之長を討ち取った後阿波に侵攻すればよいのじゃ!」


 そう血管を額に浮かび上がらせて軍配を力任せに折ると地面に投げ捨てる。

 元常も元扶も力強く同意したが一人だけ尚春の意見に同意しない者がいた。

 香西元長こうざいもとながだ。


 「それには同意できかねる!讃岐に入って之長が居ぬ間に敵を叩けば、勇将を欠いた阿波勢は浮足立とう。淡路に帰って、もしも之長が撤退していればどうするのじゃ。それこそ我らの負けぞ。そうなれば和議しか道がありませんぞ!和議となれば澄之様が廃嫡され、澄元が世継ぎになるかも知れぬ。」


 細川澄之ほそかわすみゆきの元で出世の道を見出している元長にとって、この遠征で細川澄元ほそかわすみもと派の首魁しゅかいである阿波家を叩き潰して置きたいのだ。

 そのためにわざわざ海を渡ってはるばる小豆島まできたのである。

 ところが元長は澄之が廃嫡されるのは京兆家にとって痛手であると考えていたが、それは三将にとっては違ったのである。


 「儂は澄之様だろうが澄元様だろうがどちらが世継ぎでも良い。政元様の命で阿波と戦っておるだけじゃ。」


 元長に反論したのは元扶であった。

 元長は元扶が一瞬何を言っているのかよく解らず、耳を疑った。


 「は?何を申しておる?京兆家の世継ぎであり、関白様の血を引く由緒正しき血統の澄之様が廃嫡されて、阿波の田舎者が京兆家の世継ぎになっても良いというのか?」


 元長は真剣に聞いたのである。


 「いかに血統が良くとも細川の血を持たぬ者だ・・・元長、そなた澄之様を世継ぎとしたいようだが、その事でそなたに同調することは無い。それに、今讃岐に上陸しても淡路を奪われた今、敵中に孤立するぞ。我が軍の半数以上は淡路の衆で構成されておる。故郷を奪われた淡路衆が敵中で戦えるわけがない。」


 腕を組んで重々しく言う元常の言葉に元長は愕然としガックリと俯いた。


 「領地を守れずして何が守護ぞ!淡路にて之長を討つ!」


 尚春は自らを鼓舞するように力強くそう言うと敵に見立てて床几を蹴ったのであった。

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